谷川俊太郎:「カッコよく生きるための自分ツッコミ」/「戦後宗教」的な「平和学習」の終わり/「イスラエル国家はホロコースト物語のハッピーエンド」/「フランス中世史」:同時代の日本と「ルイとクローヴィス」


先ほどTwitterを読んでいて谷川俊太郎さんの詩に触れて、谷川さんの特に後期の詩を「谷川俊太郎の詩の「自分つっこみ」が、詩が老いるのを防いでいる。」とか「詩人の中に「それは感傷に浸りすぎじゃないですかねェ」「酔いすぎてませんか」と水をさしつづける編集担当者がいるみたいだ。」というような感想を持ったことがなかったので、言われてみてかなりそうかなるほどそういう読み方があるのか、と思った。

私はこういう谷川さんの詩句はどちらかというと「時代遅れの80年代的相対主義」だとみなしてきて、あまり関心を持たなかったなと思うのだけど、それは「思想を疑うこと」がトレンドで誰も彼もが「相対化」に精を出していたからこそ軽薄だったのであって、逆に左翼にしろ保守にしろ思想に淫して他を排撃することがトレンドになっている現在においてはむしろ実に反時代的であり、硬骨で骨太な態度であると言ってもいいのではないかとこのツイートを読んでいて思った。

「一億年前にはここにも
象がいたかもしれないのだし
一億年後にはまた
象がもどってきてるかもしれない
そんなことを考えると
なんだか美しすぎるような気もする」(新宿哀歌)

「もしちょっとでも音楽が聞こえていたら
ぼくの気持ちはもっと違うほうへ流れて行ってしまっただろう
もっと甘いほうへ
もっと傲慢なほうへ」(モーツァルトを聴く人)

という二つの詩が引用されているが、「なんだか美しすぎるような気もする」というのは自分はむしろ理性というよりポーズとして読んでいたなと思ったのだが、「ぼくの気持ちはもっと違うほうへ流れて行ってしまっただろう もっと甘いほうへ もっと傲慢なほうへ」というのは読み違えようがない。流れていく自分をセルフで批評している。

美しいものに感動し、それをはっきりと記述しながら、それをも相対化し、そこに浸っていて大丈夫?と自問しているわけで、美しいものを愛しつつ美しいものに溺れることはしない、というスタンスの表明であって、谷川さんが実際にそうだったかということとは別に、「この人は一人暮らしの達人という感じがするな」、ということを思った。愛すべきものを愛しながら、「生活」から離れないというか。

それを何かを愛している自分に対する「含羞」と表現するのはたいへん粋で、まさにそういうことなんだよなと思った。多くの人は歳をとってくるとそういう含羞が失われていくからカッコ悪くなるわけで、死ぬまでカッコよくあり続けたいと思うのならば、そこは気をつけなければならないなと思った。


谷川さんみたいに相対化の達人みたいな人がいる一方で、日本ではなんでも宗教(みたいなもの)にしてしまう人たちがいて、日本には絶対的な宗教というものが古来存在しなかったということもあるのだけど、昔から「宗教の自由市場」みたいなところがあって鎌倉新仏教とか幕末の教派神道・新宗教ブームとか、戦後の新新宗教、現代のスピリチュアルや新々新宗教みたいなものまで枚挙にいとまがない。これらには含羞がない、というか含羞があったら宗教には多分ならないのだが、日本人は割と自分を投げ出すことが好きで、谷川さんや高倉健みたいな自制心に満ちたかっこよさに惚れて真似をすることはあっても、それを徹底する人たちばかりではない。

これはもちろんキリスト教世界の千年王国運動とかイスラム教世界のスーフィズムとか宗教の正統的な部分から外れた大衆にアピールする新しい教えみたいなものが出てきたのと似た部分はあるのだが、日本の場合は霊的なものと世俗とでは世俗の方が伝統的に力が強く、霊的な世界での覇権を握る存在がなかったということからある種の趣味として霊的なものに没頭するパターンが生まれたわけで、この辺りは「正統宗教に飽き足りないから」出てきた運動とはまた違う感じはする。

で、そういうものは「危機の時代」により発生しやすいことはもちろんで、幕末の緊張感が高い時代に新宗教が生まれ、戦後のアイデンティティ危機の時代に新宗教が飛躍的に伸びたのもその例なのだが、同じように戦後の危機の中から生まれたのが「日本は悪いことをした」というナラティブに支えられ憲法九条を絶対視した特殊戦後日本的な「戦争放棄思想」「平和思想」であったと言っていいのだろうと思う。

憲法の戦争放棄・平和主義というのは日本の安全保障と地域・世界の安全保障のための方法の一つに過ぎないのに、方法を絶対化して「平和学」という神学を作り出し、それを学ばせるのが「平和学習」なのだと思う。安全保障のためのその他の政策やその実行を妨害するためのオルグになっている。

だから敗戦時のショックから抜け出した現在は、より客観的に安全保障と世界平和実現のための研究・学習をしていくべきだと思うのだが、この宗教的信念の立場から言えば「憲法九条を絶対化した平和学」以外の平和に対する思考や安全保障について学ぶことは「異端」であり絶対に許容できないわけである。

だからそのスタンスで暴走してしまった辺野古転覆事故などはこうした擬似宗教としての「平和学」や「平和学習」の破綻であって、これを相対化して平和学習というものを復活させようとするなら、日米安全保障条約の肯定的な面からの検討や、中国の台湾侵攻の現実的脅威、また沖縄への浸透工作なども入れていかなければ相対化はできないわけだから、「彼らのいう」平和学習というものはほぼ生き残る余地がないだろうと思う。

こういうことは「女性は男性によって差別されておりその構造が家父長制であってその権力勾配は絶対である」という宗教的信念に基づく「ジェンダー学」と称する神学も同じであって、女性は虐げられたマイノリティであるが故に常に絶対的に正しい、という欧米のフェミニズムでも達しなかった境地に達しており、それを政策的に落とした「女子枠」などに疑義を示す大学院生などは「博士を取る前に潰してしまえ」「英語論文で世界に向けて否定しろ」などほとんどルターに対するカトリック教会の総攻撃みたいな様相を示しているのはある意味現象としては興味深い。もちろんご本人はそれどころではないので、支持の表明は広げていくべきなのだが。

一時期「ネトウヨは冷笑主義」という言説があったが、これはつまり彼らの信じる宗教的価値を相対化すること自体が彼らのいう冷笑なのであって、これは保守的・右翼的信念というよりも客観的に見ようという姿勢であり、つまりは「冷笑主義」なのではなく「冷静主義」なのである。こうした言説を弄する人たちは「冷静に見よう」という人たちまでひっくるめて強引に「ネトウヨ」と悪魔化をしようとしたわけであり、逆に「冷静に見よう」とした人たちまで「それでネトウヨと言われるならネトウヨでもいいぜ」という形で反対陣営の強化に結果したように思われるわけである。

ただこれは「左翼でなければネトウヨ」という左翼の失敗したプロパガンダの結果できた勢力であるから、そうした人たちに保守や右翼の信念が必ずしもあるわけではなく、基本的にリベラルであることに変わりはない。保守の側もそこを見誤って自らの勢力が拡大されたと勘違いすると左翼と同じ陥穽に陥る可能性は高いわけである。


ドイツはなぜイスラエルを支持しガザに目を瞑るのか、という問題において、ドイツ在住のユダヤ人の分析を紹介しているけれども、これは基本的に正しいと思う。つまり「ホロコースト」という悲劇を乗り越えて「イスラエル」というユダヤ人国家が成立したことがこの悲劇の「ハッピーエンド」であるという信念を捨てられないからだ、という話である。

つまり、ドイツにおいて自らの正しさを保持するには、この思想を支持することが絶対的に必要であって、それに疑義を持ち込むガザの問題やエチオピア系ユダヤ人の差別問題などは極めて異常なノイズなのであり、それを認知してはならないとなっているというわけである。

これは一時期先に述べた九条絶対主義が猛威を奮っていた時代、権力勾配論が致命的に強力だった時代には「文化的・知的な人間であるためには九条を支持し権力勾配論を承認・推進することこそが踏み絵」だったわけで、そこに少しでも疑義を挟むと強力にキャンセルされた、というのと類似はしている。

ただドイツの場合は「宗教的信念」というより「自分の身分の安全保障」としての要素が強いように思われるし、日本の方はもっと本気で信じている人が核になっている気はする。

平和運動が所詮は人間のやっている活動であり誤りを犯すこともあるというのを認められない実態が明らかにされていくのはその信念が客観的なものではなく宗教的なものであるから一度譲ったら崩壊するという危機感があるからだろうと思うのだけど、そうした構造がある種利権化しているところはどちらも似ているとは思うけれども。

ただ、ドイツでは国をあげてこのナラティブを固守しようとしているのはこれがナラティブであることを基本的には理解しているからである気はするし、日本では平和学習のナラティブの神通力が風前の灯になりつつあるのはそれが宗教的なものであることに多くの人が否定的になっているからだろうと思う。

米軍基地の問題も「沖縄の差別されてきた歴史からの反対」というナラティブもあるけれども、それならば沖縄をどのように振興を図っていくかという現実的なテーマとして取り上げるべきであって、「東北の差別されてきた歴史」とどう違うのかという問題にもなる。東北差別もまた福島原発事故などにより新たな色彩を帯びている面もあるし、こうした問題を解決していくことは必要だと思うけれども、より冷静に考えて行った方がより妥当な解決策に至りやすいのではないかとは思う。


「フランス中世史」、カペー朝歴代の中でユーグ・カペー、ロベール2世、アンリ1世、フィリップ1世のところまで読み終わり、ルイ6世に入っている。

フィリップ1世は前半が守勢期、中盤が王権伸長期、後半が離婚と結婚をめぐるスキャンダルの時期で、当時はちょうどクリュニー改革が進んで結婚の絶対性、つまり離婚が認められないようになっていたため、国王が破門されフランス全土で秘蹟が停止されるというような事態になっていて、フランス国内で盛り上がった十字軍にも国王が参加できなくなったのもそのためだ、ということにはそうだったのかと思った。

日本では明治以前は一夫一婦制ではないから天皇をめぐる結婚スキャンダルというのは基本的に起こらないが、そういえば白河法皇の待賢門院珠子とのスキャンダルや後深草院二条の院の兄弟との関係といった話はあるなと思った。ロベール2世もそうだがこの件は教会と王権との対立という形になるわけだけど、ドイツのハインリヒ4世が教皇グレゴリウス7世と決定的な対立になったほどには禍根を残さず、共同王であるルイ6世が適当に話を引き取ったためにそれ以上は悪化しなくて済んだ、というのはほうと思ったり。ロベール2世の時にはガリカニズムの起こりのようなものを感じたが、今回も司教たちは基本的に国王支持が変わらなかったというのもハインリヒ4世とは違う部分だろうとは思った。

読んでいるところで興味深いところはいくつかあって、8世紀頃から農業生産が良くなってきたのは気候が寒冷期から温暖期に転換したからだ、というのがあり、同じ8世紀、つまり奈良時代に日本では旱魃や渇水で飢饉を招いたわけだけど、より緯度が高くより水を必要としない農耕牧畜中心のヨーロッパではむしろプラスになったのだなと思ったことが一つ。

もう一つは、ルイ6世の「ルイ」がフランク王国を建国した「クローヴィス」が語源であるということ。これはええっと思ったが、ググってみるとよく知られた事実であるらしく、言われてみたらどこかで読んだ気もした。確かにClovisのcが抜けたらlovisになるわけで、vをwで発音したら限りなくLouisになるわけである。ドイツ語のLudwigはそれにdが入りsがgに変わるわけだが、言われてみたらなるほどと思った。ラテン語化した形が違うのでLouisはシャルルマーニュの息子を1世としてカウントするわけなのだが、元々はClovisであり、だからこそフランスでも代表的な王名になったのだ、というのはよく理解できた。

やはり知っていると思っても本は読むべきものだなと思うし、新しい研究は読むべきものだなと思う。


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