阿部監督事件の理不尽な経緯はなぜ「受け入れられている」のか/ウェブ漫画が盛り上がるためのSNSに対する工夫など
5月28日(木)曇り
昨日はいろいろなことを少しずつ進めた感じ。2月ごろからやっている畑の竹切りだが、下の畑はかなり早い時期に家から遠い端まで道を通したのだが上の畑は結構難渋していて、ただ昨日、まだ切りきれてはいないのだけど何とか身一つなら通り抜けられるところまでは行った。5月末というのはたけのこが生えてくる、つまり新しい竹がどんどん出てくる時期だということがよく理解できたのだが、それを薙ぎ倒しながら整理していけば少しずつ進んでいけそうである。土地の管理というのはほんと大変だなと改めて思う。
家の中に散らかっている書類も少し片付けたりはしたがまだ片付けきれてはいない。まとめながら置き場所を決めて行っているのでだいぶ使いやすくはなっているのだけど、置く場所を決めるというのは大事なことだと思う。田舎の古い家なのである程度の広さはあるが、広いが故に父が散らかした部屋をまだ片付けきれていないということもあって(もう昨年十七回忌だったのだが)、自分が使いやすいように家の中を整えていうという気持ちに最近ようやくなったので、だいぶ機能し始めたかなとは思う。
家の中と上の畑が片付いたらまた他の場所の草刈りとか整理とかいくらでも仕事はあるのだが、まあお金に繋がる仕事でもないし自分の趣味でもないので少しずつ気長にやっていこうと思う。いろいろ秩序がつけられていくと良いと思う。
なぜ冤罪が作られるかについては、もちろん警察のメンツや捜査方法の未発達ということもあるが、もう一つ重要なことに、刑罰の存在理由についての今日では忘れられた動機が関係しているように思う。…
— 安田鋲太郎 (@visco110) May 27, 2026
阿部監督の暴行および監督辞職事件、いろいろな論点があると思うのだが、私はあれは基本的には冤罪だと思っている。その点についてはいろいろ意見はあると思うのだけど、ただ「現代は人を罪に陥れる仕組みがいろいろ整ってきた」という面があるということは言えると思う。「キャンセルカルチャー」ということがよく言われるが、キャンセルするためにはキャンセルするための仕組みが必要だということ、またもう一つは「温情主義」の立場に立たず、「ゼロトレランス」の専門家方針や大衆感情を醸成することなどがなされているということが大きいだろうと思う。
このツイートの指摘でなるほどと思ったのだが、「人と社会はなぜ刑罰を必要とするか」について、法思想の専門ではないからそんなに知っているわけではないが、ハムラビ法典以来の「復讐=懲罰」という目的、現代刑法における「教育・更生」という目的は理解しやすいけれども、「治安」という目的は確かにある。
「V.アハターなどの法学者によれば、かつては刑罰には「秩序の象徴的回復」という目的があった。すなわち犯罪によって乱れた世の秩序が、犯人が罰されることによって正常に戻るのであり、そうであればこそ人心も安らぐ。これは供犠の発想に近い。」
これはつまり犯罪があった場合には犯人を見つけ出して処罰することによって秩序が回復するという考え方であり、その場合一番まずいのは「犯人が見つからないこと」になるわけである。だから場合によっては、「真犯人でない人を犯人として捕まえて処罰する=冤罪を作り出す」ことによってでも秩序を回復しなければならない、ということになってしまうという指摘である。
「冤罪を作り出す元凶は警察の面子主義だ」という指摘は以前からあるわけだけど、「秩序の象徴的回復」ということを考えてみると犯罪者を捕まえられない警察は信頼を失うので秩序が乱れるわけだから、「冤罪を作ってでも信頼を取り戻し秩序を回復する」という社会的作用は発生する可能性はあるわけで、それはおそらくより閉じられた社会、より権威主義的な社会で起こりやすいということは想像されるわけである。
閉じられた社会といえばいわゆる「因習村」などが思い浮かぶだろうし現代にもないとはいえないがむしろ共産主義社会などで起こりがちだと思われ、スターリンが「裏切り者を50人逮捕しろ」と言ったとか、毛沢東が「地主を何割殺せ」と言ったとかいうような話が出てくるわけである。
阿部監督のケースにしても、逮捕・監督辞職はいかにもやりすぎだと思う人は多いと思うが、「阿部監督が罰せられることによって暴力はノートレランスであると社会に周知され安心安全が保たれる」という象徴的意味合いから事態を受け入れる、という人が多いように見える。現実の世界では無名の暴力がそこかしこに実際にあってもなかなか処罰に至らない場合が多いから、こうした有名人が生贄になることで一罰百戒になるという形である意味理不尽も受け入れられる、という姿勢がかなりの識者の間にも広がっていて、どうも私などは納得できないところを感じる。
ただまあ、上のように考えれば何が起こっているかということの説明はつくなと思う。だからと言って納得できるわけではないので、そうした理論武装をどのように覆していくことができるのかについては考えていきたいと思う。
今朝はマンガが面白いものが多かった。ウェブ漫画はだいたい午前0時に更新されるので更新直後に読もうとすると夜更かしをすることになり翌日に差し支えるのでなるべく朝読むことにしている。今朝読んだのは「マガポケ」で「ハナバス」、「ジャンププラス」で「忘却バッテリー」、これから読むつもりのものもあるが。それから「Dモーニング」や紙の「ヤングジャンプ」も読んで、木曜日はいつも結構読むものが多い。
その中で(まだ全部は読んでない)印象に残っている作品を二つ挙げると、一つは「ハナバス」である。
今週16秒しか進んでないのにこの中身の濃さ!次回はどんな守備を見せてくれるんでしょうか!!楽しみ!!! 「ハナバス 苔石花江のバスケ論/【第62論】初めての感覚」マガポケ https://t.co/UL6csKMQxN
— kous (@honnokinomori) May 27, 2026
面白かった!!!!
このツイートは「マガポケ」の機能を利用したもので、自分が投稿した感想をTwitterで投稿できるという仕組みなのだが、今日初めて気がついて実際に使ってみた。
もう一つは「ジャンププラス」の「忘却バッテリー」である。
[第189話]忘却バッテリー - みかわ絵子 | 少年ジャンプ+created by #切り抜きジャンププラス https://t.co/sZFg8ZGccm
— kous (@honnokinomori) May 27, 2026
めちゃくちゃ熱かったし面白かった!まさに神回!!
こちらの機能は以前から知っていて使っていたが「切り抜きジャンププラス」という機能であり、自分の好きな場面を切り取ってデコってツイートできるという仕組みである。逆に、コメントに投稿したものをツイートするという機能はない。
ウェブ漫画にはこういう投票機能やコメント機能、SNSへの投稿機能などが各社それぞれの工夫でつけられていて、集客にもかなり役に立っているのではないかと思う。逆に紙の雑誌にはそういう機能はないので物足りなく感じるくらいである。
ウェブ漫画雑誌も電子出版にするよりもアプリで読める形のが増えているなどさまざまに栄枯盛衰があるが、これからの編集者の腕というのは書き手を見出し一緒に作品を制作するだけでなく、こうしたサイトをいかに作っていくかというところでも試されていくのだろうなと思った。楽しみである。
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