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柔道10年で下手だった僕が、ボクシング2年でプロになれた決定的な違い

オープニング

「運動オンチ」はこの世に存在しない。

これは、24歳からボクシングを始めてプロになり、35歳まで8年間現役を続けた僕が、いま確信していることです。

もし、あなたが「自分には才能がない」と思っているなら、それは単に「頑張りかた」を間違えているだけです。僕は柔道を10年やっても全く結果が出なかった。父が道場主で、「父の名前を傷つけまいと」頑張り続けた。高校でもチームの看板を背負うことが、ほんとうに苦痛だった。

強い奴がほめられ、弱い奴はバカにされる。

「スポーツって、もともと単なる遊びじゃなかったのか」
子供なりに深く悩んだ。

「自分が強くなり試合で勝てば、すべてが解決する」
当時の解決策は、これしか思いつかなかった。

しかし、大人になって始めたボクシングは違った。2年でプロになり、8年間現役を続けられた。その決定的な違いは何だったのか?

それは、「ただ頑張る」から「どう頑張るか」に変えたことだった。


第1幕:なぜ運動音痴だったのか?

父の名前を背負う重圧

幼少期から、父が柔道場の道場主だったため、僕は柔道をやらされるがままに続けた。父は鬼のように怖かった。恐怖におびえながら嫌々と柔道をしていたことを覚えている。

苦しかった柔道をしている時の僕

高校時代の監督も同じように怖かった。僕はいつも、彼らの顔色を伺いながら柔道をしていた。「何がたのしくて、柔道なんてやっているんだろう」ふとそんなことを考えるようになっていた。

当時の僕は自分を押し殺し、親や監督を喜ばせることに必死になっていた。「自分の人生は人を喜ばせるために生きているんだ」と自分で自分に洗脳をかけ続けていた。悲劇のヒーローになりきっていた。

人に媚を売り続け、自分というものが一切ない、つまらない人間だった。この時は気づいていなかったが、これが僕の柔道を弱くしていた原因だった。

運動オンチの正体は「やらされている」こと

今、スポーツトレーナーとして10年以上指導してきた経験から言えることがある。運動音痴の正体は、「からだの使い方」の問題だ。そして、身体の使い方が悪くなる最大の原因は、「やらされている」というストレスです。

柔道時代の僕の身体は、こうなっていた:
監督の顔色を伺う→視線が外れる→身体の軸がブレる。
父の期待に応える→過度な緊張→筋肉がカチカチに硬くなる。
「頑張っている姿を見せようとする」→リキむ→動作効率が下がる。

パフォーマンスの科学では、こうした心理的ストレスが神経系の働きを阻害し、動作の質を大きく下げることが分かっている。

つまり、僕は「センスがない」のではなく、「やらされている状態」が身体をロックしていたのだ。

「ただ頑張る」とは何か?

当時の僕は、こういう頑張り方をしていた。

「ただ頑張る」= 誰かに言われたことを、疑問を持たずに、がむしゃらにやり抜く。監督の言うことは絶対だと。声を大にする大人の意見は正しい。自分で考えることは一切しない。

わかりやすく言うと、野球のコーチが食事法や走り方を教えるようなものだった。野球のコーチは野球の専門家であって、栄養やスプリントのコーチではない。

でも、声を大にする大人の意見は、「正しいのではないか」と思わされてしまう。このやり方で、ボクシングをやっても柔道をやっていた時と全く変わらない。僕は10年間、「ただ頑張る」を続けた結果、運動オンチのまま、スポーツを嫌いになりかけていた。

人間の身体には3つの本能がある

僕が指導する中で大切にしているのが、「速く、強く、柔らかく」という3つの身体能力だ。

【速く】= スピード、反応速度、俊敏性。
【強く】= パワー、筋力、爆発力。
【柔らかく】= 柔軟性、可動域、しなやかさ。

柔道時代の僕は、この3つすべてが低かった。

なぜか?

ストレス(承認欲求、恐怖、緊張)→ 神経系の抑制 → 3つの能力がまったく発揮できない。
科学的に見れば、僕は「運動オンチ」ではなく、単に「身体が本来の持っている力を発揮できない環境」にいただけだった。


第2幕:24歳でボクシングを始めた時、何が変わったのか?

23歳の失敗:東洋太平洋チャンピオンに萎縮した

実は23歳の時、一度ボクシングジムに見学に行っている。その時、ジムには東洋太平洋チャンピオンがいた。サンドバックを叩く彼は自分の世界に入っていて、ありえないオーラを放っていた。

「自分なんて相手にされないんじゃないか」そう思い、僕はその時、入会を断念した。

そもそも、チャンピオンに相手してもらおうなんて、若さゆえの自信過剰だったのかもしれない。でも、その時の僕は、「誰かに認められたい」「居場所が欲しい」という承認欲求に支配されていた。柔道時代と何も変わっていなかった。

24歳の転機:「居場所」を見つけた

1年後、24歳の時、今度は見学ではなく勇気を持って体験をした。その時、トレーナーが一生懸命に相手にしてくれて、自分の居場所を与えてくれるような感覚になった。後から気づいたことだが、僕は「ボクシングをやりたい」のではなく、「居場所を求めていた」んだと思う。初めて触るグローブに心弾ませたのを覚えている。

当時、自分が使っていた貰い物のグローブ


ボクシングジムは「自己責任」の世界だった

ボクシングジムは、全てが自己責任だ。トレーナーたちは、僕に期待もしていないし、責任も一切負わない。(※勝ち負けにおいて)
だから、ボクシングを真剣にやりたい人には、40歳を越えようとも、どんな人でも真剣に教えてくれる。
※通常、センスのない人間には、期待をしないから、まともに教えることもしないのが常識だ。

でも、そこのボクシングジムは違った。僕は誰にも期待されていないから、のびのびとやることができた。それが心地よかったし、それが人間的成長にもつながった。

初めて「自分で決めた」瞬間

今までは親の敷いたレールに乗っかる。友達の決めた遊びをする。そうやって、自分の意思というものが一切なく、自分で物事を決めてこなかった人生。そんな僕が、初めて自ら決断し自分でレールを作ったのがボクシングだった。

とにかくボクシングに夢中になった。仕事終わりに週に5回はジムに通う。帰ってきては練習日誌をつけ、朝は早起きしランニング。さらに酒とタバコ、遊びも一切やめて、ボクシングしか興味がなかった。夢中なものが、見つかって充実していた。

しかし、当時、別の悩みにぶち当たった。それは、

「運動センスがない」

上達に時間がかかるし、頑張れば怪我をする。頑張りかたを、いつも間違えていた。このままでは、柔道時代と同じだ。

「ただ頑張る」から「どう頑張るか」へ

この壁を乗りこえた方法は、「ただ頑張る」を「どう頑張るか」に意識を変換できたことだった。

「ただ頑張る」とは:
誰かに言われたことを疑問を持たずにがむしゃらにやり抜く。専門家でない人の意見に振り回される。量だけをこなす。

「どう頑張るか」とは:
①各専門家や本から学ぶ。
②自分で情報をまとめ、プログラムを組み立てる(これが最も楽しい)。
③そのプログラムを実際にやってみる。

周りから批判もあるし、うまくいかないこともある。悔しくなることの方が多かったりする。でも、「どう頑張るか」にフォーカスしてからは、圧倒的に怪我も減ったし、プロとして長く続けることができるきっかけになった。

当時たくさんのセミナーにも参加した

トレーニングの質が変わった3つの理由

【1. 能動的な学習】
Before(柔道):監督の指示を待つ → 受動的。
After(ボクシング):自分で情報を集める → 能動的。

僕は図書館に通い詰め、トレーニング理論を学んだ。練習日誌をつけ復習し、朝は早起きしてランニング。動画を撮り自分の動きを客観視した。「なぜこの動きが必要か」を理解してから練習した。これが、運動音痴だった僕を変えた。

【2. 身体がリラックスした】
Before:父・監督の顔色を伺う → 緊張 → 力み。
After:自分の成長だけを見る → リラックス → 効率的な動作。

承認欲求がなくなった瞬間、からだが自由になった。自己責任の環境。誰にも期待されていない。だから、からだが解放された。

【3. 「量」より「質」】
Before:「頑張っている姿を見せる」ための長時間練習。
After:「結果を出すための」スマートなトレーニング。

毎日3時間よりも、たった1時間の質の高い練習の方が効果が高い。これは神経系トレーニングの原則であった。「スマートに頑張る」ことをこのタイミングで覚えた。

「速く、強く、柔らかく」が開花した

「どう頑張るか」を意識してから、自分の身体が明らかに変わっていくのを感じた。だから、僕はスポーツのパフォーマンスを上げる身体操作や、怪我をしない体作りというのが、知りたくて、知りたくて仕方なかった。

そして、僕が辿り着いたのが、「速く、強く、柔らかく」という3つの身体能力だった。

【速く】= フットワーク、パンチのスピード。
脱力のメカニズムを学び、走り方から改革し実践。地面からの力を下半身から上半身に素早く伝える。各専門家から学び、自分でプログラムを組み立てた。

【強く】= パンチ力、体幹の安定性。
筋肉に「効かせる」のではなく、神経系で「発揮する」。力むのではなく、リラックスして力を出す。坂道ダッシュやウェイトトレーニングのやり方にこだわった。


【柔らかく】= 打たれ強さ、しなやかな動き。
可動域と安定性の両立(モビリティトレーニング)。股関節を鍛えながら柔らかくする。怪我をしない体を作る。

いまでは、このときの学びが陸上教室やパーソナルトレーニング指導に活きている。

この3つをバランスよく高めた結果、26歳でプロボクサーのライセンスを取得。27歳でプロデビューを果たした。しかも、デビュー戦は1ラウンドKO勝ち。そして、35歳まで8年間現役を続けることができた。同じ「僕」という人間が、柔道では10年かかっても、まったく結果が出ず、ボクシングでは2年でプロになり、8年間現役を続けられた。

プロテスト後。当時のジム会長と。


この違いは何だったのか?


第3幕:トレーニングから見えた本質

身体が教えてくれた真実

プロデビュー戦で1ラウンドKO勝ちした後、ふとあることに気づいた。柔道とボクシングの決定的な違い。それは、「自分で決めたかどうか」だった。

身体は嘘をつけない

科学的に見れば、こういうことだ。

【やらされている時の身体】
ストレスホルモン(コルチゾール)が増加。神経系の働きが抑制される。(怒られている時にビクッとしているアレと同じ。)もちろん動作効率が下がる。「速く、強く、柔らかく」が全く発揮できない。

【自分で決めた時の身体】
快楽ホルモン(ドーパミン)が分泌。神経系が前向きに活性化する。動作効率がぐんぐん上がる。「速く、強く、柔らかく」が最大化される。これは単なるマインド論ではない。生理学的な事実だ。からだは正直です。

やらされている時は、からだは動かない。自分で選んだ時は動くのだ。

すべてが繋がった瞬間

ボクシングで得た気づきは、その後の人生を変えた。
【柔道時代の失敗】

  • 父の期待、チームの看板 → 承認欲求 → 身体がロック。

  • 監督の顔色を伺う → 緊張と力み。

  • 「頑張っている姿を見せる」→ 動作効率の低下。

  • 「がむしゃらに頑張る」→ 怪我が多い。

結果:10年やっても下手だった。

【ボクシング時代の成功】

さいたまスーパーアリーナにも立つことができた
  • 自己責任の環境 → 承認欲求からの解放 → 身体が自由に。

  • 自分の成長だけを見る → リラックス。

  • 「どう頑張るか」→ 怪我が減る、効率的に上達。

  • ①学ぶ→②組み立てる→③実践する。

結果:2年でプロ、8年間現役。ここでトレーニングを通じて、人生の本質が見えた。

それは、「才能」ではなく「自分で決めること」。「ただ頑張る」ではなく「どう頑張るか」。身体は正直です。やらされている時は動かない。自分で選んだ時は動く。これは運動だけの話ではない。仕事も人間関係も、人生もすべて同じだ。

「速く、強く、柔らかく」生きる

僕はトレーニングで大切にしている「速く、強く、柔らかく」という考え方を、人生全体に応用するようになった。

【人生における「速く」】
行動スピード、決断の早さ。「納得を手放す」 → 挑戦してから納得する。完璧を待たずに動く。

【人生における「強く」】
継続力、実行力。「スマートに頑張る」 → 効率を意識した努力。ガムシャラではなく質を追求する。

【人生における「柔らかく」】
柔軟な思考、執着しない姿勢。「挑戦にとらわれろ」 → 失敗を恐れず挑戦する。結果に一喜一憂しない。トレーニングで学んだことは、すべて仕事にも人生にも応用できる。

その後、僕はトレーナーとして独立し、仕事でも結果を出せるようになった。

「何をやるかより、どうやるか」

ボクシングじゃなく、ゴルフでもサッカーでも何でもよかったんだと思う。スポーツとして、それを真剣に楽しみ成長することを覚えてからは、スポーツをすることに対して苦痛を感じることはかなり減った。すべては「自分で決める」ことから始まった。


エンディング:あなたへのメッセージ

24歳からでも、運動音痴でも、人生は変えられる

もしあなたが今、「才能がない」「年だから」「遅すぎる」と思っているなら、それは誤解です。重要なのは2つ。

①自分で決めること。
②「ただ頑張る」ではなく「どう頑張るか」。

僕は24歳まで運動オンチだった。柔道を10年やっても結果が出なかった。でも、自分で決めたボクシングで2年でプロになり、8年間現役を続けられた。その後、トレーナーとして独立し、仕事でも結果を出せるようになった。

すべては「自分で決める」ことから始まった。あなたの身体は、あなたの本当の気持ちを知っている。やらされている時はいっさい動かない。自分で選んだ時はワクワクと動いてくれる。それは、トレーニングも、仕事も、人生もすべて同じだ。

「速く、強く、柔らかく」生きよう。

今日、あなたが「自分で決める」一歩を踏み出すなら、僕は全力でそれをサポートしたい。



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