【小説】天仕の少女と魔人の少年の物語 前編 第十七話 苦痛
第十七話 苦痛
「どうしたの?マクシミリアン。」
隣からかけられた言葉に意識を戻し、私は心配そうに見上げる彼女を見つめた。
「何かあったの?顔色がよくないみたい。」
リシテキアが私の頬に手を当てる。いつもと変わらない彼女のぬくもりを感じる。
私は彼女の手を取り、自分の胸に彼女の身体を抱え込んだ。
「マクシミリアン?」
「君の弟が迎えに来た。」
彼女が訝しげに私の名を呼ぶのに、重ねるように私は言葉を紡いだ。
「・・アルフォンスが?」
「帰る道もわかるそうだ。君は家族の元に戻れる。」
「・・・。」
「どうした?嬉しくないのか?君の望みは叶った。」
押し黙った彼女に矢継ぎ早に問いかけた。自分の気持ちをごまかすように。でも怖くて彼女の顔が見られない。代わりに彼女の背中を抱く腕に力を込めた。手に彼女の髪が触れる。
初めて会った時は肩下くらいだった髪も、今は背中の中ほどまで伸びていた。
「マクシミリアン。苦しい。」
彼女が発した言葉に苦笑する。私は腕の力を緩め、彼女を解放する。
「すまない。力を籠めすぎた。」
私はそう言って彼女を見て動きを止めた。彼女は私の方を見てボロボロと大粒の涙を流していた。
「リシテキア。泣くほど嬉しかったのか?」
「・・苦しい。」
彼女は自分の手で涙をぬぐうけど、涙はそれではとても止まらず、次から次へとあふれていく。
「苦しいよう。マクシミリアン。」
「リシテキア。」
彼女は本当に苦しそうに顔をゆがめる。
「弟が迎えに来てくれたことは嬉しい。私は帰らなきゃいけない。」
「・・・。」
「でも、私はここにいたい。私は嬉しかったの。ここにいていいと貴方が言ってくれたことが。」
彼女はしゃくりあげながら、私に向かって言葉を紡いでいく。
「でも、危険を冒してまで迎えに来てくれた弟に、帰れなんて言えない。」
次は私が黙り込む羽目になった。彼女に何と言っていいか分からない。
私は彼女をなだめるように、背中に手を回し、さすってやる。
「リシテキア。泣かないでくれ。君に泣かれるのはとても困る。」
「マクシミリアン・・。」
「私も君には、いつまでもいてほしいと思っていた。」
私の言葉に彼女はその金色の目を大きく見開いた。
「本当に?」
「こんな時に嘘を言ってどうする?」
「私を泣き止まそうとして、適当なことを言っていない?」
「そんなに器用な者ではない。」
少なくとも、先ほどよりは落ち着いたようだと、身体を離そうとしたが、逆に離されまいとしがみつかれてしまった。仕方なく、背中や髪を撫でながら、私は言葉を続けた。
「君の弟は、家族が人間の住む地に移住することになったと言っていた。」
「移住・・ね。」
「迫害を受けることはなくなるだろう。ここよりは、君も生きやすいかもしれない。君の弟が迎えに来たのも、君が家族の元に帰る運命だったと思わないか?」
「本当に・・そう思っているの?」
「・・そう思わないと、やり切れない。」
私がそう呟くと、彼女は呆けたように私を見つめて、慌てて視線をそらした。
「マクシミリアン。私は弟と一緒に戻るわ。」
「・・・。」
そう言うのはもっともだ。元々彼女を返すつもりだったのだから。
「でも、家族にちゃんと説明して、私はこちらに戻ってくる。」
「リシテキア・・。」
ここは彼女にとっては安心していられるところではない。天仕であることが分かれば、皆、掌を返したように牙をむく。私が必ず守れるわけではない。
でも、私の中には、彼女がここまで言ってくれているのだから、それを望めと叫ぶ声もあって。
きっと私はとても困惑した顔をしていたのだろう。彼女の顔が曇る。
「マクシミリアンには、私は必要ない?」
「そんなことはない!」
彼女の問いに思わず否定してしまい、私は口を押さえた。顔に熱が集まるの感じる。
彼女は泣き笑いの顔で、口を押さえた手を外し、私の首に腕を回した。
彼女が顔を近づけてきて、二人の唇が重なった。
口づけを彼女からしてくるのは初めてだった。そして、私の中に流れ込んできているのは、たぶん魔力だ。この熱が別の感覚を引き出してきそうになり、唇を外した。
魔力と共に彼女の唾液も摂取してしまった私は、全身の熱さと、酩酊感に襲われる。それに今までに感じたことのない快楽を。
魔力のせいか?だが、以前彼女から奪った時は、快楽は感じなかった。それとも、この行為のせいだろうか?
お互いの呼吸音が荒い。私を見つめる彼女の目は熱に浮かされたようににじんでいる。
「なぜ、魔力を流した?」
「しばらく側にいられなくなるから、魔力で貴方の病を抑えられたら、と思って。」
彼女はそう言って、ぎこちなく笑ってみせた。
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