3/2の日記 【好きと嫌いの中間地点】
//今日は、とある企業様の会社説明会に参加していました。こう、この時期の会社説明会は今からエントリーします という意思表示のようにも感じる。というか、僕を含めてほとんどの人がそのつもりで会社説明会を聞いていると思う。
そのためなのか、説明会の人数や質問数も段違いに多く、夏あたりに参加していた雰囲気とはまた違ったものを強く感じていた。
結局、選ばれる/選ばれない の世界の話であることは確実で、その中でどれだけ自分の良さをアピールするのか が大切なことは把握しているけど、その良さを出す方法というのが難しい。
熱意をアピールするために、話しすぎても熱意をアピールすることになるのか不安だったり、逆にきれいに取っ払い過ぎた結果全く熱意を感じないものになってしまったり。
アンバランス過ぎて難しい。
どこまで行うのが世界なのか。無意識に、どこまで話すべきかを勝手に整理してしまってそのせいで足りない みたいなことになっていることも少なくはない と感じているので、注意しなくては。
//好きな作品があったときに、その作品に対してのエゴサーチ?のようなことをすることが多い。そして、その作品に対しての意見を見ては肯定している物に「うんうん、そうだよねぇ」と相槌を打っている。
しかし、作品 というものはどれも100受け入れてもらえるもの なんて言うのは存在しない。必ずどこかで、「あんまり良いとは思えなかったなぁ」と思う人も出てくるだろう。
それは全然良いことだと思う。自分だって、「これって面白いのか???」と思った作品の評価を見に行ったら、評価しているコメントが存在していたことだってある。
そんなコメントと遭遇したときに、自分はその人がどこでそのようなことを考えたのかが知りたくなってしまう。「確かに、ここの部分に関してはそういうコメントが出ることも仕方ないのかもな」「こういう意見も納得できるな」と思いたくなってしまうのだ。
つまり、肯定されている意見ばかりでも嬉しいけど、どこか批判的なコメントを探している自分がいるのだ。
そのことに、最近気が付いた。
そしてそのコメントを見て、「確かにそういう意見が出るのも分かる」「でもやっぱり、そこを加味しても僕はこの作品が好きなんだ」と思いたいんだと思う。
たまに作品に対して ではなく、演者さんや作家さんなどに対して批判コメントを言っている人が存在しているけど、
それに対しては純粋に嫌だ。作品に対してはハマる/ハマらないが存在しているのは納得しているけど、この人が好きじゃないからこの作品もイヤだ は正直モヤモヤしてしまう。
思っていても、書く必要はないよね???と感じてしまうのだ。
結局、それも大きな範囲で見れば、好き / 嫌いの範疇にしか過ぎないのだが。傍からみれば、僕がそういう人たちを好きになれない という括りに入れることが出来てしまうし。
この世界は、人に対しての 好きと嫌いで成り立っている
と考えても、過言じゃないのかもしれない。
