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4/26の日記 【「ない」と「ある」】

//明日は朝が早めというのと、会社見学 兼 最終面接という超ビクビクする内容なので短めに行きます。早めに寝て、心の準備をするために、今日の日記は短めにします。
※短めって書いたけど、全然短くなりませんでした。


//毎回、日記を書くときは適当にSpotifyのマイリストを再生しながら日記を書いている。ちなみに、今流れているのは米津玄師と宇多田ヒカルの曲「JANE DOE」。

長期インターンに行っていた9月のこと。インターン先では毎回、作業中は作業場にラジオがかかっており、そこでIRIS OUTと一緒にこのJANE DOも流れていた。
なので、この曲を聴くとその光景を思い出したり、思いださなかったり……。

というか、そもそもチェンソーマンの映画を観に行ってるので、IRIS OUTに関しては、ちゃんと音ゲーみたいなポチ太を見ているわけで。
原作を読んでいる身としては、レゼの結末も分かっていたから、終わり方とかは明らかにしんみりしたものになるだろうなと思っていたし、だからこそJANE DOは沁みた。

アニメは次は刺客編かな?人間の持つ、根源的な恐怖に関する悪魔が出てきたあの場面が今から楽しみ。


//ふと、学校のSlackを眺めていて、「ない」と「ある」の違いについてを考えてしまった。
どうしてふと思ったのか というと、とある学生の一人が「自宅のWi-Fiが急に弱くなってしまったので、日曜日だけど学校を使うことは出来ないか」という質問を投稿していたから。

まぁ日曜日だから無理だろうなぁと思っていたら、他の生徒からの返信で「快活CLUB」を使うといいですよ というコメントが書かれていて、確かにと思った。
まぁさすがに同じ経験をしている人はいるよな。

そんな投稿を見て思ったのは、「ない」→「ある」という流れはそこまで大変な思いをしないけど、「ある」→「ない」になると一気に不安になるよなという事。

もちろん「ない」→「ある」の流れだって、使いこなせるか不安である とかそういう系統ももちろんあるだろうけど、「ある」→「ない」の流れの方が瞬間的な不安が強い気がする。

「どうしよう」っていう悩みが周りにありすぎるような気がする。

実際、手放すのが怖い って言う恐怖もあるわけだし。手放すのが怖いから、逆に踏み出せない なんて良く聞く恐怖の話だよな。
「ない」→「ある」は慣れやすいのかもしれない。それか、瞬間的な不安ではない か。

長く続く、ゆったりとした不安こそが「ない」→「ある」であり、瞬間的に押し寄せる「どうしよう⁉」って不安が「ある」→「ない」とか?

うーん。こうやって考えると難しくなってきたな。
これは明らかに意見の割れる話になっている気がする。
僕は少なくとも、「ない」→「ある」よりも、「ある」→「ない」の方が苦手だなぁ。

あなたは。
これを読んでいるあなたは、どちらの方が怖いのだろう。
踏み出すのか、手放すのか。
どっちでしょう。

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