月刊コグマ#7 My True Wish
まさかの5周年
当時、月刊コグマを始めた当初はまさかここまで続くとは思ってなかった。まさか5周年を、そして6年目を迎えることになるとは。ずいぶんと時間が経っちゃったんだなぁと実感が湧いてしまう。
ちなみにこの月刊コグマ、周年を数えるのが少し面倒である。なぜなら、一番初めに月刊コグマを始めた時から、ちゃんと連載になるまでに少しの期間が空いているから。

ソートを使用とすると良くわかるのだが、月刊コグマの初回が2月でその次が3月。ここで一旦書くのをやめてしまい、そこから期間が空いて7月に再び書き始めている。そして、その7月からは今の今まで月刊は続いていると。
だからこそ、周年のタイミングを2月にするのかそれともちゃんと始めた7月にするのか というので少し面倒ではある。でも、個人的には7月が周年のタイミングって認識。
この5年で月刊コグマの様式も大きく変わってね……。とは言っても、日記を始めてから変わっただけで、それまではほとんど変わってなかったけど。日記を始めてからは、日記で書いた内容の中でも気に入っているものなどをこっちの月刊に持ってきて書いていることがほとんど。
プラスαで最初と最後の話だけ、いわゆる書き下ろしという形で日記には無いものを書いている。
この月刊もどこまで続いていくのかなぁ。この間書いた日記「自分を大人と認めるとき」を今回の月刊にも持ってきたけど、自分も来年春からは社会人なんだよな。
月刊もそうだし、日記も。書く暇が と言うより、書く体力があるのかしら。別に文字数制限を掛けてるわけじゃないから、自分が納得すればそれでいいっちゃいいけども。
自分って謎のプライドを発揮すること多いからなぁ……。
上手く自分のプライドを飼いならすところから始めないとね。
海老名SAまで歩こう
//事の発端は前回 海老名市まで行き、最終面接を終え、海老名駅まで戻ってきた時の事だった。「そういえば、前に見た動画でオモコロチャンネルの方々が海老名SAまで徒歩で行ってる動画があったよなぁ」「自分も徒歩で行ってみたいな」そう思い立った。
自分1人で行っても良かったのだが、その数日前に友人から今度どこかに一緒に出掛けないかとお誘いを貰っていたこともあり、丁度いいと思いその人や他にもよく遊びに行く友人が入っているサーバーにこんなメッセージを投げた。

すると、誘ってくれた友人の他にももう一人予定が空いているらしい。なので3人で海老名SAまで向かうことになった。
最初は6月末に行く予定だったものが1回延期になり、今日行こうという事になった。
しかし、1人は用事でもう1人は体調不良でお休みに。結局、自分1人で行くことになってしまったのだった。日曜日の天気予報は雨。誰も「雨だから予定変えない?」と言いだす人がいないなら、別に雨でもいいか。なんてことを思っていたけど、結局行くのが僕だけなら晴れの日に行くでもよかったな。
なんて思いながら、自分は再び海老名駅の前に立っていた。

結局、その日に行こうと決めなければ外にすら出ないのが自分の性。だったら行くのは今日しかない。だって、自分がその気分だったから。という事で自分は海老名駅まで来ていた。
自分が海老名に到着した途端に雨がぽつぽつと降りだしていた。
ここから海老名SAまではどれくらいの時間で着くのだろうか。GoogleMapで検索してみると、なんと1時間もかからないらしい。雨脚も弱いことだし!と意気揚々と足を踏み出し、海老名SAまで向かった。

何畑かは分からないが、道中にはひまわりが咲いている畑が存在していた。これが青空の日ならとても雰囲気に似合ったのになぁと思いながらも、逆に雨の日に見るひまわりというのも珍しいぜ!と感じて写真を撮っていた。

その畑から坂を上ってすこし進んだ先にあったのがこの道。GoogleMapはこの道へ進めと言っている。湿気の感じや曇り空の雰囲気も相まって、どことなく"すすんではいけない道"のようなものを感じた。
が、そういうものほどわくわくしてしまうので、こちらも意気揚々と進んでいった。
そうして海老名駅を出発してから約40分後のこと。「もうすぐだよなぁ」とGoogleMapを眺めながら歩いていたら、突然目の前にそれは現れた。

海老名SAの入り口が。

//自分がまず到着したのはEXPASA海老名の上り。道路沿いの入り口から入ると、誰も周囲に歩いている人すらいない道から一変。一気に人が増え、賑わっていた。さすがはSAであると言うべきレベルだったように思う。
ここにはもちろんいろいろなお店が入っている。ぐるっと一旦見回ったうえで、何を食べようか悩んだ結果、自分はまずたこやき くくる の列に並んだ。
食べやすく、それでいてご飯にもなり、何より自分が食べたいもの。それを考えた時、自分の目にはたこ焼きが真っすぐに捉えられたのだ。なので、まずは くくる を。
今日はたくさん食べるぞ!!と息巻いていた自分は次に、PAOPAOという肉まんやシューマイを扱う点心のお店に決めた。海老名まん が美味しそうだったと言うのもあるが、実は以前、現在の大学に見学に行った際に海老名SAに訪れたのだが、時間が無く食べられなかった経験があったのだ。
なので今回こそは海老名まんを!と思い、列に並んでいたがやはり人気商品。海老名まんは無くなってしまっていた。仕方がない、そもそも前回の後悔は時間が無く購入すらできなかった点にある。
と、通常の肉まんを購入した。こちらもすごく美味しかったので大満足だった。
//もう一つ何かを食べたい。例えば、"世界一のアップルパイ"とか。自分の心がそう語りかけてくる。しかし、自分の胃はすでに もう食べられないよ!と告げてくる。
結局、アップルパイは諦めて、次は下りの方面にある海老名SAに向かった。
下りの方面までは歩いて約10分。まぁこれだけ歩けばお腹も空くでしょう。そう思ってそう祈って、下り方面の海老名SAまでたどり着いた。

下りには「カルビーキッチン」や有名なメロンパンのお店「ぽるとがる」などがある。本当ならばメロンパンに行くべきなのだろうが、自分はメロンが苦手である。普通のメロンパンなら大丈夫なのだが、この海老名メロンパンはメロン果汁が使用されているという話を聞いてやめてしまった。
せっかく買ったのに全部美味しく食べられない というのが一番いやだし。
という事で、自分はカルビーキッチンで販売されている ポテりこ という商品のサラダ味を購入した。このポテりこ、遠くから見るとそれこそじゃがりこなのだが、このポテトが揚げたてのポテトで作られている。
一口食べるたびにホクホクとしていて、とても美味しかった。
とは言え、お腹は結局歩いても空かなかったので、ちょっとだけ苦しみながら食べ終わった。最後の最後までメロンパンを買うか悩んだし、なんなら再び上りに戻ってアップルパイを購入するのかも悩んだが、「お前は自分がお腹がいっぱいで先ほど苦しんだことを忘れたのか!!」と自らに言い聞かせ、駅まで足を進めたのだった。
//そんなこんなで今日の1日が終わった。
いやぁ、意外に楽しかったな。初めに海老名SAについた時は、もしかして食べるだけで終わっちゃうんじゃないかと思っていたし、結局その通りではあったが。
その割には十分に楽しめたように思う。もし、僕の胃袋がもっと大きければアップルパイだってメロンパンだって食べただろうし、アイスクリームやかまぼこなんかも売っていたので、それらを買っていたと思う。
だから、それだけがちょっとだけ心残りかな。
//あと、歩きでSAに行く というの自体が素直に楽しかった。雨じゃなければもっと楽しかっただろう。
次に行くのはどこのSAになるのか。再び海老名になるのか、それとも全く違うSAになるのか。
未来の僕よ、お楽しみに。
関心電車
//遅延だ。遅延をくらっている。本来なら既に電車に乗っているであろう時間なのだが、どこかの駅で救護対応を行ったらしい。十数分ほどは駅で待っているような気がする。
その間に線路を挟んで向かいの駅では3本くらい電車が来ていたし、反対側のホームは5本くらい来ていた気がする。
とは言っても別に早く電車来いよ!!!と思っているわけでは無い。自分はスマホを見ていて時間を使っていたし、何よりただの帰り道なので、そこまで時間を気にしているわけでは無いのだ。
たぶん、他の待っている乗客たちも同じ気持ちなのだろう。
普段、今朝の電車で遅延が起こっている場合は人の雰囲気がどことなく焦っていたりイライラしているような雰囲気をまとっているし、なんなら怒号が聞こえてくることだってある。
でも、この時間での待ちはそんな声は聞こえないし、そもそもみんなソワソワすらしていないみたいだ。
それこそ、"気にしていない"ような感じで。みんな自分のことに集中していて、他所のことが気にならない。もしくは、そもそも電車が遅延していることに気付いてすらいない。
あれ?電車来るの遅いな~くらいのレベルでしか思っていない。
そんな感じがした。
何もその場で事件が起こっていないと考えると前者よりは後者の方が良いのだろうが、後者も後者で自分がどんな状況なのか気付いていないような節があるので、少し心配にはなる。
どっちの方が良いんだろうね。
//気付く・気付かないとか、気にする・気にしないの点で話すならば、この後者に感じた気付いていない感覚というのは、
例えると自分の店の近くでビラを配っているお兄さんやメイドカフェのお姉さんの配るものを受け取らないで無視する私たちの感覚に近いと思う。
あれも、見ないふりをするというか、その場にはいないようなふりをして無視して歩くじゃない。その無関心さが似ていると感じた。
来ないことが分かっているのに、不思議に思わないこと と いることは分かっているのに、見ようとしないこと。
どことなく雰囲気が似ていたのだ。
……そんなことを書いていたら電車が来たぞ。ぞろぞろと降りてくる人たち。人が降りている最中に鳴るアナウンス。
次の電車はすぐに来るので、急がず乗り切れないお客様は次の電車にお願いします。そんなことが言われている。
それでも無理にでも入ろうとする人々。私たち。結局のところ、自分が1番大切だしだからこそ自分守ろうとするから、急かして怒るわ周りを気にしないわ無理矢理にでも乗ろうとするわの3拍子なのかもしれないな。
ファンミーティングに行こう
//これは先日のこと。自分は、東京ビッグサイトのすぐ横にある有明セントラルタワーまで来ていた。ここで何をするのかと言うと、自分が常日頃から話しているソシャゲ、P5Xのファンミーティングが開催されるというのだ。
確か、6月の半ばくらいだったかに応募の募集が開始されたのだが、それに当たったと分かったのが6月の終わりごろ。そして、ちょうど昨日そのファンミーティングに行ってきたのだ。
//会場まで上がると、既にたくさんのお客さんがおり、その会場には様々な展示がされていた。P3, P5, P5Xの主人公たちのパネルが飾ってあったり、開発陣の皆様へメッセージを送るパネルだったり、逆に開発陣の方々からのメッセージがあったり。
本当にたくさんの物が飾ってあった。



今回のイベントはここはまだイベント会場でも写真撮影OKの部分だったので写真撮影をしたのだが、ファンミーティング中はもちろんほぼ写真撮影はダメだった。
イベント内で行ったことは、前半だと人気キャラ投票でどのキャラがランキング1位になったのかの発表やこの1年でどんなキャラが登場したのか、どんなイベントがあったのか。
後半には、P5Xにまつわるクイズ大会があったり質問コーナーや開発に関するウラ話などがあった。
開発によるウラ話に関しては、他言厳禁な話だったこともあり語ることは出来ないのだが、凄く興味深いというか、そうなってるんだなぁと思うような内容ばかりで個人的にはすごく面白かった。
//前半と後半の合間では、P5X関連でよくお世話になっている配信者の方に挨拶をしたり、横に座っている方とひょんなことから会話を交わしたり、と様々なことがあった。
画面越しに見ている人と対面で話す なんてことが個人的には初めてだったため、めちゃめちゃドキドキしながら挨拶をしたのだが、まさかあんなにキョドってしまうなんて。
「毎日楽しませてもらってて…」みたいなことを何回言ったことか。改めて振り返ってもなんか恥ずかしいな。
その後は、まぁなんやかんやあって隣に座っていた方とお話をしていて、その方がなんと初代ペルソナの頃から遊んでいる方で当時の話などを盛り上がった。
//ということはありつつも、自分のコミュニティが広がったとかそういうことは無く、「私のアカウントはこれで~」というものも無く、雑談をして終わった。
楽しかったな。アイマス関連のファンミーティングも応募したことはあっても当たったことは無かったので、とても新鮮な体験だった。
面白かったな。
もし、また次回もあるならぜひ参加したいね。
この好きが好きだ
//ありのままでいい。ありのままを出せば。そんな励まし方をしている様子をたまに見かけるが、そんなものは見当違いだと思う。
他者が存在する空間でありのままなんて、出せないから。例え信頼している人だとしても、自分のありのままをさらけ出すなんて、不可能だと思っている。
そもそも、僕がこのように日記に自分の本音を出しているように見えても、文字というフィルターを通している時点でそれは本音ではない。
ありのままではないのだ。
それと同じように、相手が存在する時点で、「家族と話している」というフィルターが、「恋人と話している」というフィルターが、「友達と話している」というフィルターが存在してしまっていると自分は考える。
つまり、他人という存在が目の前にいる時点で「ありのまま」なんてあり得ないのだ。
それなのに、ありのままを出した方がいいだなんて見当違いも甚だしい。
と、思っている。
//好きという感情に対して、たまに笑ってくるような人間も一定数存在する。自分は運良くそのような人間に出会わなかった人生ではあるが、だからといって、自分の中にある"好き"を全て出せたような相手は存在しない。
これからもたぶん、出せる相手は出ないんだろうなぁと思っている。それは、友人や恋人などに対して信用していない とかじゃなく、これもまた ありのままの1つであるからだ。
好き を笑ってくるやつは論外だろう。他人に自分の好きを笑われるのが嫌だと分かっているくせに、無意識に、ただその好きを傷付けたいがために攻撃している。
//とはいえ、めんどくさいことに、同じような趣味を持っている人間を探していることも事実として存在している。
自分の中にある純度100%の好きを出せないくせに、自分の好きと同じような好きを持っている相手を心のどこかで探している。
求めている。
心のどこかで、繋がりたいと望んでる。
だからこそ人間的だとも思うわけだが。
//自分の中にある好きを捨てる必要はまったくもって無い。好きを自分の中で暖めること。大切にすること。
それがありのままを見せられない僕たちに課せられたミッションであるように思う。
その先で、その"好き"を好きである自分自身を認めてあげることが出来れば。たぶんまた1つ、見える世界は変わっていくように思う。
だからこそ、今僕たちが出来ることは信じることや希望を捨てないこと。好きを大切にし続けること。なんだと思う。
そんなクサいことを書いて今日の日記は終わり。
自分はどれだけ自分の好きを大切に出来るのかしら。
自分を大人と認めるとき
//いやぁ、6月半ばから始まった長期インターンが終ってしまった。今回のインターンも含めて、大学生になってから3回あったわけだけど、今回が一番短かったように感じている。
ちなみに、一番長く感じたのは去年の長期インターン。あのインターンは学ぶことも多かったけど、その分だけ大変さも大きかった。
だからと言って、今回のものが簡単だったと言っているわけじゃないけど。
結局、今まで行った長期インターンシップがどれも1人で行っているものばかりだったので、メンバーと一緒にやるインターンというのが新鮮すぎて。とても楽しみながら取り組むことができたように思う。
終わったその瞬間はあまりカタルシス的なモノを感じてはいなかったけど、こうやって時間を空けていざ思いだして書こうとしたら、急に寂しく感じてしまった。
どっとこれまでの日々が思いだしてきてね……。
今回のものも含めて、今までに行ってきた長期インターンは学校の実習でもあって、この長期インターンを行わないと単位の取得ができない。
だからこそ、必ず行わなくてはいけないものだったのだが、いざこうやってその必修が終ってしまうと着々と大学生活が終わりを迎えているのが分かってきてしまい、それも寂しい。
自分が社会人になるなんて、そんな想像ができなさすぎる。本当に自分は社会人としてやっていけるのかしら。自分が働いている姿が、そんな未来が見えない。
自分はまだまだ子供っぽいと思うし、まだまだガキだと思っている。全く持って大人らしさなんか無い。道ですれ違う高校生を見ても、まったく自分より年下だなんて思えない。
同い年かそれより上か。
自分は自覚している。自分の精神年齢が中学生から高校生辺りで止まってしまっていることに。
だからこそ、社会に出ていけるのかの不安ばかりが募ってしまう。
//自分が書いている日記や月刊のコンテンツを大まかに分けると、その中の一つに「らしさって何なのか」という話に関してを何度も話していることが分かる。
例えば、自分らしさであったり、男らしさであったり。今回も話題に出ている「大人らしさ」もその一つだろう。いつまでも考えている。いつまでも考えているのに、結局その答えは出ない。
いつまでも、自分はまだまだ子供だなぁと思わされることばかりだ。
//今年でもう22歳になるのに、まだこんな大人と子どもの境界線で悩んでいること自体にも正直嫌気がさしてしまう。周りが自分自身を大人と認識できているのか、それとも子どもだと認識しているのか。
そんな話なんてしないし。
今、生きている社会人は。僕から見て大人だと感じる人たちは。
自分のことを「大人である」と認識できているのだろうか。もし、そうやって認識できているのならば、それはいつだったのだろうか。
例えば、後輩を指導した時?叱ったとき?
それとも、家庭を持ったとき?異性と身体を重ねたとき?
自分が大人だと認識できるときは、いつ来るのか。
それが今一番の不安なのかもしれない。
願い
なんでも願いが叶うと聞いたらあなたはどのような行動をとるのか。
これはそんな瞬間に立ち会った1人の男の話である。
将来の夢なんて知らない、今興味のあるものだって思いつくものが出せない。まるで、ただ息をしているだけのような。まさしく"なにもない"ような状態。ただただ流れてくる日常に流されて、日々を過ごしていた。
ボーっとしていると高校で知り合った友人から急に声をかけられる。
「おーい、砂原~!起きてる?お前って部活とか入って無かったよね?一緒にあそこの駄菓子屋行ってみない?」
駄菓子屋 と言うのは最近学校近くに出来た商店「気球屋」のこと。ここ一体は付属の学校が近くにあり、自分の通っているこの高校も中高一貫。そして大学付属の高校である。何なら少し行った先には当時通っていた小学校だってある。
こんな学校の集合地に駄菓子屋が出来たってんならそりゃあ一気に人気になるに決まっている。部活動に入っている友人によると、なんと若いお兄さんが店主らしい。駄菓子屋だけあってお菓子を安く購入できるので、部活前や終わりに買って部活動のメンバーたちと一緒に食べながら帰る。
そんなルーティンまですでに出来ているみたいだ。
自分はと言うと、部活動にも入っていないため行くわけもなく。一度も足を踏み入れたことすら無かった。友人に誘われたなら行くか。そう思い、着いていくことにした。
「はいとうちゃーく。ここだよ、その駄菓子屋。」
「いやぁ。今日も混んでるねぇ。」
店にたどり着くと、想像通り、人でごった返していた。小学生や中学生が多い。さすがに同じクラスの人はいないようだが、同じ制服を着ている人もちらほら。やはり人気の店のようだ。
たくさんのお菓子を抱えて家まで帰る学生たちを見て、どこか心がほっこりしたような気分になった。
すると友人から、「ねぇ、何のお菓子にする?」「ここは、あれとかこれとか有名だね」と話しかけられた。
有名だね、って。どれもそもそも名前の良く聞くヨーグルトのお菓子やコーンのお菓子じゃないか。なんてことをつっこみながら、せっかく駄菓子屋へと来たんだし、と自分も適当にお菓子を選び、会計へと向かった。
会計前にはすでに小学生のお客さんが並んでいるらしく、若い男の店主さんと一緒に小銭を数えながら支払っているところだった。ついでに何かを手渡しているらしい。貰ったものも袋に入れて、その小学生は出口へと向かって行った。
自分も会計を済ませよう。自分が選んだものをレジに置き、お金の支払いが終わるとその流れで自分もとあるものを手渡された。
「最近仕入れた商品なんだけどさ。もし評判が良かったら今後も仕入れることにするから、もし良かったら次来るときに教えてよ。」
そんなことを言われながら手渡されたのはタブレット状のラムネのお菓子だった。
友人も手渡されたらしい。今日、駄菓子屋に来た人はみんな渡されたのだろうか。「家に帰ったらソッコーで食べてみよっかな」と友人は言っていた。そんな友人と途中で別れ、家に帰った。
家に親はいない。亡くしたというわけでも無い。似たような仕事をしていて、仲が良いのだろう。自分が高校生になり、もう2年生だと言うのでせっかくだしと二人だけで長期の旅行に行ってしまった。
旅行をしながら仕事をすると言うので、大変そうだなと思いながら送り出した当時のことを思いだしていた。
翌日のこと。話を聞いてみると、なんとここ最近で駄菓子屋に行ったすべての人がそのラムネを貰っていることが分かった。人づてに聞いた話で、貰った当人とは出会っていないので何とも言えないが。
聞いた人に、「そのラムネって実際どうだった?美味しかった?」と聞かれたので、まだ食べてもいないが適当に 美味しかったよ?と答えておいた。
にしても今日は昨日一緒に駄菓子屋に行った友人が学校に来ていない。ここ最近は休んでいる様子を見かけていない というか、休むこと自体珍しいのに。何かあったのだろうか。
数日後。明らかに学校内の様子がおかしくなっていた。学校に来ている人が少ない。何らかのパンデミックでも起こったんじゃないかってレベルで人が来ていない。先生も動揺しているようだ。
理由は話してくれないが、明らかに何かあったような雰囲気が学校中から漂っていた。
結局今日は学校閉鎖的な形になってしまい、昼前に帰されてしまった。この時間帯だからなのかもしれないが、学生が自分以外全くいない。あの駄菓子屋を覗いてみても、店主1人いるだけであんなに人のいた駄菓子屋には他の人の気配すらない。
家に帰ってから少し考えていた。
唐突に学校に来なくなった面々。今来ていない人のほとんどがもしかしたらラムネを受け取っているという事実。繋げるには無理やりかもしれないが、これが原因なのかもしれない。
そう思いながら、自分はラムネの箱を眺めていた。
まだ封の空いていないラムネ。意を決して、箱を開けてみることにした。すると、箱の中には1枚の紙と1錠のラムネが入っている。
その紙には
このラムネは願いが叶うラムネである。
寝る前にこれを食べてから翌朝起きると、あなたの願いは叶っている。
食べる前に願うのだ、君自身が抱いている願いを。
と、そんなことが書かれていた。
なぜこれを食べたらみんな学校に来なくなってしまったのか。学校に行きたくないとでも願ってしまったのだろうか。詳しいことを確かめるべく、再び自分はあの駄菓子屋「気球屋」へと向かった。
向かうと、あの時と同じように若い店主はレジに座ってお客さんを待っていた。1人もいない店内でただポツンと座って。そうして目が合うと見透かしたように「あれ?まだあのラムネ、食べてないんだ」と言ってきた。
食べるわけないだろう。
そもそも、アレを食べたであろう友人たちが学校に来なくなってるんだ。それに、なんだあの「願いが何でも叶う」って。プラシーボ的なモノでも狙ってるのか?
「プラシーボなんて狙ってるわけないじゃん。気になるなら食べてみるといい。願いは本当に叶うんだ。現に今の世の中で成功している人の大半は、これを食べている」
店主はどこかニヤニヤとした、すべてを見透かすような蛇のような目でこちらを見ていた。
「キミにだって疑問に思うことがあるだろう? どうしてあのアーティストは急に売れ始めたのか、なぜこんな絵に高い価値がつくのか。……それもすべて、このお菓子のおかげだよ」
「……じゃあ、なんであいつらは学校に来なくなったんだよ。『学校に行きたくない』とでも願ったからか?」
「いや、そうじゃない」
店主は静かに首を振った。
「その話をする前に、まず考えてみたことはあるかい? この社会にいる人間の何割が、自分の行動を自覚しているのかを。なぜその行動をとっているのか、何を学んでいるのか。そして今、本当は何を望んでいるのか」
一呼吸置いて、店主は言葉を継ぐ。
「このお菓子は、心の奥底に眠っている『本当の願い』を引き出すものだ。では逆に、食べる前に頭で願ったことと、心が求める本当の願いが違っていたらどうなると思う?」
「……どうなるんだよ」
「そんな自分すら理解できていない人間なんて、世界にとってはノイズでしかない。だから、己の本当の願いを理解するまで深く眠ってもらうのさ。これはそういうお菓子だ。自分の望みを正しく把握し、実行できる人間こそが、この世界を変革していくのにふさわしい」
店主は身を乗り出し、甘い毒を含んだ声で囁いた。
「さあ、君も飲みなよ。何でも願いの叶う、誘惑の果実を。……分かるよ。君自身、自覚しているんだろう? 自分の中に『これ』と言える願いがないことに。それを見つけるためにも……さあ、飲め」
家に帰ってからラムネの箱を眺めていた。そしてラムネを手に取っていた。いつまでも自分のやりたいことが見つからない地獄に苛まれていた。周りが生き生きとしていく中で、自分だけがどうも宙に浮いているような感覚で。
自分の心の中で本当に望んでいること。
それを自分自身でも知りたかった。
たぶん自分も眠ることになるだろう。
そう決心して、口元まで運んだ。
また数日後のこと。気付けばあの駄菓子屋は消えていて、みんなは駄菓子屋のことを覚えていないようだった。どれだけ眠り続けるのか心配だったがみんなは1週間もすれば普段通りにまた学校に通ってきていた。
みんな、以前よりも生き生きとしているようだった。部活動に熱中する人やなりたい夢に向かって勉強に励む人、文化祭前でもないのに、カップルだって増えていた。
願いが叶う と言うのは本当のことだったらしい。
正しく言えば、本当の願いを知れば人間はそのために何でもできる人間だということを思い知らされた というようなニュアンスの方が合っているような気もするが。
しかし、逆に言えば邪なものを一切感じなくなってしまった。何と言えば良いのか。人間らしさとでも良いのか。小賢しさとか、狡猾さとかそういう裏みたいなものが一切すべてなくなってしまったような。
たまにロボットのようにすら感じてしまう。
結局、あの時誘ってくれた友人もラムネを食べてしまったらしい。あいつの望みは母を楽にさせることだった。あれ以降学校に姿を見せなくなり、今ではバイトに明け暮れているらしい。
自分の願いに向かって と言うと聞こえは良いかもしれないが、ずっとそれしか見ていないようで、どうにも気味が悪い。
自分は結局、飲まなかった。
自分の願いは自分の力で見つけたいと思った。ただそれだけのことだった。でも、それを1錠のラムネに頼るなんて、どこか違うと思った。
あの店主の言い方からすると、たぶんラムネをばらまいたのはここだけじゃなく全世界に至る所に現れては、本当の願い と言うヤツで満たしているのだろうか。
そうすればアイツの言っていた、改革とやらが起こるのか。それはいまだ分からない。でも、僕たちの世代を狙ったということはつまり、未来を変えようとしていることは確かだ。
少し憂鬱な気分になりながら、自分は自分のやりたいことを見つけるためにと教師に入部届を提出しに行った。
