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虹姫という名の魔法使いとボク

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  「……なんだろ、この本」
とある街の巨大な書架の棚で不思議な装丁の本を見つけた少年は、思わずそう呟いた。
少年の背丈より少し高いとこにある、それを取ろうと彼はつま先立ちをして、小さな手を伸ばす。
「うわっ、ホコリが」
手に取ったその本は埃にまみれていて、咳をしながら少年はそれをはらった。
やけに重たく分厚いその本は、窓から微かに差し込む光に当てると虹色に輝いたように見えた。
「……『虹姫の伝承』……?」
『虹姫』とは少年の国に昔から伝わる言い伝えの一つだ。
名の通り虹の恩恵を受け、人々を幸せへと導く姫なのだという。
しかし――
「……うそくさ」
やれやれとでも言いたげに顔をしかめながら少年は本を棚に差そうとした。
――そんなおとぎ話、誰が信じるかっての。
少年がそう思った時だった。


 『それ、戻しちゃうの?』
少年が声のした方を振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
吸い込まれそうな深い深い黒の瞳。セミロングの髪はーー
「……髪が、虹色……?」
そう、虹色。
胸の上まで垂らした髪の毛先は7つに分かれており、向かって左から、赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫……。
それも、どきつい色ではなく、ふわりとやさしい、淡いパステル調の虹の色。
服は、雲を思わせる柔らかい白のワンピース。
『ふふっ』
ふわ……と、その髪が優しく揺れた。
混乱する少年を優しい眼差しで見つめながら、少女は楽しげに笑った。
『びっくりさせちゃったかな?』
ごめんね、と少女は頭を下げた。
そして彼女は、少年の持っている本を指差した。
雨が上がった後に香る、花の匂いがしたような気がした。
『私はその本に込められた歴代の虹姫の思いでできてるの。
虹姫も、その本を書いた人も……みんな魔法使いだっだんだよ』
「え……?」
少年は耳を疑った。魔法使い……?
いや、そんなバカな。魔法なんてそんな、くだらない――
『ねえねえ、いろいろお話しようよ。私、ずっと一人で寂しかったの』


 虹姫は少年に色々と問題を出した。
『どうして干支に猫がいないか、知ってる?』
「簡単に言えば、神様に選ばれるために鼠が猫を騙したからでしょ」
『わ、よく知ってるね。じゃあこれは? ”石は流れる、木の葉は沈む、牛は嘶き馬咆ゆる”』
「牛鬼っていう妖怪に出くわした時に、実際とは逆さまの事を唱えると助かるっていうやつでしょ?」
『ぐぬぬ、正解。じゃあ……』
悔しそうに顔を歪めた虹姫は、そっと指を振った。
すると、少年の鞄から一冊の本が踊るように飛び出してきて、虹姫の手に収まった。
それは、少年が自分の勉強のために、と買った参考書だ。
とはいっても、彼はまだ10歳。
彼の年齢には到底合わないと思われる、高校生用の数学の参考書だった。
「……!?」
少年が驚いているのを見て嬉しそうに笑った虹姫は、参考書のページをめくり、一つの問題を指差した。
『これ、解ける?』
その問題は、数学が本当に得意でなければ頭が痛くなるような、複雑怪奇な問題だった。
「……まぁ、別に解いてあげても良いけど」
少年は持っていた鞄から一枚の紙を取り出し、問題を解き始めた。
ニコニコと微笑む虹姫の顔を、ちらっと、と見て少年はシャープペンシルを走らせた。
花のように笑う彼女の顔は、とにかく愛らしい。
それに――
雨上がりの、優しく香る土の香りがする。
その香りは、少年が好きな香りだった。
ほんのりと顔を赤らめて、少年は問題を解くためにシャープペンシルを走らせる。


 「……できた」
『わ、ほんと!? 見せて見せて!』
少年は虹姫に解答を手渡した。
虹姫はそれと参考書の解説を交互に見て、目を丸くした。
『……すごい、正解! 君、本当に頭がいいんだね!』
「……まぁ、ね」
無邪気で愛らしい笑顔を向けられ、少年は少しドキッとした。
――な、なんだよボク、なんでこんなドキドキしてるんだよ――
『……じゃあ、これなら絶対に分からない問題を出すよ。君は――』
何やら意地悪そうな顔をして、虹姫は口を開いた。

 「おや? 晃くん、その本……」
「え?」
ギシギシと階段を踏みしめる音を鳴らしながら、一人の青年が顔を出した。
『あ、この人、ここの管理人さん……だよね?』
「正解……」
晃はふう、と溜息交じりに言った。面倒な人が来た。
彼はこの書架の管理人の静雄だ。
長身でやせ形、やぼったい眼鏡をかけた冴えない男だ。
「……ほほぉ。『虹姫の伝承』……かぁ。
そんな本がうちの書架にねー……これは驚いた」
彼はメガネを指で上げながらにじりにじりと晃に近づいた。
『……なんだろう、この人怖い』
虹姫はささっと少年の背後へと回った。
――無理もないだろう。
この人はなんだか胡散臭いし、ちょっと気持ちの悪いところがある。
ていうか、この本は結構貴重なんだ。
まぁ、本を見つけた瞬間に虹色の髪の女の子が出て来るなんて、ありえないしな――
そう思いながら晃は本を見つめた。
「んー、先代の頃からある本なのかなー、うちの書架にあるなんて聞いたことないし……」
静雄は頭をひねった。
「ねぇ、君は……いつからここにいるの?」
晃は虹姫に問うた。
『そんなの覚えてないわ。私は本に込められた想いであって、本自身じゃないから』
首を振りながら、虹姫は答えた。
「そっか……」
「ん? 晃くん、誰と話してるんだい?」
静雄がずり落ちた眼鏡を指で上げながら言った。
「え……?」
『あら、この人には私が見えないのね』
ふうん、と虹姫は言った。別に珍しいことではない、とでも言うかのように。
「……君のこと、話しても大丈夫かな?」
晃はそっと虹姫に聞いた。
『え? 別に問題ないわよ』
「……そっか。静雄さん、実は――」

 晃は静雄に事情を話した。
静雄はビン底のように分厚い眼鏡の奥で目を光らせながら、話に耳を傾けていた。
「ふむ、本に込められた”虹姫たちの想い”か……」
この辺りにいるのかい、と静雄は虹姫がいるところを指差す。
晃はうなずいた。
「ほほう……それにしても、超現実主義者の晃君に見えるとはねー」
何やら静雄は面白がるように言った。
「君には”魔法使い”の素質があるのかもしれないねー」
「……はい?」
予想外の言葉に、晃はきょとんとした。
「いや、あのね、僕が先代から聞いた話なんだけど、
目に見えない”思い”の塊なんかが見えるのは、
魔法使いの素質があるとか……そう聞いたことがあるね」
晃はきょとんとした。そんな、馬鹿な話――
『あながち嘘じゃないと思うけどなぁ』
虹姫はうんうんと頷いた。
「え、君までそんな……」
『えー?』
虹姫は何がおかしいのかクスクス笑っている。
「ま、とりあえず……その本、貸してあげるよ」
「え、別にボクはいらな……」
は、と虹姫の方を見ると涙を滲ませてこっちを見ている。
小動物みたいな顔するんだな……と思いながら晃はため息をついた。
「……じゃ、お言葉に……甘え……て」
『やった! お出かけ!』
虹姫がその場で一回転し、ガッツポーズした。
――あーあ、今日は学校がないから、本を読みながらうとうとしようと思ってたのに――
そんなことを考えながら、晃は書架に差し込む日の光を見て、溜息をついた。

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