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黒山家の秘密 第二話

 婆ちゃんが消えてしまった後、俺はその場でただうずくまっていた。
 かけらひとつさえ消えてしまった婆ちゃん。どうして、どうして。夕方の春風の冷たさが、体に染み渡っていく。
『ユウイチ・・・・・・』
 ラピスの声が、頭に反響する。彼女の声に、悲しみがにじんでいた。

「おい、お前」
「・・・・・・?」
 声のする方へ振り返ると、そこにはーー
「妖を浄化するとは・・・・・・お前、十二支の力を授かったんだな」
 赤い鬼の面をつけ、紺の着物を着た男性が立っていた。
「い・・・・・・犬神はそうだけど、婆ちゃんは違う! 妖なんかじゃない!」
「そうは言うが、人間が何故急に灰になって消える? おかしいだろう?」
「違う・・・・・・婆ちゃんはっ・・・・・・」
 俺は力なくそうつぶやく。思えば、俺は婆ちゃんの何を知っているのだろう。
 過去のことは一切教えてくれなかった婆ちゃん。もしかしたら、隠したいことがあったんだろうか。
「・・・・・・今のお前には、仲間が必要だな」
 ついてこい、と鬼の面の男が歩き出した。
 俺は涙がたまった目をこすると、とぼとぼとその後を追った。



 しばらく歩いていると、大きな日本家屋が見えてきた。立派な松の木がたくさん生えている屋敷だ。
 大きな門の前まで来ると、男は
「着いたな」
 と頷きながらこちらを見る。
「オレはこの屋敷には入れんが、ここの人間はきっとお前に協力してくれる」
「ちょ、ちょっと待って。君は・・・・・・?」
「じゃあな、優一」
 そう言うと、男の姿は跡形もなく消えてしまった。
「何だったんだろう?」
『分からない・・・・・・それにあいつ、ユウイチの名前を知ってた』

「あれえ、お客さんかなあ?」
門の隙間から、一人の少女が顔をのぞかせた。ポニーテールの少女はまじまじと俺を見つめて
「・・・・・・ああ! 君は「戌」の子か! ささ、入って入って!」
「え、ちょっと」
少女は俺の腕をつかむと、門の内側に引っ張った。



「ルリ! 「戌」の子が来たよ!」
 庭がよく見える縁側を抜けて、少女はとある部屋のふすまを開けた。
 そこには、畳に正座して本を読んでいる女性がいた。
 優一は思わず頬を赤らめる。とっても綺麗な人だーー
 短く切られたサラサラとした髪に、大きな瞳。整えられた凜々しい眉。
 女性は優一を見ると微笑んだ。
「やあ、はじめまして。私は午堂ルリ。「午」の力を授かった者だ。そこの彼女は咲楽」
「あ、やばいやばい! 自己紹介してなかったね、咲楽でーす!」
 ニコッと笑った少女は優一の手を取り、ぶんぶんと握手をする。
「お、俺は黒山優一です」
 緊張して声が裏返ってしまった。が、ルリは微笑んでいる。
「ねー、新子(あたらし)くんは?」
「さっき帰った。大学生だからな、忙しいんだろう」
「ルリも大学生じゃーん」
「私は今日は休みだからな。さて・・・・・・優一くん」
 ルリは真剣な面持ちになる。
「ここに来たと言うことは、何かあったのだろう? 話を聞こう」
「は、はい。実はーー」



「なるほど。「戌」の力がラピスを助けて消えてしまった。けれどラピスが新しい「戌」になった・・・・・・ふむ」
 ルリさんはうんうんと頷いて、話の続きを催促した。咲楽さんは興味深げにこちらを見ている。
「その後、犬神を倒したんです。けれど・・・・・・婆ちゃんも、消えてしまって」
「お婆さんが?」
「はい」
「・・・・・・そうか。お婆さんが消えてしまったのは、まだ君が「戌」の力をきちんと制御できていないからだ。そして、お婆さんはおそらく妖だったのだろう」
「そんな・・・・・・じゃあ、俺のせいで」
「ううん、違うよ。君は悪くない」
 咲楽さんが俺に近づき、しっかりと目を合わせた。
「お婆さんが消えてしまって、とても悲しいだろう。けれど、急に十二支の力を得て制御するのは大変だからね」
 咲楽さんは俺の頭を撫でて、抱きしめた。
「君はよくやったよ、犬神を倒すなんてやるじゃないか! よしよし」
 咲楽さんの腕の中で、たまっていた涙があふれてくる。ふわりと暖かいーー
 こんなつもりじゃなかったけど、俺はその場で泣き続けた。



「彼は落ち着いたか?」
 ルリが咲楽に問う。
「うん、今は離れで休んでもらってるよ」
「そうか」
 咲楽はその場で伸びをすると
「なあに? 悩み事?」
 ニコニコしてルリの顔をのぞき込む。
「咲楽、君は私より人の気持ちに寄り添うのが得意だな。尊敬する」
「そんなそんな! 私はただ心のおもくままにやっているだけさ!」
「そうか・・・・・・」
「で、彼のことはこれからどうするの?」
「しばらくうちに居てもらおう。父上には私から話しておく」
「・・・・・・そうだね。犬神が彼を狙っているということは」
 咲楽は空に浮かぶ月を見上げた。今宵の月は薄雲に隠れてぼやけている。
「これは何か裏がありそうだね」



 同じ日の夜。とある屋敷。ろうそくの明かりでかろうじて周りが見える座敷で、オレは面を外して主人と向かい合って正座していた。
「義秋、どこいってたん? 心配したんやで」
 目を閉じたままの主人が、オレに問う。その声色には心配という感情はなく、冷たい。
「少し、風に当たりに」
 と答えた。声が緊張で震える。
「義秋・・・・・・嘘はあかんなあ」
 パシッ! っと平手打ちが飛ぶ。頬が熱を持つ。
「敵を助けてどうするんや」
「・・・・・・申し訳ございません、撫子様」
 オレはうつむいたまま言葉を吐き出した。
「まあ、あんたが自由に動き回れるのも、時間の問題や。せやろ?」
「・・・・・・はい、承知いたしております」
「酒呑童子の器となるその身体、私以外には傷をつけさせんように。そしてーー邪魔者は、消しなさい」
「御意」
 撫子はふうとため息をつくと、部屋を後にした。義秋はぶたれた頬に手を当てる。
「・・・・・・優一、お前は死ぬなよ。絶対に。オレはもう、守ってやれそうにない。

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