黒山家の秘密 第二話
婆ちゃんが消えてしまった後、俺はその場でただうずくまっていた。
かけらひとつさえ消えてしまった婆ちゃん。どうして、どうして。夕方の春風の冷たさが、体に染み渡っていく。
『ユウイチ・・・・・・』
ラピスの声が、頭に反響する。彼女の声に、悲しみがにじんでいた。
「おい、お前」
「・・・・・・?」
声のする方へ振り返ると、そこにはーー
「妖を浄化するとは・・・・・・お前、十二支の力を授かったんだな」
赤い鬼の面をつけ、紺の着物を着た男性が立っていた。
「い・・・・・・犬神はそうだけど、婆ちゃんは違う! 妖なんかじゃない!」
「そうは言うが、人間が何故急に灰になって消える? おかしいだろう?」
「違う・・・・・・婆ちゃんはっ・・・・・・」
俺は力なくそうつぶやく。思えば、俺は婆ちゃんの何を知っているのだろう。
過去のことは一切教えてくれなかった婆ちゃん。もしかしたら、隠したいことがあったんだろうか。
「・・・・・・今のお前には、仲間が必要だな」
ついてこい、と鬼の面の男が歩き出した。
俺は涙がたまった目をこすると、とぼとぼとその後を追った。
☆
しばらく歩いていると、大きな日本家屋が見えてきた。立派な松の木がたくさん生えている屋敷だ。
大きな門の前まで来ると、男は
「着いたな」
と頷きながらこちらを見る。
「オレはこの屋敷には入れんが、ここの人間はきっとお前に協力してくれる」
「ちょ、ちょっと待って。君は・・・・・・?」
「じゃあな、優一」
そう言うと、男の姿は跡形もなく消えてしまった。
「何だったんだろう?」
『分からない・・・・・・それにあいつ、ユウイチの名前を知ってた』
「あれえ、お客さんかなあ?」
門の隙間から、一人の少女が顔をのぞかせた。ポニーテールの少女はまじまじと俺を見つめて
「・・・・・・ああ! 君は「戌」の子か! ささ、入って入って!」
「え、ちょっと」
少女は俺の腕をつかむと、門の内側に引っ張った。
★
「ルリ! 「戌」の子が来たよ!」
庭がよく見える縁側を抜けて、少女はとある部屋のふすまを開けた。
そこには、畳に正座して本を読んでいる女性がいた。
優一は思わず頬を赤らめる。とっても綺麗な人だーー
短く切られたサラサラとした髪に、大きな瞳。整えられた凜々しい眉。
女性は優一を見ると微笑んだ。
「やあ、はじめまして。私は午堂ルリ。「午」の力を授かった者だ。そこの彼女は咲楽」
「あ、やばいやばい! 自己紹介してなかったね、咲楽でーす!」
ニコッと笑った少女は優一の手を取り、ぶんぶんと握手をする。
「お、俺は黒山優一です」
緊張して声が裏返ってしまった。が、ルリは微笑んでいる。
「ねー、新子(あたらし)くんは?」
「さっき帰った。大学生だからな、忙しいんだろう」
「ルリも大学生じゃーん」
「私は今日は休みだからな。さて・・・・・・優一くん」
ルリは真剣な面持ちになる。
「ここに来たと言うことは、何かあったのだろう? 話を聞こう」
「は、はい。実はーー」
☆
「なるほど。「戌」の力がラピスを助けて消えてしまった。けれどラピスが新しい「戌」になった・・・・・・ふむ」
ルリさんはうんうんと頷いて、話の続きを催促した。咲楽さんは興味深げにこちらを見ている。
「その後、犬神を倒したんです。けれど・・・・・・婆ちゃんも、消えてしまって」
「お婆さんが?」
「はい」
「・・・・・・そうか。お婆さんが消えてしまったのは、まだ君が「戌」の力をきちんと制御できていないからだ。そして、お婆さんはおそらく妖だったのだろう」
「そんな・・・・・・じゃあ、俺のせいで」
「ううん、違うよ。君は悪くない」
咲楽さんが俺に近づき、しっかりと目を合わせた。
「お婆さんが消えてしまって、とても悲しいだろう。けれど、急に十二支の力を得て制御するのは大変だからね」
咲楽さんは俺の頭を撫でて、抱きしめた。
「君はよくやったよ、犬神を倒すなんてやるじゃないか! よしよし」
咲楽さんの腕の中で、たまっていた涙があふれてくる。ふわりと暖かいーー
こんなつもりじゃなかったけど、俺はその場で泣き続けた。
☆
「彼は落ち着いたか?」
ルリが咲楽に問う。
「うん、今は離れで休んでもらってるよ」
「そうか」
咲楽はその場で伸びをすると
「なあに? 悩み事?」
ニコニコしてルリの顔をのぞき込む。
「咲楽、君は私より人の気持ちに寄り添うのが得意だな。尊敬する」
「そんなそんな! 私はただ心のおもくままにやっているだけさ!」
「そうか・・・・・・」
「で、彼のことはこれからどうするの?」
「しばらくうちに居てもらおう。父上には私から話しておく」
「・・・・・・そうだね。犬神が彼を狙っているということは」
咲楽は空に浮かぶ月を見上げた。今宵の月は薄雲に隠れてぼやけている。
「これは何か裏がありそうだね」
★
同じ日の夜。とある屋敷。ろうそくの明かりでかろうじて周りが見える座敷で、オレは面を外して主人と向かい合って正座していた。
「義秋、どこいってたん? 心配したんやで」
目を閉じたままの主人が、オレに問う。その声色には心配という感情はなく、冷たい。
「少し、風に当たりに」
と答えた。声が緊張で震える。
「義秋・・・・・・嘘はあかんなあ」
パシッ! っと平手打ちが飛ぶ。頬が熱を持つ。
「敵を助けてどうするんや」
「・・・・・・申し訳ございません、撫子様」
オレはうつむいたまま言葉を吐き出した。
「まあ、あんたが自由に動き回れるのも、時間の問題や。せやろ?」
「・・・・・・はい、承知いたしております」
「酒呑童子の器となるその身体、私以外には傷をつけさせんように。そしてーー邪魔者は、消しなさい」
「御意」
撫子はふうとため息をつくと、部屋を後にした。義秋はぶたれた頬に手を当てる。
「・・・・・・優一、お前は死ぬなよ。絶対に。オレはもう、守ってやれそうにない。
