14.森で一番迷いをほどく人|マダム・ザマス
─マダム・ザマスという人─
冬の朝。
マダム・ザマスは、まだ薄暗い時間に目を覚まし、家の中に異変がないことを確かめるように、ひと息だけ視線を巡らせる。
窓の外、床、机の上。
どこにも乱れはなく、手を動かす必要もない。
それからいつもの椅子に腰を下ろし、
温めたお茶と一冊の本を手に取った。
◆
日が高くなったころ、庭に出ると、冬の空気の中で葉がかすかに揺れていた。霜にやられた葉を一枚だけ見つけ、剪定ばさみを入れる。
「……今は、これで十分ざます」
切りすぎない。
整えすぎない。
春は、まだ先だ。
◆
昼前、家の前に小さな足音が集まってきた。
「マダムー、今日はおやつ買いに行く日〜」
マダムは子どもたちの顔を見て、短く頷く。
「一人一つざます。順番を守るざますよ」
街へ向かう道すがら、子どもたちは自然と列を作る。誰かが前に出そうになると、マダムはそっと手を出した。
「急がなくていいざます。
迷わず行ける方が、大事ざます」
店の棚の前で、子どもたちは立ち止まる。
手に取っては戻し、また考える。
マダムは何も言わない。ただ、後ろで待つ。
やがて一人が決め、レジに向かった。
「お金はここ」
「お釣りは、すぐしまうざます」
それだけで、十分だった。
帰り道。
子どもたちは満足そうに歩いている。
「楽しかったー!」
マダムは静かに返す。
「楽しいのはいいざます。でも、ちゃんと戻ってこられたのが一番ざます」
◆
夕方。家に戻り、コートを脱ぐ。
棚には、整えられた家計簿が並んでいる。
赤ペンも、すぐ手の届く場所にある。
だが、今日はまだ開かない。
マダム・ザマスは紅茶を一口含み、小さく息をついた。
「さて……明日から、本番ざますね」
森の外れのサロンに、やわらかな灯りがともる。

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