林間学校で崖から転落した話【卒業アルバム写真追加】
オリエンテーリングを覚えているだろうか。
企業の説明会的なアレではない。
地図を頼りに大自然の中に設置されたチェックポイントを辿り、ゴールを目指す、老若男女問わず楽しめるアウトドア競技の方だ。

小学5年生の一大行事である林間学校は、自然とのふれあい、集団生活、そして共同作業がテーマ。
オリエンテーリングはまさにうってつけのアクティビティである。
小学校からは参加にあたって、長袖・長ズボン着用の他に、登下校時にかぶる黄色帽、軍手、そしてゴール地点で食べるお弁当と水筒持参の指示があった。

私はと言えば、長袖とか暑くて無理で腕まくりしてたし、当時の流行り(キャプテン翼)の影響でズボンの裾をめくって靴下を露出させるという、長袖長ズボンのメリットを多少無視していた。
いよいよ各班ごとに地図が渡され、班長が先頭になり一斉に出発した。
我が班の班長は、オオツキ君だった。
オオツキ君は、私よりも背が低く、頭が良くて、リーダーシップがあった。
背の高い私は、オオツキ君のすぐ後ろについて歩いていたので、行く先の景色もわりとよく見えた。
ちなみにオオツキ君もキャプ翼スタイルだったと記憶している。
山道は一列に並ばないと進めないほど細く、山の尾根を伝うように伸びて、
登り坂、下り坂、木の階段など起伏に富んでいた。
背の高い木がまばらに生え、太陽は木々にさえぎられて薄く届くのみ。
足元の土は数日前の雨の影響でいまだ少し柔らかかった。
そんな中、一行は地図に従って進んでいく。

班は順調に進んでいたが、時間が迫ってきてからはゴールへと急いでいた。
すると行く手に雨水の通り道になったような跡が見えてきた。
粘土質で表面がつるつるしていて、いかにも滑りそうに見えた。
飛び越えるには幅が広すぎたし、迂回するほど道幅はない。
しかも片側は急斜面になっていて、谷底は見えなかった。
嫌な予感しかない。
そんな私の心配をよそに、オオツキ班長はその危険地帯を豪快に踏みしめ、意外なほど呆気なく踏破していった。
拍子抜けだったが、一抹の不安が残る。
だがオオツキ班長は、その身をもって安全な道筋を残してくれた。
つまり班長の足跡をそのまま踏めばクリアできるのは保証済みだ。

だが勇気を出して一歩踏み出した瞬間、お約束通りぬるりと滑って体勢を崩し、数日前の雨水の流れに沿って急斜面を崖下へと滑り落ちた。
安全が保証された足跡を踏んだのになぜなのか。
オオツキ君より背が高くて体重が重いから?靴のサイズが大きいから?
正確な理由はいまだにわからない。理不尽この上ない。
滑り落ちながら、このまま谷底まで止まらないのではと絶望した。
しかし手に触れた何個目かの木の根をつかんで転落はストップした。
足場もなぜかあった。それも木の根だった。
振り返ると、遥か上空から班のみんなが「大丈夫ー?!」と叫んでいた。

落ちてきた斜面を改めて見上げると、雨水で土が流され、むき出しになった木の根っこが、まるでハンドルのように崖の上まで続いていた。
ジャングルジム、のぼり棒、木登り等が得意だったこともあって、これなら戻れそう、と判断した。
「大丈夫ー!登っていくから待っててー!」
みんなが心配そうに見守る中、心の中で慌てつつも地道に登頂を続けた。
根っこをつかむ腕は泥だらけだったけど、はらっている余裕はない。
腕まくりするんじゃなかったと少しだけ後悔した。
木の根をつかもうと腕を上げると、泥の破片が顔にパラパラと降りかかってくるから、息は苦しいけど口をなるべく開けないようにして、目はなるべく細目にした。
右に左にと順番に木の根をつかみ、足を乗せ、泥の急斜面を這うように、みんなが待つ頂上を目指してひたすら登った。
最後は引っ張り上げてもらい、無事みんなのいる頂上まで辿りつけた。
「大丈夫?!」「怪我とかしてない?」とみんなが心配してくれたが、実際その時はどこも痛くなかった。すり傷すら見当たらない。
土が比較的柔らかったことや、多少ふざけた格好とは言え、長袖・長ズボン・軍手の重装備が功を奏したのだろう。

「泥だらけだよ」と女の子が泣きそうな顔で体中の泥をはらってくれた。
そこで改めて班のみんなを見回すと、意外にも誰一人笑っていなかった。
え、ここはドジな私を笑うところでは?と思ったが、たった今直面した衝撃的な出来事に驚愕し、心の底から心配しているようだった。
後ろで悲鳴がしたと思ったら、谷底へ転がり落ちていく班員を目撃した班長。
前を歩く同級生が突然消え、奈落の底へと転がり落ちてく姿を目撃してしまった後方メンバーたち。
そりゃあショックだったし、びっくりしたよね。メンゴメンゴ。
私はといえば、一人だけ落ちてしまってとても恥ずかしかった。
またどんくさいって言われるんだろうなーとか考えてた。
しかも予定外の転落と根っこクライミングによって、大幅なタイムロスを生んでしまった。
そのせいもあってか、助かった後に一息ついたところで
「このことは誰にも言わないで!」
と、突然懇願したのだった。
さらに驚き困惑するメンバーたち。
「えっ、でも先生に言った方が・・・」
「大丈夫だから!絶対誰にも、先生にも言わないで!」

「いいけど・・・本当に大丈夫なの?」
「全然大丈夫だよ!もう行こ!あまり時間ないんだよね?」
そうして一行はショックを隠しきれないままに再び歩き始めた。
私は足首をひねったらしくだんだん痛みが増してきたが、平気なふりをして必死に歩き続けた。
軍手はもう泥だらけの真っ黒で湿っていて使えなかったから、そのままリュックに放り込んだ。
やがてオオツキ班は全員無事(?)にゴールへと到達した。
先生に到着の報告をしてから、みんなで弁当を食べた。
みんな私の転落についての話題は一切口にしなかった。
それで私は満足し、ほっとしたのだった。
もちろん帰宅後に家族に今回の「事案」について話すこともなかった。
それからもみんなは、本当に誰にも言うことはなかったと思う。
先生にも最後までバレていなかったと思う。
今でもあの時の班のメンバーたちは黙してくれているのだろうか。
あるいは酒の肴に話したりすることもあっただろうか。
もしかしたらすっかり忘れてしまったかもしれないけど。
自分から口止めしたくせに今更気になってしまった。
今思えば、そんな危険なことがあったなら直ちに報告するべきだし、学校から保護者への説明とか、もしかしたら監督責任を問われたり、謝罪とかが発生する事態だったかもしれないし、帰宅後は念のため病院へかかった方がよかったかもしれない。
親となった今、もし我が子がそんなことになってたらと思うと、それを知らずにいたらと思うと、やはり間違った判断だったと思わざるをえない。
「林間学校 崖から転落」と検索すると、実際に死亡事故が起きたニュースが出てきたから、他人事ではないのだ。
まあいろいろ時効ということで。
追記
当時の写真がしっかり卒業アルバムに残されていた。
担任の先生の次に並んでいる私、その背後にオオツキ君が小さく写っていた。腕組みしてポーズ取ってないでもっと遠慮しろよでかい私。
出発前のショットで、まだ表情に余裕があるようだ。
この後起きる重大事案など知る由もない。

