レシートに書かれた「消費税」の正体──食料品だけの減税でいいのか
世の中おかしい Vol.13
政府は8月5日、飲食料品の消費税率を、2027年4月から二年間に限り、現在の8%から1%へ引き下げる基本方針を閣議決定した。
さらに、中低所得者には所得に応じた給付を組み合わせ、飲食料品にかかる負担を実質ゼロにすることを目指す。政府は秋の臨時国会に関連法案を提出し、成立を目指す方針だ。
物価高に苦しむ家計を助けるため、すぐにでも実施すべきだという声がある一方、税率を下げても店頭価格が同じだけ安くなるとは限らない、外食との線引きが難しい、レジや会計システムの変更に時間がかかるという声も出ている。
農家や小規模事業者からは、減税によって、かえって売上や手取りが減るのではないかという不安まで聞こえてくる。
実現すれば、1989年の消費税導入以来、初めての税率引き下げとなる。それでも、なぜ反対や不安の声が出るのだろう。
消費税が導入されてから、三十年以上が過ぎた。
私たちは買い物をするたびに、レシートに記された「消費税」という文字を見ている。110円の商品なら、本体価格100円、消費税10円。
私たちが店に10円を預け、店がそのまま国へ納めているように見える。
しかし、実際の仕組みは、それほど単純ではない。
消費税は、毎日のように目にしているのに、調べるほど仕組みが分からなくなる。
私は、今回の食料品減税に賛成の立場だ。
しかし、二年間、食料品だけ税率を下げればよいとも思っていない。
消費税は、買い物をするたびに家計の負担を増やし、消費を冷やす。価格へ転嫁できない事業者の利益も削る。人を直接雇う企業や、小規模な生産者にも負担が及ぶ。
日本経済が長く停滞してきたなかで、この税がどのような影響を与えてきたのか。食料品だけではなく、消費税そのものを見直す必要があるのではないか。
そのことを考えるために、まずレシートに書かれた「消費税」の正体を確かめてみたい。
110円のうち、10円は国のものなのか
100円の商品を買い、消費税を含めて110円を支払う。
レシートには、
税抜金額 100円
消費税額 10円
と表示される。
これを見れば、消費者が国へ納める10円を、店が一時的に預かっているように思う。
しかし、税務署へ消費税を申告し、納めるのは消費者ではない。商品やサービスを販売した事業者だ。
政府は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定した税だと説明している。
法律上、税務署へ申告し納税するのは事業者だ。一方、制度上は、その負担が価格を通じて消費者へ転嫁されることを予定している。
納めるのは事業者。負担するとされているのは消費者。
ここに、消費税の分かりにくさがある。
事業者は、受け取った10円をそのまま納めない
事業者が納める消費税は、原則として、売上にかかる税額から、仕入れや経費にかかった税額を差し引いて計算される。
例えば、ある店が商品を55円で仕入れ、その商品を110円で販売したとする。55円の仕入価格に含まれる消費税が5円、110円の売上にかかる消費税が10円なら、
売上にかかる税額10円-仕入れにかかる税額5円=納付する消費税5円
となる。

仕入れにかかる税額を差し引いて納税する
事業者は、一定期間の売上と仕入れを集計し、その差額を申告して納税する。レシートに書かれた10円は、そのまま国へ渡す預かり金ではない。
「預かり税」ではなく、「預り金的な性格」
国会では、消費税は法律上の「預かり税」なのかという質問が繰り返されてきた。
これに対し政府は、消費税分が販売価格に含まれ、納税されるまで事業者の手元にとどまるため、「預り金的な性格」があると説明している。

法律上、申告・納税するのは事業者である。
「預かり税」と「預り金的な性格」。
似た言葉だが、意味は同じではない。
本当に預かり金なら、消費者から受け取った税額は、初めから事業者の売上とは分けて保管され、同じ額が国へ渡されるはずだ。
しかし実際には、消費税を含めた販売価格全体が事業者の収入となり、そこから仕入れや人件費、家賃などが支払われる。納税額は、その後に計算される。
それでも「預かり税」のように見えるのは、価格に上乗せされ、レシートにも税額が表示されるからだ。政府が「預り金的な性格」と説明するのも、そのためだろう。
「的な性格」と付けなければならないところに、この税の分かりにくさが表れている。
消費税分を価格へ上乗せできるとは限らない
制度上、消費税は価格への転嫁を前提としている。税抜き100円の商品なら、税込み110円で売るという考え方だ。
しかし、すべての事業者が自由に価格を決められるわけではない。下請け企業は取引先から価格を据え置くよう求められ、小売店や飲食店は客離れを恐れる。税込価格を105円や108円に抑えれば、転嫁できなかった分だけ利益が減る。
最終的には消費者が負担するという制度上の説明と、現場で起きることは、必ずしも一致していない。

赤字でも、消費税は発生する
法人税は、原則として企業の利益にかかるため、利益が出なければ、法人税は発生しない。
一方、消費税は利益にかかる税ではない。売上にかかる税額から、仕入れにかかる税額を差し引いて計算されるため、赤字でも納税が生じる。
商品の仕入れに含まれる消費税は控除できるが、給与には消費税がかからないため、人件費は控除の対象にならない。
同じ仕事を頼む場合でも、正社員に支払う給与は仕入税額控除の対象にならない。一方、派遣会社への支払いや業務委託費に含まれる消費税は、条件を満たせば控除できる。

この違いが、正規雇用を派遣や業務委託へ置き換える動機の一つになっているという批判がある。
国会などで、消費税は実質的な「第二法人税」ではないかと指摘されるのも、このためだ。
もちろん、消費税と法人税は、仕組みも目的も異なる。政府も「第二法人税」という呼び方を認めてはいない。
それでも、消費者の買い物にかかる税が、企業の利益や人の雇い方にまで影響する。これを単に「消費者が負担する税」と呼ぶだけでは、経済への影響は見えてこない。
食料品の税率を下げると、なぜ農家が心配するのか
食料品の消費税を下げる話に対し、一部の農家から、かえって手取りが減るという声が出ている。
小規模な免税事業者の場合、販売価格は下がっても、肥料や燃料、包装資材などに含まれる消費税は残る。仕入れにかかった税の還付も受けられないため、減税分をそのまま値下げすれば、農家の手取りが減る可能性がある。
しかも、食料品だけ税率を下げれば、農産物、加工品、外食などで扱いが分かれ、仕組みはさらに複雑になる。

生産者の手取りが減る場合がある
食料品の減税によって、家計の負担は軽くなる。しかし、仕入れ側の税率や免税事業者の扱いを変えなければ、別の場所に負担が残る。
部分的な減税だけでよいのかという疑問は、ここにもある。
輸出企業は、なぜ消費税の還付を受けるのか
2025年4月、トランプ大統領は、各国の付加価値税が輸出を有利にする非関税障壁として働いていると批判した。日本の消費税も、そのターゲットに含まれていた。
日本の消費税をめぐる議論でも、輸出企業への還付金は「輸出企業だけが国から補助金をもらう優遇措置ではないか」とたびたび問題にされる。トランプ氏の主張は、まさにこの批判と同じ視点に立ったものだ。
しかし、この問題を考えるには、制度の「理屈」と「実態」を分けて見る必要がある。
制度の理屈から言えば、日本国内で商品を販売すれば原則として消費税がかかるが、海外へ輸出した商品は日本国内で消費されないため、消費税はかからない。
ただし、輸出品をつくるために国内で買った部品や原材料、電気などには、消費税が含まれている。輸出企業は、その仕入れに含まれる税額を差し引き、売上にかかる税額を上回れば差額の還付を受ける。
これは、輸出額に応じて国が一方的に奨励金を配る制度ではない。
「商品は消費される国で課税する」という国際的なルールに基づき、輸出品にかかった国内の消費税を清算するための仕組みだ。ヨーロッパの付加価値税をはじめ、世界中の多くの国で採用されている標準的な制度でもある。
つまり、この仕組み自体は、不正な補助金ではない。

それでも、輸出還付金が「大企業への優遇だ」と批判されるのは、取引先との力関係があるからだ。
下請け企業が消費税分を価格へ十分に上乗せできず、自らの利益を削って価格を抑えていたとしても、輸出企業は実際の仕入れに含まれる税額を控除できる。制度どおりに計算されていても、取引の途中で負担が公平に分かれているとは限らない。
還付制度そのものが不正なのではない。問うべきなのは、下請け企業まで消費税を適正に価格へ転嫁できているかどうかではないだろうか。
消費税を望んだのは誰か
消費税の原型となる付加価値税は、1950年代のフランスで生まれた。
取引のたびに税が重なる制度を改め、国内では広く税を集めながら、輸出品にはその税を残さない。そこには、税収を確保すると同時に、輸出産業を支える仕組みが初めから組み込まれていた。
日本で消費税の導入を後押ししたのは、政府だけではなかった。
経団連は、所得税や法人税に偏った税負担を、消費へ広く移す大型間接税を求めていた。1986年には、日本型の付加価値税が望ましいとの立場も示している。
当時の経済界には、国際競争が激しくなるなかで、法人税の負担を軽くしたいという事情があった。直接税を減らし、消費へ広く負担を移す税制は、輸出企業にとっても都合がよかった。輸出品には消費税がかからず、国内の仕入れに含まれる税額は還付されるからだ。
一方、政府は、所得税や法人税に偏った税体系を改め、財政赤字を減らしたいと考えていた。景気によって大きく変動する法人税や所得税に比べ、日々の買い物にかかる消費税は、安定した税収を見込みやすい。
経済界は、企業への課税を軽くしたい。政府は、安定した税収を確保したい。双方の思惑が重なるところに、消費税があった。
消費者の反対が強いなかでも、経済界が導入を後押しし、政府が税制改革を進めたことは見落とせない。
その後、消費税は高齢化によって増える社会保障費を支える安定財源として位置づけられ、税率も引き上げられていった。
消費税は、誰のためにつくられた税なのか。
そこまで考えると、レシートに書かれた10円の見え方も、少し変わってくる。
レジの変更に、なぜそれほど時間がかかるのか
消費税減税の話が出ると、全国のレジや会計システムの変更に時間がかかるという説明が必ず出てくる。
今回、政府がゼロ%ではなく1%を選んだ理由の一つも、実施までの準備期間だった。ゼロ税率にすれば、レジの数字を変えるだけでなく、課税取引としての扱いや仕入税額控除、請求書、会計処理など、制度そのものに手を入れる必要がある。1%なら、現在の仕組みを残したまま変更できるという判断だ。
事業者の負担を無視して、明日から変えればよいとは言えない。この説明には一定の理屈がある。
それでも、少し引っかかる。
税率はこれまで何度も引き上げられ、そのたびに事業者はレジや会計システムを変更してきた。軽減税率やインボイス制度が導入されたときには、さらに複雑な対応も求められた。
増税や制度の追加では、実施に向けてシステムを変える。ところが、減税になると、システム変更の難しさが実施を妨げる理由として語られる。
技術的に対応できないというより、現在の制度が、税率を下げることを想定してつくられてこなかったのではないだろうか。
今回、政府は1%という方法を選び、2027年4月から実施できると判断した。そうであるなら、システム変更は減税できない理由ではなく、実施するために乗り越えるべき課題だったということになる。
私が引っかかるのは、準備に時間がかかることではない。なぜ減税のときだけ、その難しさがこれほど強く語られるのかということだ。
消費税は、誰が負担しているのか
ここまで見てくると、「消費税を払っているのは誰か」という問いに、一言で答えるのは難しい。
税務署へ納めるのは事業者だが、制度上は、価格を通じて消費者が負担することになっている。ところが、十分に転嫁できなければ、事業者や下請け、生産者の利益が削られる。
輸出企業は、国内で支払った仕入税額の控除や還付を受ける。
消費税は、レジで消費者が払うだけの単純な税ではない。取引の途中で、転嫁できなかった側が負担を引き受ける。
レシートに書かれた10円だけを見ても、この税の本当の姿は分からない。
名前がつくるイメージ
もし、この税が「売上税」や「付加価値税」という名前だったら、私たちの受け止め方は違っていただろうか。
「消費税」という名前からは、買い物をした人が、その場で国へ納める税という印象を受ける。
しかし、事業者は売上と仕入れをもとに税額を計算し、価格へ転嫁できなければ自らの利益から負担する。人件費は控除できず、赤字でも納税が生じる。
制度の実態は、「消費者が買い物のたびに国へ税金を払い、事業者が預かっている」というイメージより、ずっと複雑だ。
消費税という名前とレシート表示が、この税の複雑な仕組みを覆い隠してきた。
減税するかどうかの前に
前回、緊縮財政と積極財政について書いた。
日本は経済が十分に成長する前から負担を増やし、現在の消費と将来への投資を冷やしてきたのではないか。その順番を変えるべきではないかと考えた。
消費税も、その一つだと思う。
消費税は、買い物をするたびに家計の消費を抑える。価格へ十分に転嫁できない事業者の利益を削り、赤字企業にも納税を求め、人を直接雇う企業にも重くのしかかる。
消費税の導入と税率の引き上げが、日本経済の停滞をすべて生んだとは言わない。それでも、長く続いた消費の弱さに、この税が無関係だったとは思えない。
だから私は、飲食料品の税率を下げ、所得に応じた給付を組み合わせる今回の方針に賛成する。
食料品だけ税率を変えれば、農家や小規模事業者に別の負担が生まれ、制度はさらに複雑になる。政府自身が、税率の引き下げだけでは十分ではないとして、給付を組み合わせる制度を選んだ。それは、食料品だけを切り分けて減税する難しさを示しているようにも見える。
いま考えるべきなのは、食料品を何%にするかだけではない。消費税が日本の経済と暮らしにどのような影響を与えてきたのかを検証し、この税そのものを見直すことではないだろうか。
私たちは買い物のたびに、レシートに書かれた消費税額を見ている。それでも、その10円がどのように計算され、誰が負担し、誰が控除や還付を受けているのかを、ほとんど知らない。
レシートの10円を知ることは、税の仕組みを学ぶためだけではない。
日本経済にかけられてきた足かせを、このまま残してよいのかを考えるためだ。
私の理解に誤りがあれば、ぜひご指摘いただきたい。
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