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流行を作る人達 ー音と記憶の間に|ひとりごとの記録 32


中学生の頃から、服が好きだった。
高校になると、ポパイやホットドックプレス、メンズクラブなどを、毎号欠かさず読んでいた。

当時のポパイが提唱していたのは、いわゆる“三種の神器”。

リーバイス501、
ラコステのポロシャツ、
トップサイダーのデッキシューズ。


これさえ持っていれば、ほかはいらない。

今から思えば、ずいぶん乱暴な主張だった。
しかし、当時はそれを疑う理由も特に見当たらなかった。

その一方で、例えばラコステにはフランス製、アメリカ製、日本製があり、それぞれのディテールの違いが細かく解説されていたのを覚えている。

当然、学校でもそんな会話が交わされる。
誰かがポロシャツを着ていれば、
「なんだ、ラコステじゃないのか」と言われる。
ラコステを着ている奴には、
「それ、日本製だね。フランス製が一番なんだよ」などと言う。

今から思うと、あれが、最初の刷り込みだったのかもしれない

近年、ヴィンテージという名前のもと、
古着が高値で取引されていると聞くようになった。

百年近く前のものや、数十年前の洋服が、もはや洋服とは思えない値段で売買されていると聞くと、価値観というものは本当に人それぞれなのだと感じる。

ただ、数十年前の服が「商品」として成立するということは、一度買った服も、ある程度の品質があれば、10年、20年という単位で着続けられる、ということでもあるのではないだろうか。

それが広く知れ渡ってしまうと、一番困るのは、洋服を作る側の人達だ。

そこで必要になるのが、流行という仕組み

丈が短いのが正解だったかと思えば、次は丈が長くなる。
ルーズなサイズ感が一巡すると、今度はタイトがよしとされる。

こうして、「それはもう古い」「時代遅れだ」という空気が作られていく。
人々の中に、流行遅れであることへの自己強迫観念が植え付けられる。

毎年発表される流行色も、同じ構造だ。
有識者達が集まった会議で
1年半前に「その年の色」が決められ、
各ブランドはそれを取り入れた商品を並べる。

流行は、
自然発生的に決まるのではなく、
どこかで誰かが決めている。

それは、消費者のためというよりも、
洋服を作り、売る側の都合で作られてきたもの
なのだと思う。

その価値基準は、
どこか外側から持ち込まれた物差しなのかもしれない。
私たちはいつの間にか、
その物差しで「正しさ」を測ることに慣れてしまった。

いつの頃からか買うことはなくなったが、
ファッション雑誌の広告の多さには、正直うんざりしていた。

純粋な広告ページだけの話ではない。
着こなし提案のような顔をして、
通常のページに紛れ込んでいるものの多くも、
実質的には広告だった。

広告だと気付かせない体裁を取っているが、
登場する洋服は、気がつくと決まって同じようなブランドばかりだ。

雑誌とは、
読者の知らない情報を届けてくれるものだと思っていたが、
どうやら、スポンサーが届けたい情報を、
読者に届けるためのものだったようだ。

やがて先生はテレビになった。
有識者という肩書きが並び、
正しさはテロップ付きで提示されるようになった。
そして今、先生はSNSにいる。アルゴリズムという名前で。

いつの間にか、
雑誌から得るものを感じられなくなった。
テレビにも驚かなくなった。

SNSの情報も、
だいたい先が読める。
雑誌を作る人たちよりも知識が増えてしまったのかもしれない。

けれど本当は、
知識が増えたのではない。
仕組みが見えるようになっただけだ。

広告の匂い。
タイアップの構造。
炎上の設計。

舞台裏を知ると、
魔法は効かなくなる。

けれど、少なくともあの頃のポパイは、
毎年塗り替えられる「流行」ではなく、
「これでいい」と言い切る定番を差し出していた。

それは、スポンサーの都合だけで生まれる言葉ではなかったように思う。

501とラコステは、何年経っても変わっていない。

毎年塗り替えられる流行とは、少し違う時間の流れの中にいた。

あの頃の編集者は、その役割を、ちゃんと意識していたのだと思う。

そして私は今も、
リーバイスの501と、ラコステのポロシャツを着ている。


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もし、この感覚に少しでも引っかかるものがあったら。


✒入門編はこちら

この文章の背景にある、仕事と記憶の出発点については、
こちらにまとめています。


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浅川幸三 | クリエイティブプロデューサー 共感でも、違和感でも。 何かが残ったなら、それで本望です。 サポートは次の一行のために。