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便利になったはずなのに ー 音と記憶の間に|ひとりごとの記録 39


長い間仕事をしてきて、ふと振り返ると、
いろいろな仕事の「姿」が、ずいぶん変わったことに気づく。

たとえば、広告ポスターやチラシなどの印刷物。

昔は、
・プロデューサー
・クリエイティブディレクター
・コピーライター
・アートディレクター
・デザイナー
・カメラマン
・印刷会社
がいて、
それぞれが、それぞれの役割を担っていた。
しかも、だいたい全員にアシスタントがいた。

今思えば、なかなかの大所帯である。

カメラマンの工程ひとつ取っても、
ポジの修正を専門にする会社があり、
デザインの工程には、印刷所に回すための版下制作や、
文字を打つ写植を専門にする会社があった。

ポスター一枚を作るために、
想像以上の人数が、想像以上に真剣に関わっていた時代だ。

それが、コンピューターの発達によって、様子が一変する。

分業されていた作業は少しずつ統合され、
気がつけば、
「それ、前は別の人がやっていましたよね?」
という作業が、PC一台の中に収まっていった。

さらにAIの登場で、その流れは一気に加速した。
統合というより、もはや圧縮に近い。

もともとデザインの世界には、正解がない。
明確な物差しも存在しない。

過去の実績や会社の看板が、
そのまま判断基準になるかというと、
最近は、そうでもなくなってきた。

スマホやPC、AIの発達によって、
ポスターでもチラシでも、
「形にする」こと自体は、
誰にでもできるようになった。

かつて分業されていた作業を、
一人で完結できる社会。

かつて締め切りは、
「今日の夕方までに版下屋さんに発注しないと、
明日以降の対応になってしまう」
という、きわめて現実的な理由で決まっていた。

外注先の営業時間が、
そのまま締め切りだった時代だ。

いまは、その修正をPCの前で自分がやればいい。
だから締め切りは残っているのに、
ギリギリまで手を入れられるようになった。

便利になったのかと聞かれると、
少し考えてしまう。

ただひとつ確かなのは、
技術の進化によって、
人間の仕事が減ったわけではない、ということだ。

むしろ、
「それも自分がやるのか」
という役割が、
静かに、しかし確実に増えている。

便利になったようで、
一人が引き受けることは、
確実に増えた。
それを進化と呼ぶのかは、
まだよくわからない。



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もし、この感覚に少しでも引っかかるものがあったら。


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この文章の背景にある、仕事と記憶の出発点については、
こちらにまとめています。


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浅川幸三 | クリエイティブプロデューサー 共感でも、違和感でも。 何かが残ったなら、それで本望です。 サポートは次の一行のために。