音と記憶の間に― ひとりごとの記録 12 | メロディの消えた駅
「ピンポーン」
自動改札で、おばさんが警報音とともに止められた。
電子音より先に、
「もう!」という声が通路に広がった。
都会には、こうした小さなイライラが散らばっている。
急ぐ人が多いせいか、
空気のどこかがいつも少しだけ尖っている。
エスカレーターの速度、
レジの行列、
信号の待ち時間。
たった数秒の違いが、気持ちを前に押したり、後ろに引いたりする。
そんな空気の中で、
さっきのおばさんの「もう!」が、
自分の中にも小さな波紋のように広がっていた。
そのとき、発車メロディが流れてきた。
ほんの数秒の音なのに、
聞こえた瞬間、胸のどこかがふっとほどけた。
イライラに向かいかけていた気持ちの向きが、
静かに元へ戻るのがわかった。
昔から、駅ごとに違っていたあの短い旋律。
ゆっくりと和音がほどけていくものもあれば、
童謡の名残のような柔らかい音もあって、
忙しさの中に小さな呼吸の隙間をつくってくれていた。
用もないのに「鉄腕アトム」の発車メロディを聞きたくて、
高田馬場に下りたこともあった。
あれは、メロディというより“街の表情”のひとつだった。
けれど、ふと気がつくと、あの音が聞こえなくなっていた。
調べてみると、ワンマン運転の拡大で、
発車メロディはこれから順番に姿を消していくのだという。
駅の個性のように響いていたあの音は、
静かに姿を消していくらしい。
発車メロディがなくなれば、
イライラはどこに向かうのだろう。
あの数秒だけ柔らかかった空気は、
これからどこにしまわれてしまうのだろう。
私は改札を抜けながら、
さっきのおばさんの「もう!」と、
さっき流れたメロディの余韻を、
同じポケットの中にそっと入れたような気がした。
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こちらにまとめています。
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