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『ジェンダークイア、ノンバイナリー、ジェンダーノンコンフォーミングなどのタームとは何かの日本語の解説がオカシイ』

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私がトランス+関連のタームの説明をするのに、説明の仕方を間違えてきたと思っているので、自戒も込めて書きたいと思います。

まず、トランスジェンダー、ジェンダークイア、ノンバイナリー、などなどの言葉、ターム、カテゴリーを考える際にとっかかりになるのは、その用いられ方に着目することだと思います。この点から、2つの用いられ方をまず挙げます。

一つは、アイデンティティカテゴリーとして、自分の名乗りのために用いる用い方。もう一つは、それがどのようなものかを説明するための用い方です。


1 アイデンティティカテゴリーとしての用い方

これは、本人が「私はトランスです」「私はノンバイナリーです」などと名乗るための用い方です。アイデンティティの表明をする際に、用いる対象になるタームをアイデンティティカテゴリーと呼びます。日本人、女、若者、親、などなど、これに当てはまるものは多様です。(ただ、何でも良いというわけではありません。) そのため、石川准は、人は「アイデンティティの束」だと言いました。例えば「日本人で、アイヌで、ノンバイナリーで、研究者で、大人で、移民」とかなんとか。

英語という言語の用い方の問題として考えるとわかりやすいかもしれません。上のような状態を言い表すのに、英語ではidentifyと動詞になります。日本語にはこれに相当する日常用語がないので同一性とかなんとかと馴染みのない言い回しになります。しかし、直訳というものがこういう際には余計な混乱を招くので、誤解を恐れずに平たく言うと「アイデンティティを持つ(持っている)」あるいは「アイデンティティを(自分/他者に)帰属する」(同胞案)になると思います。それでも、やっぱり無理がありますね。先の石川准は「存在証明」という訳語をあてているくらいです。

以上のように、誰かのアイデンティティとして使用されているタームをアイデンティティカテゴリーと呼び、それは自分が何者かを表明する、という行為において用いられます。また「(私は)アイヌだ」という表明そのものとして用いられます。それで、表明するという行為に「おいて/として」、などと言うジャーゴンになるわけです。


2 それらをどういうものか説明する対象として扱う用い方

しかし、様相が複雑化してしまうのは、そういうアイデンティティカテゴリーを、本人でも他者でも、どういうものか説明することによって起こります。

例えば、ジェンダークイアがどのようなものかを知らない人に、それがどういうものかを説明する場合には、そのアイデンティティを持つ人の特徴の説明になります。それが定義になります。

しかし、何を特徴とするか、それをどういうふうに定義とするかは、かなり難しい問題です。なぜなら、アイデンティティカテゴリーとして用いる際には、ある意味勝手に、自分が名乗りたいものを名乗れるからです。是非ではなく、そういうことが可能だということです。

しかし、それが気に食わない人が、是非として考えたくなります。「え?あなたは違うんじゃない?」というように、同類なら、一緒にされたくない思いが、他者に対してなら、自分がそうであって欲しくない人が、そう名乗らないように、防衛が講じられます。そのために、定義を厳密にしようとされがちです。つまり「本当のアイヌ」「本当の水俣病患者」「本当のトランスジェンダー」「本当の女」「本当のフェミニスト」とは誰か、という問いを立てることで、他者が該当する範囲を狭めていこうとするわけです。こうなると、その定義は誰がどのように決めるのか、という論争を避けられません。そういうことに関する膨大な先行研究の通りです。

以上のように、人びとはこの2をやるのに、やっきになります。ともかく必然だと思いがちです。特に、話のスタート地点でするもの、として。しかし「トランス女性は本当の女でない」も「ターフなんて本当のフェミニストでない」も、やり方としては、論理的には同じ展開でなされる、他者を排除する一つのやり方です。


3  ではどうするか

そういう論争の解決策は、私には簡単に思えます。1として使われる、その使い方を記述すれば、2の混乱には陥りません。2ではタイトルに「説明」ということばを用いましたが、「説明」は「因果関係を特定できる際に、そのことを示すのになされる行為」を厳密には指していたはずです。つまり、統計的に有意かどうかを確かめるやり方、ですね。しかし統計的な調査の結果、定義をするのはテクニカルに難しいですし、お金もかかります。

一方、「記述」はいかに用いられているかを噛み砕いて書くこと、とまずは捉えたら良いかと思います。その「いかに」とは、実際の使われ方が、どういうルールに則って使われているのか、それを丁寧に探究する、そのやりかたのことです。

そこで、私ははこれを、2000年代前半までのインタビューデータを用いて「性同一性障害」「MtF」「FtM」という3つのカテゴリーで試みました。そういうやり方以外、良い方法が見つかりません。現在、それが、唯一、誰のジャッジにも陥らない方法だと思っています。

その内容は『性同一性障害のエスノグラフィ』を買って、第二部を読んでもらえると嬉しいです。

(うっかりしてましたが、2がどういうふうに起きているかも、上の本では書いていました。1と2を合わせた全体が、トランスをめぐるアイデンティティカテゴリーとはどういう風に用いられるかの記述ですね。同胞に指摘されました。)


4 授業や講演でどうするか

しかし、もっと一般的に説明する際にはどうしたらいいのか、それが問題になりますね。私の今の結論は、この一連の説明をそのままするしかない、です。みなさんは、どう考えますか?

*なお、この論考は『「トランスジェンダー入門」を読む際の注意点』で指摘した問題点5について、解説し、解決策を示したものです。

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