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ggoomm
White Fragilityの論理構成は別の問題に使うのに極めて有効
さて、割り込みの議論について、ChatGPTが、繰り返し、私に「告発的」だと警告した。それだと、改善を求めにくくなる、と。
この話は、まるっきり、ホワイトフラジャリティの議論と同じだ。
人種問題を指摘されると、白人が取り乱す、その問題の構成を指摘するアメリカの社会学者の優れた著作の話。
しかも、ChatGPTは、人種問題では説明する側の責任は追究されるべきではないが、ニューロダイバーシティは脳の神経発達の多様性の話なのだから、人種差別問題とは違う、と言う。
これは、トランス女性は女性の権利を侵害する、という議論と同型だ。
ニューロダイバーシティは、典型的な多くの人と、ニューロダイバージェントを対等に扱うように要求するためのターミノロジーだ。なので、人種差別問題ともともと同型である。でも、そうではないとChatGPT は逆手に取っていた。
この逆手に取る、のが、「トランス女性は女性ではない問題」と同じフレイムワークになっている。
トランス女性も女性だ、というのは、トランス差別に対抗するための物言いだった。しかし、それを女性も脅かされる側だと、シスというマジョリティの女性が言うのは問題を含む。
つまり、それは、シスのなかのマイノリティである女性が、女性差別を訴えると男性に、女性も男性差別をしていると返されるのと、同じ構成になっている。
問題のフレイムワーク、がね。
そういう自覚的になると、以上のような問題は、ほとんど同じフレイムワークの中で起きている、と分かる。
やり取りの理解は、以上のようなフレイムワークで、参与者により異なる。キーイングという概念でゴフマンが論じていたのは、そういう議論、だろう。そういう相互行為理論の完成を、私はまた、試みている。
