第9話「二度目」2025-06-26(Thu)
「──中條くん、と呼べばいいのかな」
私は言った。
「ええ、今はそう名乗っているので、そう呼んでください」
後輩は言った。この会話から分かるように、中條というのは後輩の本名ではない。というか私が付けた名前だった。
その昔、後輩とばったり街中────確か駅中のこじんまりしたカフェだったか────で会った時に、いきなり言われたのだった。
「僕に名前をくれませんか」
そう言われた私は、頭にはてなを浮かべながらも
「ああ、いいよ」
と即答した。後輩は向かいの席に緩慢な動作で座り、メモとペンのセットを机上に出した。『何で名前が欲しいの』とは聞かなかった。というか、別に何でも良かった。その頃、ちょうど私は誰かと話しがしたかったから、話しさえできればその裏にある(かもしれない)理由や思惑なんかには知らないふりができた。
「名前……名前ねぇ」
私は淡いクリーム色の紙切れを指でなぞりながら考える。しばし空白の時間が流れたあと、私は尋ねた。
「チュウジョウ、というのはどうかな」
どうかな、と言いつつこれしかないな、と私は思っていた。
「チュウジョウ? どういう漢字ですか」
私は指で遊んでいた紙に、<中條>と書いた。それを指し示しながら、
「下の名前もいるかな」
と聞いた。
「いえ、下の名前は要りません。苗字だけで良いんです。中條……良いですね。良い名前だ」
後輩は気に入ってくれたようだった。そのあと、
「ありがとうございます。じゃあ、」
と席を立った。自然なそぶりで私の伝票まで手に取ったので、
「後輩くん。年下なのだし、そういうのは気にしなくていいんだよ」
と言うと、
「僕は中條くんですよ」
とそのままレジへとつかつか歩いて行く。なんだか追いかけてやめさせる気にもならなかったので、ありがたくご馳走になることとした。また会った時にお礼を言えばいいか。それが後輩───いや、中條くんとの改めての出会いであった。
