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一枚読書 #30|満たしても満たしても、満ちない心|働く意味のリデザイン


▌SUMMARY:まとめ


インセンティブ=報酬=お金
それを第一と考える「インセンティブ重視」主義。
それは神の恵みのような素晴らしいものとして描かれる。

それと同時に「お金が貯まる・増える」ことも
同時に真実化してしまいやすい。
まるでそれが最重要であるかのように。

でも反面、「満たされない心」がある。
まるで貯金箱に穴が空いていて、
お金を入れたそばからこぼれ出すように。

そして、お金第一というデザインに汚染された倫理観が
こぼれたコインをそっと掠め取っていく。

▌BOOK:読んだ本

『なぜ働くのか』
著者:バリー・シュワルツ


▌NOTE:気付き

本書は十数年前に上司に勧められたもので、
幾度の引っ越しを経てもなお、
本棚の一角に残り続けています。

わたしにとって、初めて読んだ
ビジネス本だったような気がします。

大切な価値観を教わった一方で、
その内容はなかなか難解。
きっと今でも半分も
理解できていないでしょう。

ということで、
言葉での補足は早々にあきらめ、
わたしが本書を読みながら書き出した
「きっと、こういうことか?」
という図の解説で閉じさせていただきます。

読み飛ばしていただいても構いませんし、
気になる点などあればコメントください。
そのコメントを通してわたし自身、
より理解が深められればと思います。

それでは、いきます。
(なんとかなれ…!)


▶ 【導入】なぜ、まじめに働く人ほど消耗していくのか

バリー・シュワルツは本書の中で、この問いに対して明快な構造的答えを出している。問題は「人間の怠惰さ」にあるのではなく、働く動機のデザインを根本から誤ったイデオロギーにある、ということらしい。

ここで言うイデオロギーとは「インセンティブ万能主義」――「インセンティブさえ適切に設計すれば、人はちゃんと動く」という考え方。これには、古典的な経済学が前提とする「人間=合理的な利己的存在」という人間観がその背景にある。この前提は完全に間違いとは言えないと思う。しかしこれだけが正しいと信じ込むと、それ以降のすべてに歪みが生まれていく。

これを、わたしなりに図に起こしてみました。

ノートに手書きしたものを写真に撮ってAIに清書してもらった図。微妙に斜めになっていたり、方眼が描かれているあたりにノートっぽさが残っている。やるじゃないか、AI。

▶ 【原因】イデオロギーによる構造汚染

ここからが、図の説明です。

図の外枠を構成する「誤ったイデオロギー」は、まず社会制度のデザインを形作る。評価・報酬・監視の仕組みがインセンティブ中心に設計され、それに引きずられるように個々の組織(所属母体)のデザインも同じ方向に傾いていく。目標管理制度、数値評価、成果主義的報酬体系はすべてその産物だ(成果評価シート?あぁ嫌だ嫌だ…)。

そしてそのような組織の中で、働く人の「活力の源泉」とのズレが生まれる。シュワルツは働く動機の源泉を3つに整理している。仕事や活動を通じて社会・他者に貢献したいという使命(コーリング)、仕事そのものへの興味や熟達の喜びから生まれる業務(ジョブ)、そして成長・昇進・評価を通じた達成感としての実績(キャリア)だ。

インセンティブ万能主義の組織では、この3つのどのタイプの人も、大なり小なり「ズレ」を感じることになる。使命型の人は「なぜ自分の仕事がKPIだけに還元されるのか」と違和感を覚え、業務型の人は「楽しくやっていた仕事が数字の競争になった」と感じ、実績型の人でさえ「本当の達成感より評価ゲームを強いられる」といった状況に置かれる。


▶ 【結果】 倫理侵食による、負の臨在感的神格化

さて、この「ズレ」が積み重なると、倫理的斜面の滑落が起きる。これは、意思決定の場から倫理的側面が少しずつ見えなくなっていく現象。つまり、インセンティブ万能主義の組織では「正しいことをするか」より「評価されるかどうか」が判断の基準になっていきやすい。

倫理的な軸を失うと、やる気の低下が起き、やがて行動規範のすり替えが始まる。「これだけ低賃金で使われているんだから、少しくらい手を抜いてもいい」、「利益になるなら多少の違反はしても構わない」――こうした内なる語りが、無意識のうちに行動の基準を塗り替えていく。これは道徳的免除(Moral Disengagement)と呼ばれる心理的プロセスらしい。

そして行動が変わると、今度はそれが「やはり強いインセンティブで縛らないとダメだという証拠」として観察され、誤ったイデオロギーが「正しかった」と強化される。これがシュワルツの言う、イデオロギーの自己成就のメカニズムだ。それはまるでコップに少しずつ水が注がれ、内部のデザイン・組織・人が静かに溺れていくように、わたしには映った。

最後に最も深刻な帰結として、負の臨在感的神格化が起きる。この「臨在感的神格化」とは、少し前に読んだ山本七平の『空気の研究』の中で知った言葉で、まさにこのイデオロギーの自己成就を表現するベストな言葉だと思ったので使わせてもらった。

「臨在感的神格化」とはどういう状態かというと、例えばインセンティブ偏重主義について「おかしい」と感じている人は多くいる。しかし誰も声を上げない。指摘できない「空気」がある。——という集団的かつ暗黙的な放置状態のこと。その沈黙がイデオロギーをさらに強固にし、負のサイクルを加速させていく。

これが社会システム規模で起きているのだから、それは強力だ。個人の力では、すぐにどうこうできるものではない。そもそも成果主義の源流を作ったと本書で挙げられているアダム・スミスは約300年前の人だ。これを変えようとする場合も、それと同じくらい時間がかかるのかもしれない。

とはいえ、シュワルツが示す処方箋も、個人の意識改革ではなく「デザインそのものを変えること」だ。時間がかかっても、まずは「人はインセンティブでしか動かない」という前提を疑うことから、すべての再設計は始まる。



おつかれさまでした。
まとまりのない内容にも関わらず
お読みいただきありがとうございます。

上手く言語化できないもどかしい思いから
もろとも図にするという暴挙に至りましたが、
何か1つでも考えるきっかけになれば嬉しいです。

またいつでも見に来てくださいね。


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