vol.49 ゼノギアス
自分でも理由はわからないが、異様にそれを手に入れることに執着してしまうことがある。本だったりゲームソフトだったり、特に手に入りにくい、手に入らないとなればなおその熱は上がる。
例えば、あまり見かけることがない中古ゲームだったとしよう。それがたまたま中古ショップに在庫がある確率はかなり低い。お値打ちである確率はさらに低い。それだとわかっているのに、アクセス可能圏内の中古ショップをめぐってしまうのだ。
この性向は現在でも残っている。たまに「そういう時期」に入ると、特定のモノ、またはジャンルに対するコレクターになってしまうのだ。困ったものだが、この期間は本当に街歩きが楽しい。不思議なものである。
さて、本作は「新世紀エヴァンゲリオン」が盛り上がったころと同じか、少しあとくらいに発売された非常にそれらしい内容を多く含むゲームであった。
実際にはエヴァンゲリオンだけでなく、あらゆるSFの要素をふんだんにオマージュした作品であったが、まだ筆者の素養が少なく、なんだかエヴァみたいな単語をちらほら出す、ムービーがすごいゲームという印象だった。
本作は当時スクウェア発売のゲームに同梱されていた体験版ディスクなどで序盤を遊ぶことができ、そのドット戦闘シーンの滑らかさに驚いたものである。
しかし、筆者は本作を持ってはいなかった。これもまた、タイミングが合わず、友人から借りてプレイを進めたゲームであった。当時は最後までクリアすることはできず、二枚目のディスクの途中でギブアップしたのではないかと思う。
筆者は明確に、ギア戦が苦手であった。本noteの過去記事を読まれている方なら想像がつくかもしれないが、燃料の総量が決まっており、消費し続ける間に倒しきるという「減るシステム」がストレスだったのだ。
後半になればなるほどギア戦は増える。ギア戦にストレスを感じている間に、友人に返却する期限がやってきたのだ。本作を実際にクリアしたのは、発売から十五年程度経った頃だろうか。PS vitaにダウンロードしたアーカイブス版であった。
このような状況にも関わらず、筆者は本作に強い執着を抱いていた。おそらく当時の電撃プレイステーションの攻略記事に影響を受けたのではないだろうか。美麗なキャラグラフィックも好きなポイントだった。
そんな中で発売されたのが設定資料集「パーフェクトワークス」である。大ボリュームで、ゲーム中の様々な設定を詳細に解説してくれる本書は、ファンであれば必ず手に入れたい一冊であった。
筆者が本書を知ったのは、発売から少し経ってからだった。当時、現代のインターネットのようにゲーム関連ニュースをコンスタントに手に入れられる媒体は雑誌のみである。少年期の情報収集力ではたくさんの取りこぼしがあった。
知ったときには、すでに書店から本書は姿を消していた。しかし、欲しい。このとき、筆者が時々起こす熱狂が顔を出したのだ。筆者は自転車でアクセス可能なすべての書店を回った。隣駅まで全て回りつくした。それでも、本書を見つけることはできなかった。
筆者は考えた。この書籍は「デジキューブ」からの発売である。デジキューブと言えばコンビニエンスストアに広く展開していたゲームの販路であった。コンビニエンスストアにはファイナルファンタジーの序盤攻略本なども入荷されていたのである。
可能性は薄い。それでも筆者は諦められなかった。同じくアクセス可能なすべてのコンビニを巡り巡ったのである。それでも、小部数発行だったのであろう本書は見つけることはできなかった。
結局、筆者は本書を書店で注文し、第二版で手に入れることに成功した。現在の本書の状況を考えれば、非常に運のいい話である。隅から隅まで舐めるように読みつくした。
さて、本書には当時の筆者には困った特徴があった。表紙がヒロインの裸体なのである。煽情的なものではなく、ヒロインの物語的要素をイラストに収めた非常に意味深いイラストなのだが、それでもティーンの筆者には非常に扱いに困るものであった。
しかし、カバーを裏返せば却って目立つ。筆者はやや過剰な恥ずかしさを感じながら、親が本書を見つけることのないように祈りつつ、本棚の少し目立たない位置に配置した。
本書は今でも筆者の本棚に収まっている思い出深い一冊である。本書を開くとき、表紙のヒロインを観て、自転車で日が暮れるまで探し回った思い出がよみがえってくるのだ。
何かを探すというのは、存外にそれ自体が楽しいものである。
