どーでもいいと思いだすと全部どーでもよくはできる
ほとんどのことが、どーでもいいことばかりな気がする。
どこかの事件も。
誰かのスキャンダルも。
日々の暮らしも。
仕事のストレスも。
自分の気持ちも。
誰かへの想いも。
実際のところ、突き詰めていけば、どーでもいいのだと思う。
このモードに入ると際限なく、どーでもいいが広がっていく。
仕事も、どーでもいい。
人間関係も、どーでもいい。
将来も、どーでもいい。
自分自身のことなんか、一番どーでもいい。
どんどん対象が増えていく。
別に自暴自棄でも極論でも何でもない。
人類の歴史は長いようで短い。
地球の歴史から見れば一瞬だろう。
宇宙規模で見ればさらに小さい。
みたいなことから、どーでもいいと言われたりもするけど、
そんなことを引き合いに出さなくても、ただただどーでもいい。
それぐらいこの世には、意味もなければ重要性もない。
あるように思いたいということでしかないのが真実なのだろう。
ただ、どーでもいいが過ぎると危なくなる。
適度に使う分なら、気分転換や切り替えに使えるときもある。
しかし、どこまでも適用しようと思えばできる。
そして、その適用範囲に間違いがないのが困る。
本当にどこまででも、どーでもよくできてしまう。
「それは違う」と止めてくれるものがない。
誰かがどーでもよくないよ、と言ってくれても止まれるかわからない。
「あなた自身がどーでもいい存在だからそうなんじゃない?」
と、言われるかもしれない。
それはその通り。
世の中には、どーでもいいとは言えない人や出来事もあるのだろう。
ただ、自分の中のどーでもいいは、それすら飲み込んでしまう。
なんかどーでもいいこと言ってるなとか。
なんか自意識過剰なアホが喚いているけど、どーでもいいかとか。
どーでもいいの推進力の前に立ちふさがれるものはあまりない。
なんという無力。
だが、どーでもいいというものの前では大抵のものはそうなる。
意味も。
価値も。
希望も。
絶望も。
全部まとめて、どーでもいいが飲み込んでしまう。
こいつは世のすべてがどーでもいいと言いたいのかと思うかもしれない。
勘違いしてもらっては困る。
どーでもいいと言いたいわけではない。
だが、どーでもいいは揺るぎない。
否定する材料があまりにも見当たらない。
だから、どーでもいいが行き過ぎないようにしないといけない。
効果として作用することもあるが副作用が致命的になる場合がある。
気分転換になることもある。
肩の力が抜けることもある。
しかし、それをどこまでも進めていくと、帰ってこられる保証がない。
どーでもいいのアクセルの加速は恐ろしい。
どーでもいいが自分をどこかに持って行ってしまう。
だから、どーでもいいをコントロールする。
どーでもいいことに振り回されそうになったら、どーでもいいと投げてみる。
そして、自分自身までどーでもよくなりそうになったら、少しだけブレーキを踏む。
そうやって、どーでもいいに振り回されないようにしないと、どーでもいいにどこかへ連れてかれてしまう気がする。
まぁ、そうなったらそうなったで、どーでもいいんだけどね。
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