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企業広報やPRも、そろそろ景品表示法に触れてるでしょ?

企業広報やPRほど、曖昧な情報発信はない。

社内の雰囲気。
働いている人の人柄。
挑戦できる文化。
風通しの良さ。
心理的安全性。
成長環境。
働きがい。

どれも、外部の人間には確認しようがない。
本音を言えば、内部の人間もピンと来ていない。

実際に入社し、内部に入り、人間関係や評価制度、
会議の空気に触れなければ検証できない情報ばかりだ。

にもかかわらず、企業広報やPRは、
それらを極めて主観的かつ一方的に、ポジティブに発信していく。

広告や情報コラムなら「本当に根拠や効果があるのか」が問われる。
しかし企業PRになると、ほとんど感想文に近い情報でも成立している。

いい加減、この企業広報やPRの願望表現に反吐が出そうだ。


企業PRではなくスピリチュアルな自分語り

企業広報やPRを見ていると、企業の実態や実像を紹介するというより自己啓発コンテンツに近い。

「大切にしている価値観」
「仲間への想い」
「自分らしく働ける環境」
「挑戦を後押しするカルチャー」

もはや会社説明ではなく、理想の発表会である。

そのうち「ありがとうを大事にしています」とか言いながら水晶か壺でも売り始めるんじゃないかと思う。

こういう発信をしている企業ほど、
実態ではなくそう見られたい自分の話をしているだけだったりする。

企業PRというより、プロパガンダである。

しかも、意外なことに本人たちはかなり本気だ。
スピってる自覚もなく真面目に「私たちは人を大切にしています」と語る。

その横で人が辞めていても語る。
会議が地獄でも語る。
評価が政治でも語る。

このような噓八百な内容でも、想いとカルチャーと笑顔の社員写真を並べれば、なぜか美談として成立する。

企業広報なのか、集団スピリチュアルなのか、区別はつかない。

もう企業広報やPRも来るとこまで来ている。

壮大なポエムの身内コンテンツ発表会

企業PRを見ていると、時々こちらが恥ずかしくなってくる。

社員インタビュー。
CEOメッセージ。
入社エントリー。
仕事にかける想い。
仲間とのエピソード。

まるで時代を変えた起業家か、有名アーティストの密着ドキュメンタリーである。

しかし実際は、知らない会社の知らない社員の内輪話でしかない。
で、「誰なんですか、あなたは」という感想を持つだけだ。

にもかかわらず、演出だけは壮大だ。

「仲間に支えられた挑戦の日々」
「自分らしく働ける環境との出会い」
「カルチャーが人生を変えた」

もはや採用広報というより、自己肯定感で書かれた長編ポエムである。
しかも驚くのは、それを企業側が大真面目に世界へ発信していることだ。

笑顔の社員写真。
エモいコピー。
謎の朝日。
コーヒーを飲みながら笑う社員。
斜め上を見る若手社員。

そのうち「この物語はフィクションです」と注釈を入れた方が誠実なんじゃないか、と思えてくる。

本当は、泥臭い調整、政治、責任転嫁、評価不満、ややこしい人間関係が大量に存在している。

だが企業PRの世界では、なぜか全員が成長し、挑戦し、支え合い、輝いている。

ほとんど宗教画である。

企業広報なのか、壮大な身内向け自己陶酔コンテンツなのか、そろそろ整理が必要だろう。

誇大な企業広報をする目的は何なのか

ここまで来ると気になってくる。
なぜ企業は、ここまで必死に良い会社っぽさを演出するのか。

もちろん採用のためでもある。
ブランドイメージのためでもある。
少しでも優秀そうに見せたいのもあるだろう。

ただこのような企業PRを見ていると、
もはや外部向けというより、自分たちへの言い聞かせに見えてくる。

「挑戦できる環境です」
「風通しの良い組織です」
「社員を大切にしています」

何回も唱えているうちに、
本当にそう思い込もうとしているようにどうしても見える。

実態が伴っている会社は、ここまで必死に空気感を説明しない。

本当に優れた商品が、「本当にすごいんです」「感動するんです」「人生変わるんです」を連呼し始めたら逆に怪しいのと同じである。

結局のところ、自信がないのだと思う。
そして、特に言えることもないのだろう。

だから掲げたカルチャーっぽいものを語る。
よくわからない熱い想いを語る。
社員を仲間として語る。
発展途上なことを成長として語る。

そして現実ではなく、理想の自分たちを対外的に発信し続ける。

これらは誰が何を言ってるコンテンツが複数あっても、内容や意図はコントロール下にある。

つまり、検閲された情報しか外には出ていかない仕組みということだ。
語る人間が違うように見えるが、誰かの意図が乗っている。

なぜならPRといいながら、本来の現実を説明するものではなく、良く見られることが目的になっているからである。

そして、その誇大表現や不当表示がまかり通っている。

もはや企業広報というより、集団現実逃避コンテンツである。

そろそろ企業広報の嘘もバレてますよ

商品などの広告表現には厳しく規制が入っている。

誇大広告はダメ。
優良誤認もダメ。
効果効能にはエビデンスが必要。

その一方で、企業広報だけはずいぶん長いこと野放しだ。

どこまでが事実で、どこからが願望なのかよくわからないまま、
それっぽい雰囲気だけが大量に流通してきた。

ただ、さすがにもう厳しいと思う。

SNSがある。
口コミサイトがある。
退職者レビューがある。
社員の発信がある。

企業が発信している「美しい物語」と、実際に中で起きていることの整合性は、昔より遥かに見られるようになっている。

よほどのバカではなければ、綺麗なPRを見るほど逆に警戒するだろう。

やたら笑顔の社員。
やたらキラキラしたカルチャー。
やたら仲間を連呼する文章。

そこまで必死に演出しないといけない理由でもあるんですか?
と勘繰られるのが普通だ。

本当に良い会社なら、壮大なポエムや感動演出を延々と垂れ流さなくても、現場や成果や人が勝手に証明していく。

にもかかわらず、実態ではなく理想の自分たちを発信し続ける企業は多い。

企業広報なのか、誇大広告なのか。
ブランディングなのか、優良誤認なのか。

そろそろ、その境界もかなり怪しくなってきている。

違反と言われていないだけで内にも外にも、
企業広報やPRが景品表示法違反だらけなことはもう気がつかれている。

企業広報だけが、「なぜか願望と演出が許されてきただけ」ということに。

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