見出し画像

会議で勝ったつもりのバカほど現実には負けている

正論に対して適切な返し刀がない。
図星を突かれて、ぐうの音も出ない。

そんなときに潔く謝れて、負けを認められる人は驚くほど少ない。

無理矢理にでも反論をしてくる。

どう考えても論理や理屈では覆せてはいない。
たが、感情と立場、その場の空気でどうにかされることは多い。

議論に勝ったような顔で満足している。
自らのプライドを守り、正当性を誇示できたことが嬉しいのだろう。

それはそれは良かったですね。

で、それに勝ってどうなったのか。

問題は解決したのだろうか。
失敗は成功になったのだろうか。
顧客は満足したのだろうか。
数字は改善したのだろうか。
市場は評価してくれたのだろうか。

うまくいっていないときほど厳しい話をしなければいけない。

なぜ失敗したのか。
何が足りなかったのか。
誰が責任を持つのか。
どう改善するのか。

本来であれば、そうした話から逃げてはいけない。
だが、無責任な上の立場の人間ほどそういう話を嫌う。

正しい指摘を嫌う。
耳の痛い疑問を嫌う。
現実を突きつけられることを嫌う。

なぜなら、その議論を続ける限り、
自らも現実とも向き合わなければならなくなるからだ。

だから別の角度から勝負を仕掛けてくる。

言い方が悪い。
態度が悪い。
空気が悪い。

そんな話ばかりだ。

そうして正しいことを言った人間を悪者にする。
そして、権力者のくせに自分は被害者のような顔をする。

さらに、最後には無理難題だけを投げて押し付けてくる。

「じゃあ何とかしてください」
「解決してください」
「結果を出してください」

自分は何も考えもしなければ、背負いもしない。

何も決めない。
何も責任を取らない。

だが、指示だけは出す。

要求だけはする。

本来なら市場に負けた理由を考えなければならない。
顧客に選ばれなかった理由を考えなければならない。
能力不足を認めなければならない。

だが、それは苦しい。
いや、したくない。
というか、したがらない。

だからもっと楽な勝負に逃げる。

正論を言う人間を悪者にできれば、自分たちは反省しなくて済む。

実に便利である。
実に好都合である。

本人はそれで勝ったつもりなのだろう。

会議を支配した。
相手を黙らせた。
立場を守った。

だが、それは何に対して勝利したのだろうか。

自分には勝負にも勝っているようにも見えない。

問題から逃げた。
責任から逃げた。
現実から逃げた。

無理矢理に悪者を仕立て、安全圏に逃げ込んだようにしか見えない。

そして、その間にも現実は進む。

顧客は離れる。
競合は前に進む。
数字は落ちる。
組織は弱くなる。

市場は容赦なく答えを出す。

だが、本人だけは気づかない。
いや、気づけない。

なぜなら、自分の中では勝ったことになっているからだ。

だから満足なのだろう。

まるでホームランばかり打たれて試合に負けた後で、

「自分の球筋は素晴らしいが、守備が悪かった」

と自信ありげに語る投手のようである。

つまり、意味が分からない。

好きにすればいい。

だが、市場は会議の議事録を読まない。

顧客は社内政治に付き合わない。
現実は空気を読まない。

だから気づいたときには手遅れになる。

負け込んでいる。
ずっと負け続けている。

もしかしたら、とっくにコールド負けなのかもしれない。

それでも本人だけは勝ったつもりでいる。

おめでとう。


いいなと思ったら応援しよう!

KSMTK もらえることってあるのだろうか、 いただけるなら遠慮なく使わせていただきます!