海外移住すれば、もっと自由になれると思っていた
フィリピンに住んでいた頃のことを、最近よく思い出す。
当時の自分は、 「海外に行けば、もっと自由になれる」 と本気で思っていた。
場所に縛られず働くこと
新しい環境で暮らすこと。
日本とは違う価値観の中で生きること。
そういうものに、かなり憧れがあった。
実際、海外移住を経験したことで、自分の働き方や価値観は大きく変わったと思う。でも同時に、海外移住は“キラキラした自由”だけではなかった。
むしろ、自分がどれだけ日本という環境に守られていたのかを痛感する時間でもあったと思っている。
「日本の当たり前」が、全然当たり前じゃなかった
フィリピンに移住して、最初に強く感じたのは「食」の違いだと思う。
日本では普通に買えていたものが、向こうでは簡単に手に入らない。
特に当時は、上の子が0歳だった。
ミルクや赤ちゃん用品も、日本みたいにどこでも買えるわけじゃない。あったとしても高かったり、売っている場所が限られていたりする。
日本から荷物を送っても、なかなか届かない。
渡航前の5月に送った荷物を、実際に受け取れたのは8月だった。しかも最終的には税関まで取りに行った。
日本にいた頃は、 「欲しいものが、すぐ届く」 ことを当たり前だと思っていた。でも、それって全然当たり前じゃなかった。
コンビニもある。マクドナルドもある。
でも、同じ“ある”でも中身は全然違う。
商品のラインナップ。
サービスの質。
清潔感。
時間感覚。
細かい気配り。
日本って、かなり高い水準の“当たり前”の上に成り立っている国なんだと、外に出て初めて気づいた。
もちろん、フィリピンを否定したいわけじゃない。
むしろ、自分はフィリピンの空気感や人の温かさがかなり好きだった。
でも、子育てをしながら暮らすとなると、「安心して生活できる」という価値の大きさを痛感した。
自由には、不安もセットだった
海外移住って、もっと開放感のあるものだと思っていた。
でも実際は、自由と同じくらい“不安”もあった。
特に大きかったのは、病気への不安。
当時は海外旅行保険に加入して渡航していた。費用はかなりかかったけど、結果的にコロナにも感染したし、子どもも体調を崩すことがあった。
そのたびに病院に行っていたけど、もし何年も住むならどうなるんだろう、という不安は常にあった。
医療費
言葉
子どもの教育
日本語との両立
将来、ここで第二子を育てられるのか。
そもそも、自分の英語で家族を守れるのか。
自由になりたくて海外に行ったはずなのに、実際は「家族を守れるのか」をずっと考えていた気がする。
海外に行けば、新しい自分になれると思っていた
当時の自分は、海外に行けばもっと成長できると思っていた。
新しい自分になれると思っていた。
実際、キャリアという意味ではかなり大きな経験だった。
仕事への向き合い方も変わったし、スキルも身についた。泊がついた。
今の働き方につながっている部分も大きい。
でも、実際に暮らしてみると、海外生活って想像していたよりずっと泥くさかった。
仕事は普通に大変だった。
言葉の壁もある。
防犯も常に意識する。
コンドミニアムの同じ階で水道管が破裂して、部屋が水浸しになったこともあった。
ATMの引き出し上限や手数料にも毎回気を使った。
「海外=自由」 というより、 「海外=全部自分で考えないといけない」 に近かった。
それでも、自分にとっては大きな経験だったと思う。
フィリピンで、「幸せ」の基準が少し変わった
フィリピンで暮らしていて、印象に残っていることがある。
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