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【ADHDの日常】#5 「普通の子」として生まれ育ってきた苦労と幸運

<まえおき>
・あくまで「私の個人的な場合」においての話です
・ほぼ普通に日常生活ができているADHD/抑うつ 障害者の徒然なる話です

 こんにちは。五回目のADHD雑記です。
 以前簡単に紹介しましたが、現在は精神障害者手帳をもらい、障害者としてカミングアウトして職に就いています。

 しかし小学校・中学校ではとても苦労しました。端的にいえば猛烈にいじめられました。先生も含め。共産党で典型的な日教組の担任に公開処刑されたこともあります(以来、私は左巻きの平和だの戦争反対だの綺麗ごとだけいってる人は大嫌いで距離をおいてます)。お金のカツアゲ以外は大抵のことをされました。クラスメイト全員に無視されることなど序の口。男女関係なくボコボコにリンチされまくりました。雨霰のようなパンチやキック、時には机や椅子を使って私はコテンパンに叩きのめされながら「仕返ししない意気地なし」と罵られ、仕返しした途端私が殴ったことを先生にチクってまたしても集団リンチ。先生にまで加勢されたこともありました。最初は親にいったらその日はいじめた子が家に謝りにきましたが、翌日「よくもいいつけたな」とリンチが数倍になり「今度親にいったら死ぬまで殴り続けるから」といわれ、かといって学校に行かないわけにもいかず、行っては毎日集団リンチ。「お前を殴っている時、お前の泣いている顔を見てる時が一番幸せ」「僕も」「あたしも」といわれ続けました。まあ、とにかく生きているのが辛い日々でした。良く自殺しなかったと思いますが、何かの映像やちょっとしたことをきっかけに時々この記憶がフラッシュバックし、非常に抑えるのに苦労してきました。

 障害のせいか、普通の人がスイスイできることが、まるでできませんでした。これもバカにされる絶好の口実でした。体育や図工、音楽や家庭科(今ではかなり料理はできるようになりましたが、裁縫の類はもう無理です)で特に苦労しました。平泳ぎ、逆上がり、電車以外のスケッチ、単音以外の楽器(現在ベースギターだけは基本単音なのではなわ程度のレベルなら弾けます)全てダメ。平泳ぎは何度やっても「あおり足」となり、体育の先生を呆れさせましたが、こちとら真剣にやってました。いわば普通科の最劣等生として過ごしてきたのです。
 中学二年の担任が生まれて初めての怖い先生ながらいじめを禁止した先生でもあり、以来表向きにはいじめられなくなり、多少生きていく中で楽になったこと。そして超絶に下手くそながら中学の三年間野球部を続けてきたことで少しずつ自分を見る目が変わってきました。高校でも独り言が当初多かったので身障者を意味する渾名がついたものの、徐々に普通に友達もできるようになり、後述しますが文系のお勉強ができる人間だったものでだいぶ認められるようにはなりました。

 この障害の特性か、記憶力だけは人より少し優れていました。現代文と社会科(特に地理と政治経済)だけはずば抜けてできました。おかげで中くらいのレベルの高校から一応はMARCHと呼ばれるレベル志望で、滑り止めで受けた日東駒専レベルは現役で二つ合格できました。高校三年時の先生や周りは一浪すれば確実に六大学は行けるのにといわれましたが、古典と英語の受験勉強が苦痛でしかなかったので、高校時代同様自転車で通えることを理由に駒澤大学に進学したわけです。

 昭和生まれの就職氷河期世代ながら、なんとか小さな印刷会社に就職して結婚を経て、そこそこ名の知れている出版社にステップアップで転職が成功したのも「普通科の最劣等生」だからできました。その出版社で障害が発覚という話は以前にした通り。診断した心療内科の先生は「まあ軽度なので、ドジっ子の中では最優等生で、一見普通に見えてたということですね」といわれましたが、診断の日を境に「普通科の最劣等生」が「ドジっ子の最優等生」に変わったわけです。

 なので「普通科の最劣等生」として生きていたことが、今、気分転換の大きなアドバンテージになっています。結婚とマンション購入のローンが認可されたこと、印刷会社から出版社への最初の転職、カミさんの趣味をきっかけにすっかりハマった北欧旅行(七、八回は行っていると思います)など、心療内科に通っている人では考えられない経験を障害発覚後もしており、二回目の転職で配慮を十分すぎるほど受けて五年目に突入。なんて恵まれているのかと思うことをnoteで振り返る度に噛み締めます。
 
 こうしてnoteの執筆をきっかけに自身のことを書くことが、誰のためですらなく、自分が充実して生きることのモチベーション(他人からしたらマスターベーションかもしれないですね)になっています。だからスキやらいいねの数もあれば嬉しいのでしょうが、全然こだわっていません。生きていくためにやっていることなので(とはいえ一方では上手く伝わったのかな? とも思います)。

 次回はADHDならではの偏って深い私の趣味のいくつかを紹介する予定です。良かったらお付き合いのほどを。それでは失礼いたします。