JTCジェッツと「助けて東城」、ハラスメント風林とヒール花吹雪を添えて~Mリーグ25オフシーズン所感
Z世代がやって来る
6月30日のドラフト直前、既にリークされていたアースジェッツ指名の「女流A」について、候補としてイニシャルがあてはまるプロが何名か挙げられていたが、筆者は逢川恵夢か朝比奈ゆりの2択だと考えていた。そして、ふたりのうちいずれが選ばれるかは、リーグ全体の雰囲気を占う程の要因であると考えていた。
すなわち、協会初の女流逢川なのか、Z世代からの黒船朝比奈なのか。
まず、世代の議論をするため、少し迂回するが、24年冬のひろえ本出版まで遡りたい。ひろえ本を連盟の黒木プロが執筆したという事実について、筆者は以下のようなコメントをした。
なんでツイ界隈でおもちゃにされてる黒ちゃんに執筆させんねん、自分もますますおもちゃになるだけやろ、というハラハラがあるのだが、おそらく菅原までの世代は雀荘文化・マイヤン文化からシームレスに"プロ"へ移行することで真っ当な社会経験を踏まぬまま社会に出たという欠如意識が劣等感としてあって、法的(=多分にマナー的)視座から教育を施してくれた黒木に対し、父、あるいは歳の離れた長兄のような信頼感を育むとともに恩義を感じている
それゆえに黒木が売文マネタイズを企図したときに恩返しの契機として喜んで我が身を捧げるというエコシステムが成り立っているのではないか(黒木がそこまで計算して新人の面倒を見ているという見方は穿ち過ぎで、単に彼は"お人好し"なのだとは思うが、結果的にはそうなっている)
ひろえより下の世代は、「インフルエンサーに、俺はなる!!」の気概を持ち、自己の人格を商品化することの意味を理解し、ファンダムに"癒し"をサブスクする装置としての絶え間ない実践を継続する覚悟を持って、麻雀業界に参入してくる。
のであれば、炎上体質の黒木から教わることなど何もないし、むしろ距離を置いた方が得策だ、とそっぽを向くことになろう(もちろん彼ら彼女らはそのような"ポリコレ違反"の態度を表に出しはしないだろうが)
東城やひろえといったスロット営業を収入源の主軸とする世代は、麻雀業界に訪れた来迎としてのMリーグによってもウォッシュしきれないほどの娼婦性を帯びてしまっており、そのしがらみは今後も完全には断ち切れないであろう。
そのような娼婦世代は続々と去り(東城23-24、ひろえ24-25)、朝比奈を筆頭に、かじりさ、木下、新榮などの、上記のような覚悟が決まったビジネスライクZ世代がやってくる、Mリーグの8年目とはそんなエポックになるのではないかという期待感があった。
そのとき、反射的に最も真価を問われるのは、最後の娼婦・高宮まりと、”最年少”の看板を下ろすことになる中田花奈であっただろう。ゲーム・ファイトクラブの世代交代がなぜか猶予されることでMリーグにも取り残されている高宮、「成長しねぇ」ネタが擦られすぎてもう飽きが来た中田。
このあたりは後ほど改めて分析したい。
25ドラフト=中間択世代の逆コース
というような「世代交代」の雰囲気を高めながら迎えたドラフト当日、確かにμの忍田・RMUの河野・近藤元監督など取り沙汰されていた爺世代が見事に捨象されることで、HIRO柴田(49)くらいが限界かぁという「世代」の上のボーダーはくっきりするに至った。
一方、下のボーダーは、サクラ森井監督が獲得した阿久津(29)を「若い」と定義したことで、それよりも下、朝比奈以下の20代若手は「若い」にも達していない、「未熟で」「まだ早い」という雰囲気が確立され、Z世代の到来は次シーズン以降に持ち越されることになる。
結局選ばれたのは、ある程度のタイトル実績があり、ファンダムからの動員数に予測が立てやすい一馬(39)、みうみう(38)、逢川(30代後半)の「中間択」世代が中心であった。企業として株主に説明する際には予見可能性が重視され、その依拠する点として「これまでのキャリア」が参照されるのは無理からぬなりゆきである。
そして、「最もサプライズ」と評価されたのが東城りおの復帰(逆コース)であった。当然元Mリーガーとして「名前が挙がる」位置にはつけていたものの、魚谷や村上、あるいは石橋といった復帰に向け気炎を吐く実力者達と比較すれば、東城の復帰順序は、あるとしてもかなり劣後する、というのが大方の見立てだったであろう。
逆コースとは”時代の流れに逆行した”という程の意味であるが、著者自身はそれに加え、前項で触れたとおり、東城に代表されるスロカス娼婦世代の時代はもう終わったと捉えていたので、余計にその逆コースが意外であると感じた。
要するに、ここでも「中間択」が顔を覗かせているのだった。魚谷のように「強いけれど我が強くて和を乱す」イメージのプロよりも、「実力はそこそこだけれど、華があって調和的」な東城が選ばれる。まさに「華と実力の中間択」である。25ドラフトを振り返るなら、「世代の中間択」に加え、この「中間択」が企業の意思決定を体現するキーワードとなる、そんな印象であった。
黒い極夜の冷え込み、Mトーナメント
次に、アース組閣へと議題を移していきたいのだが、その前にオフシーズンのドラフト(及びそれに付随して風物詩となったオーディション)と並ぶメインイベントであるMトーナメントに簡単に触れておく。
引用記事を簡単に要約すると、「白服」を着せることによって非M・未Mのプロ達を辱めることで促した「Mリーガーを貴族として演出する麻雀界の階層化」がこの2年で充分に浸透したので、3年目の今度は「黒服」を着せることによって非M・未Mのプロ達も「十分強い」「貴族予備軍だよ」というブランドを帯びさせ、貴族社会の名望のトリクルダウンを図っていくという見立てである。
この見立てについては、かつて著者もパイレーツトレジャーハントの分析記事で以下のようにコメントしたように、強く首肯できるものであった。
チームメンバーを選抜する方式は、Mの名望の余波をもって、まだ光の当たっていない人々にスポットを当てよう、という趣旨を当然に帯びているのだが、それは既M側から見れば非M(もしくは未M)へと名望を分け与えるという姿勢へと容易に傾斜する。
すなわち、既Mリーガーを貴族とする階層社会が固着し始めている(/既に固着している)なかで、貴族の名望におこぼれをもらおうとする界隈では、Mへの参入をガツガツ希望し、その有用性を媚びるようにアピールする人々が称揚され、M予備軍として寵愛されるという不健康そうな関係性が成立する土壌が培われている。
他方でMリーグに参入するチーム数が限られる中、そうした彼らをMリーガー等に包摂する回路が明確でないため、「彼らは何のために闘っているのか」「なんのいわれがあって彼らを闘わせるのか」が伝わらず、ただ貴族がコロシアムで貧民を闘わせて娯楽にしているような印象を深めてしまう。
また、当該階層構造のもとでは、既Mリーガーと比して非M・未Mのプロは"劣っている"という演出が正当化されることになる。まあ実際に人気・実力・時の運などが足りないために伸び悩んでいる人々に他ならないのだが、そういう人々を可視化し、貴族たちの娯楽に巻き込む、というコンテンツ構造は、果たして世襲貴族に支配されて閉塞する日本社会において、共感を得られるか。むしろそうした社会の鏡写しとして忌避されるに至るのではないか、と懸念を持つ。
その上で、パイレーツ各位の解説が、「"劣っている"人々にも見るべきところがある」というスタンスに終始していたことで、彼らが貴族であることが演出され庶民の反感の対象へと転化する可能性を持つのはマーケティングとして悪手であるようにも感じた。
そしてそれゆえにこそ、「白服」を「体育祭のギャル」として巧みに着こなし、そうしたレッテルを倒錯させた山脇千文美は見事であった。東城と同学年(ひろえの一つ上)の彼女が結婚を機にプロとしてのキャリアに一区切り付けたように見えるのは一抹の寂寞を感じるが、繰り返し述べるように「娼婦世代の退場」というトレンドからは仕方ないものとも理解していた。


しかしながら、白服の2年間はM2人-非M2人の構図で、それでいて最後はMが勝つ形で決勝卓が構成されることで、白組も面目躍如の斬られ役をしていたのに対し、黒服になった途端、非Mの面々は道中で全滅だったのはおぉ情けない。
ホスト卓、堀との因縁、フグえってぃと様々な話題を振りまき、女流最高位の”後輩”瑞原のコメント通りに「爪痕を残した」まりえと、岡山からの新幹線酔いを回復させるために毎回前日入りしていた白いお公家様イケメンの岡本が準決勝で潰しあって両方消えたのはつくづく残念だったし、赤5m切りで松ヶ瀬に引導を渡し目の肥えた視聴者を唸らせて解説に抜擢された前田、「強い方の河野」「Mには強いじじぃが必要」と称賛された河野、インタビューかわいい異国船高雲飛あたりが残っていればもう少し見どころがあったが…
元M(魚谷、村上、沢崎)は元から斬られ役だと思ってるので構わないが、一馬、逢川、阿久津(あと東城)と、新加入選手が軒並み力無く敗れて行った印象を植え付けたのもどうだったか。みうみうはちょい頑張ったけど。
コバゴは連覇、伊達・寿人は同門対決で一定の見どころはあったが、ぽよの枠が黒服推薦枠になるか、仲林が進出してコナコナパイパイの同門対決×2などで決勝卓が構成されればもっとよかった。中途半端やわ。中間択がトレンドとは言ったが、中途半端はいけない。そしてサクラの項で後述するが、堀の優勝インタビューは様々に違和感を持つ内容でもあった。
あまりにもJTCなアースだから
色々と迂回したが、さてアースジェッツである。
冒頭で著者は、協会初の女流逢川なのか、Z世代からの黒船朝比奈なのか、ふたりのうちいずれが選ばれるかは、リーグ全体の雰囲気を占うと述べた。そして中間択ドラフトは、”将来性”よりも”実績”を踏まえて逢川を選んだ。
ビーストというチームが、地方老舗が華々しく開局した「BS令和新局」(よしもと、松竹東急、そしてJapanext)を母体とするがゆえに華やかさを追求するコンセプトのため、新規参入チームというのもののイメージが話題性に特化した選択をするかのように人々はなんとなく錯覚していたところ、アースという企業は想像以上にコンサバだったのかもしれない。
もちろん、Mリーグエンジョイ勢からの人気を獲得できるのか心配になるくらい、「タイトルの暴力」と言えるほどにタイトルをかき集めたメンバーを揃えているので実力に疑いはなく、「参入初年度から優勝争い」との下馬評まで飛び交うものの、それだけに「勝てば官軍、負ければ賊軍」との振れ幅が極大化するドリブンズ初期メンみたいな感じのチーム構成とはなっている。話題性と人気に振ったビーストとの明暗は、これから1~2年で明らかになっていくだろう。
さて、優、醍醐、元太の系譜を正統に継ぐ一馬や、鳳凰位の最後の絞りかすHIRO柴田、「麻雀しか取り柄がない」が満更謙遜でもないみうみうが、桜蕾声優伊達襲来、天鳳ドクター太襲来、将棋二刀流D介襲来といった、黒船来航のようなリーグ全体のゲームチェンジを起こすとは考えにくく、安定成長路線に乗ったというような評価にならざるを得ない中、「世代交代」に変わる新風として「初の協会女流」である逢川に期待される役割は非常に大きい。
ガオーポーズや令和生まれ設定、演劇部で鍛えたわざとらしい声など、イロモノとしての方向性は、その期待された役割とは矛盾するように感じられる。彼女はこれから、強さを示すことが求められるのだ。しかもそれは、ただの強さではなく、他のプレイヤーとは一線を画す打ち回しや、瑞原・伊達という現行女流の2トップと並び、さらには打ち倒すドラマ性までも要求される。その主人公役を遂行するには、余計な要素は何も要らないのである。
では、上記のキャラ設定という鎧を脱いだ彼女の素顔とはどのようなものなのか。麻雀遊戯王の人生年表では聴いてる側が引くくらいの大阪での貧困生活が語られ、Mトーナメントや日清BS杯のインタビューでは、その明るさの裏の、迎合的なコミュニケーションが身に染み付いたような闇を見出してしまうのは著者だけであろうか。
実際に渋川やたかきなど同世代の協会員は口を揃えて「意外に根は暗い」と評するが、意外でも何でもなく、むしろ「解釈一致」のようにも思える。境遇が真逆で、ボンボン育ちのチームメイト一馬とのシナジーがどのようになるかという危うさも孕んでいるように思える。
オフシーズン、色々と準備で忙しいと思うが、自分がホームと思えるフィールドでトークセッションを設けて欲しいと思う。るみあきチャンネル配信はとりいそぎ阿久津だけやってくれたが、連盟のHIRO+三浦のラインナップくらいはやってくれねえかな(タキヒサラボでもいい)。
逢川は松本とVtuberの配信に出てないで、渋川式に桃と一緒に出るのが良いと思う。
ただ一馬はたぶんあんまり「喋りすぎない方が良い」キャラのように思うので、それでも良いのかもしれない。
そしてさらに逢川とのシナジーが心配されるのが、良くも悪くもJTC目立ちたがりおぢ・川村監督である。新設YouTubeチャンネルの最初投稿に選手より先に顔出してくるのが、そういうノリが好きな人とうわぁの人、おそらくどちらもあるのだろうが、キックオフイベントではまだ距離感を手探り、といった趣であった。
監督をもっと小馬鹿にイジるくらいになると、うわぁ層もおじ層にもよく見えそうだが、監督を"顧問"扱いママにしちゃうと嫌悪感が先行しそうでもあり、そして逢川のコミュニケーションの態様は、その後者へと傾斜していかないだろうか、と危惧するものである。
監督の手腕はもうシーズンが始まってみないとなんとも分からないが、少なくとも「広いプロにチャンスを与えるため、今回元Mは候補に入れなかった」というコメントには哲学が感じられた。元々著者は、ずんまるバシピンあたりのM復帰を「アツい」とか言ってる意見には全く賛同できないと思っている(魚谷がMリーグにいないのは流石にプロ界の均衡を欠くので魚谷だけは機会を見つけて復帰させた方が良いと思っている)。
その理由は、いまやMリーグという舞台のことを、麻雀プロたちを次々に入力して、インフルエンス力を獲得させるための函数だと感じているからだ。
もともと「Mリーガーとして安定した給料を与えて食わせる」というコンセプトでスタートしたはずの舞台は、いまや「高い視聴率の舞台を通して得たインフルエンス力を梃子にしてゲストやイベントで稼がせる」というビジネスモデルへと変容してしまっている。
だとすると、既Mリーガーで、放出された彼らはもう、インフルエンス力を獲得済みの人なのであって、彼らを再入力しても彼らのインフルエンス力は別にそんなに増えない(限界効用逓減の法則)し、Mリーグ側からしても、新しいファン層の拡大を望めるわけではない。だとしたら、未入力のプロ達をどんどん参入させてやれよ、それが業界の下支えという趣旨に適うやろ、という意見を持っていた。(松ヶ瀬が料理屋を開いたことを好意的に眼差している。)
この監督、著者のこの函数理論を分かってくれる人だとしたら、私もジェッツを愛せると思う。
ビースト・オフシーズン・カレンダー
東城スゲェ。みんな言ってたが、著者も素直にそう思った。
下石にツッコミ、中田花奈の姉御となり初日からチームの雰囲気を一気に醸成する。中田花奈と下石の週2セットに混じりたそうでかわいさまで演出。
逆に大介はあぁ新しいチームになったなとちょっと寂しそう。
FRIDAY記事では「細かくツッコミを入れたら意外にウケたので良かった」と謙虚に答えているが、「下石は細かくツッコミを入れたら映える」を正確に理解し、それを実践できるのはタレントである。著者が個人的に好きなのはこの下石。出会って4秒でもう自分がスベったあと「東城っ、頼むっ」と目でヘルプを求めるくらいに依存している。

冒頭で著者は、Z世代の到来によって中田花奈は真価を問われるだろうと述べた。「未熟さ」をディスプレイすることに一定の価値があり、舞台そのもののクオリティを度外視した「完遂」のみを通じて「成長」を擬制してきた日本式アイドル文化の寵児が、スコアが出力されるゲームにおいて、その「擬制的成長」のメッキを剥がし「未熟であり続ける」様相を露呈させてバッシングを受け立ち竦んでいるとすれば、やはりスコアをもって報いるしか道はない。歳下の朝比奈が荒稼ぎスコアを叩き出したときの中田花奈もまた、帰趨を吟味する頃合いとはなるだろう。
下石との「週2セット」はメッセージとしてはとても良かった。堀と岡田のような協会中堅男性と連盟芸能女性という組み合わせの明確な師弟関係を、牌譜検討配信など仕組み化して築ければ、と楽しみにするが、下石のチャンネルは受け皿として弱いので、チーム運営がそのあたりのディスプレイを企画してやるのが良い気はする。
しかし、案外というか、チーム運営の企画力にも疑問符が浮かぶ。下石と東城を見たくて、この2年ほぼ観ていなかったビーストロードを観たのだが、著者のような視聴者が多く訪れるであろうタイミングの企画が、下石をアサインせずに何週間にもわたって麻雀を打ちながら、東城が搾りカスみたいな話題しか出さない番組だというのはアホの極みである。いや、こういうコンセプトなのか、この番組は。
結局のところ、2年に1回メンバー入れ替えオーディションというお化けコンテンツさえ供給できれば、道中の2年間は置きに行けばそれで足りるのかもしれない。今回のオーディションはさるぴろを強く道化にして演出する追い討ち性を帯び「流石に可哀想」「ひろえはキレてる」などの評も飛び出したが、「2年間の傭兵でも正直全然いいですMリーガーに入れてください」というプロの供給が途絶えることはないだろう。
ただ、「チームの仲の良さ」から癒しをサブスクしたいタニマチたちは、チーム内の地位の格差をどう捉えてるのだろう。
●ドラ1とそれ以外
→魚谷ショックからの内川ショックでだいぶ撹乱されたとおり、ドラ1はそれ以外のメンツを強さ(園田寿人)や経験(ハギ多井コバゴ)、あるいは付加価値(亜樹)で導くポジションを取らなければ容易に追放される雰囲気が出てきた。一応上記で3パターン挙げたような役割分けはあるので居場所は模索できるか。ビーストに関しては猿川が去った後なのであまり気にしなくては良いが、D介が「父親役」としてドラ1めいた立ち位置にはなりつつあるので、実はその関係性は再構築されているのかもしれない。
●スターティングメンバーと補強組
→男達から一線を引いて気を遣われる茅森は、監督という立ち位置を得ることでさらに一線を画す道を選んだ。
コバゴは「平気そうに言ってるけど絶対悔しいはず」とメンバーから忖度されるに至る。
雷電内の本田やドリブンズ内の太が「弟役」として可愛がられるような上下関係がチーム内に構築できれば良いが、伊達のように「妹役」が強すぎて高宮、滝沢とねじれた関係を形成し、チームを亀裂へと向かわせるのを我々は目撃してきた。
下石は「兄役」を求められることになるだろうが、どうしても大介とうまく絡んでるビジョンが見えず、一枚岩にならないまま、下石が勝てば勝つほどチームの雰囲気が悪くなるみたいな感じにならないことを祈る。父と長兄は相争うのが家父長制の景観なのかもしれないが。
●指名枠とオーディション枠
→で、これ。今回のガセとぴろへの処遇により、「オーディション枠は2年(4年)でクビ」サイクルは定着したと言って良いが、あらかじめ戦犯性を押し付けられるメンバーが決められていることで生まれるチーム内格差が前提にあると、そのメンバー自身もタニマチも「うまく笑えない」し「うまく嘆けない」。一喜一憂を共有することで紐帯を強める関係性が築けない。
そして亜樹が▲300叩いても中田花奈が▲500叩いても付加価値で篩にかからないリーグは強さの正当性を喪っていく。二重の意味でオーディションは罪深い。
スコア格差によって序列はどうしてもつくので、奮う元太とタコるたかきみたいな序列はついて然るべきなのだが、このように選手間格差を生み出す構造が複雑化してくると、「チームが助け合い、支え合って乗り越える」「ぶつかり合って仲良くなる青春の再現」みたいなストーリーを消費できたのは5年目のアベマズ優勝が到達点で、その残照が残る7年くらいが限界だったかもしれない。
8年目、選手全体の20%が新風となることで雰囲気はガラリと変わるだろう。スケジュールとスタジオも変わるしね。
ハラスメントの伏在する風林火山
風林火山らしく漢字熟語で言うならば「進者往生極楽 退者無間地獄」と言いたいところだが、永井は正直言って「勝つも地獄・負けるも地獄」という気がする。
一寸のモブにも五分の魂。
意外に86年白鳥世代、入会が最近なので下部リーグで"燻っている"と言うほどでは無い、浅井裕介の辛口コメ、大阪(確か十三)の麻雀バーhanahanaという居場所、東京の後輩達の人望、SSPとかいう生煮えの枠組みをハックし風林火山メンバーと交流、園田・元太との交流…
この記事の出来映えはめちゃめちゃ良くて、著者もオーディション決勝戦の朝に読んで永井を応援したい気分が高まった。そして優勝後、立ってるだけで好感度が爆アガリしていく稀有なキャラクターであることが徐々に確実に明らかになっていく。ルッキズムウォッシュされたMのフィールドを撹乱するモブとなれ。
ところで、風林火山オーディションは、ビーストオーディションと違い、元M組を大量にアサインするという戦略をとった。そして永井が選ばれた結果を踏まえ、「オーディションの醍醐味は下剋上」「華が欲しければ指名しろ」と、元Mを応援していたファン達を牽制するようなコメントがTLを覆い尽くした。
確かにせやなぁ、とすると元M組は下剋上の養分として噛ませ犬になりMの周りを衛星のように周り続ける演者として消費され続けていくのか。ビースト、風林火山とも、対象者達に出演料の類を支払っているとは思えないので、インフルエンサー力を持ちつつ無料で使える元Mは今後も動員され続けるだろう。ワンチャン受かっても全然いいしね。
とはいえ、インテリパワハラ上司気質の勝又はすでにフルパワーで永井にダメ出しを始め、永井も素直に言うことを聞いているようだが、「兄弟関係」や「師弟関係」とは違う、単なる「上下関係」という見せ方はありそうでなかった。
体育会系いじめっ子気質の内川は自分も新参とあってまだ様子を見ているようだが、永井に対してバチバチに対抗心を燃やしているのが見て取れる。こうした中で、永井は負ければ「ほれみたことか」とファンダムだけでなくチームメイトからもマウントを取られ、勝てば勝又、内川ともに微妙な空気になっていくのが悲しくも予想されてしまう。
そしてそうしたとき、「ドラフトで指名されたからといって、全てのプロが喜んで尻尾を振るわけじゃない。プロ側が合意して初めて契約になる。そのタテマエを忘れないで欲しい」といった趣旨の発言から垣間見られるように、麻雀プロがMリーグの煌めきを前にしてかつての誇りを失うことを深く深く憂慮するレジェンドの最後の娘、亜樹監督は、「負け続けても仕方ないと捉える永井」や、「勝ち続けても勝又と内川に遠慮する永井」の謙虚さを、卑屈さと転化して解釈してしまう自分を抑えられるのだろうか。
いずれにしても永井が来シーズンの台風の目になることは間違いない。
爽やかなニューリーダーは、ヒール路線を吹き飛ばす花吹雪となるか
るみあき配信における阿久津は、非常に落ち着いて、場に求められた喋りテキストを置きに行く能力が高い好青年であるといったんは感じられたが、突き抜けた面白さがあるかどうかはこれからチームシナジー等次第であるとも思われた。
前述したようにMトーナメントで優勝した「新たなチームリーダー」堀であったが、優勝インタビューにおいて「良い思い出のないこのユニフォーム」「来年からサクラサポーターで無くなる方も居る」といった、適切とは言いがたい言い回しを繰り返した。
もちろん堀の「無礼な」「イチイチ勘に障る」発言はプロレスとして楽しむ分には良いのだが、これらはプロレスと言うよりも単なる地雷で、みんなうっすら分かってるがやはり"言うべきではない"、"言語化すべきではない"内容には感じた。
堀は意図してかせずにかは不明であるが、閉幕式インタビューでも如実に感じられたように、24-25シーズンにおけるサクラナイツというチームの反省点を「レギュラーを突破できなかったこと」という結果のみに矮小化しようと努め、卑怯にもダメージコントロールを図っている。
しかし、彼らの反省点は「岡田暴言・伊藤追放」で臨界を迎えたところのチームガバナンスの欠如であり、堀の意見を絶対視する余りに内川が鬱屈をため込みながら萎縮していったチーム構成の歪さであり、さらにはそれらの問題点を「内川放出」という形でしか清算できなかった自浄能力の低さである。
そうであるなら「良い思い出のない」というような他人事のような言葉は出すべきではないし、「サポーターでなくなる」という自分たちの行動の結果を殊更に相対化し「俺たちは傷ついてない」というような演出をすることはヒールを演じるのでなければ、百害あって一利なしである。
ことほどさように新生サクラはヒールにシフトしてるので阿久津の印象がいつまでも「堀の手下」止まりだと「統治能力も自浄機能もない陰キャたちが仕切って陽キャの真似事をしてる痛いサークル」とのチーム印象は拭えず、人気も横這いか漸減、もっと悪いシナリオなら一挙減やろなぁと思わせる。
堀はジョーカーであってエースではないんですよね。だから阿久津の道は「堀の手下」ではなく「内川とは違う形のリーダー(バランサー)」で、歳下だからこそ「堀や岡田に攻め込んで強く注意できる」みたいな色が出ればという期待も他方である。
考えるほど渋川はサクラにいてもいなくてもいいし、むしろいない方が「痛い」空気は薄れると感じるが、一方でM全体を見た時に、このオフシーズンに内川や下石に対して施して見せたような、YouTubeを通してコラボ演者に数値を与えインフルエンス函数をブーストできる立場は稀有なので、どこかのチームに籍は置いておいた方が有用、ということで堀とセットにしとくのが一番マシというくらいの立ち位置という感じになってきた。
多井は役割をちょっと間違えたと思う

それってYouTube登録者数的にも立場的にもむしろ多井がすべきことだったようにも思う。「Mの30余人をまずは輝かせないと」とエクスキューズして、実際「多井ボートの控え室」とかはその哲学に沿った企画として良かったけど、Mリーガーたちは自己責任でコンテンツメイキングできることも分かってきた。だから今やむしろ求められているのは下石、内川、太など話題に即応して配信できるこのオフシーズンに渋川が演じて見せた機動力だったと明らかになってきたのだろうな。
とするとというか、だからこそというか、多井の今後の役割はホンネがポンっとで語られていたような「団体として支援する」という方向性なのだろうが、あの動画が図らずも醸し出しているような「連盟さんどうですか」みたいな口先アイデアだけの姿勢だと良心がない。協会の何切る超会議にちょかちょか顔出してスタンドプレーしている場合ではない。
「若獅子と桜蕾を運営してるから若手をチェックする立場にある」瀬戸熊、間違いなく連盟幹部で。自分より才あるけれど組織人になれなかった多井との関係、朝と野に分たれても互いにリスペクトし合う感じは関係性としてとても素敵だと感じはするのだが、
若獅子・桜蕾・フォーカスMと舞台を設け、流石に規模の大きさあって瀬戸熊・勝又・滝沢などが後輩に目配せをしていることが十分伝わり、Mへの回路を築いている連盟。
スタジオを内製化して放送インターフェースを劇的に改善し、残り枚数表示などはM本放送にまで影響を与えるに至ったエンジニア園田とシゴデキ事務員浅見の実行部隊、優率いる東海支部はまりえ始めリクルートに余念無くタレントを輩出する足腰を鍛えている最高位戦。
桃をメディア理事に抜擢し、"同世代"のMリーガーを上手く演者に仕立てて何切る超会議やインタビューやクイズやらの企画を仕掛けてる協会。
それにくらべてRMU(とμ)は何かやってるのですかね?「五団体」を名乗るのであればもう少しやれることがあるのでは、という。動画で語られているような「令昭位を連盟A1に入れる」とか、「鳳凰位をRMUA1に迎える」とか、思いついてるならサッサとやれよという感想しかない。
なぜできないのかというと、結局のところ多井およびその部下たちが、そういった企画を実現させるための、泥臭い調整をするスキルも人脈(ソーシャルキャピタル)も形成できていないのだろうとの想像は容易である。「やろうとおもえばできるんだけど」と面倒がっているうちに、そうしたノウハウは水物で、いとも容易く失われてしまうのはどの業界でも同じである。
それができず、団体としての意義を証明できないならば、既得権益にしがみつく姿勢がファンダムからの批判に耐えうるのかどうか。「麻雀団体の統一」というテーマが語られるとき、なぜか「5→1への統一」が前提視されることが多いが、「5→4」(喧嘩別れした上層部は切り離してRMU若年層を連盟に再合流させる)とか「5→3」(大して選手を供給できない=レベルが低いRMUとμはMリーグ機構から外す)とか、段階的な改革を構想してもいいはずである。
1986年白鳥世代のホンネがポンッとは、麻雀の内容について話し、それがコンテンツとなり得るとの自信に満ちあふれている、まさに脂の乗った世代という感を与える回であった。



瑞原は悪口大好きやな
尚更、早くも年寄り化した多井が、各所で「新加入選手はどこまで活躍できるか」みたいな批評家ぶったメタ発言を繰り返してるのがムカついてきたわ()
最近ではHIRO柴田などを槍玉に、「今からMリーグに入ってくる人は、今まで選ばれてこなかった人だから」などと空虚なマウンティングをするだけの存在になり果て、早晩耳を傾ける層も尽きていくだろうと予想されるまでに至っている。
多井が見放されるのは単年度成績が不振だからではない。いつまでも1プレイヤーとしてのマウンティングに終始し、リーグ全体のために自分が何ができるかを考えているように見えず、求められる役割を果たしていないからである。
これらを総合して、「アベマズは役割を果たせない多井を抜いて、リーグ全体に恩恵を撒ける渋川を入れることで、ABEMAのチームらしく、”Mというこの舞台の下支えの役割をも果たすチーム”というコンセプトを明確化すべき」というのが今のところの私の意見です。異論は認める。
伊達朱里沙は放っておいても政治を完遂するのかもしれない


伊達サイコーやな。
選手兼任監督ブームは確実に監督不在の自チームにも対応を要求すると予測し、前原監督や寿人監督よりも御しやすく院政を敷きやすい滝沢監督を機先を制して根回ししたうえで「寿人が決めた」ように演出するこの政治力。
これだから伊達オタはやめられない。
コナミ滝沢監督就任、穿った見方を自認するけど、来期負けて今の体制から変化させる時にヘイトを最小限に抑えるための責任を取らす前振りに見えて仕方がない…
— 空舟微風(うつろぶねそよかぜ/メイド長) 麻雀Vtuber (@NOTsorahunebihu) June 30, 2025
4人の中で監督選ぶならタッキーってのは間違いないんだけど、波に乗りに行った以上の理由を勘ぐってしまう
これは「穿った見方」どころか優れた慧眼だと思っている。滝沢の性格上「自分より伊達が出るべき」と伊達を登板させる慣性が働くことが予測されるし、仮に「伊達ではなく自分」を登板させて負ければ「自身の不調」ではなく「采配責任」へと議論を置換することができる。どちらに転んでも伊達(オタ)には得しかない。
少なくとも「長年の付き合いの寿人より伊達ちゃんのほうがタッキーの解像度高いんだねー」みたいなお花畑では描写し尽くせない政治がそこにはある。滝沢自身もそのリスクを十分に意識しているようだが、「不調であっても自分が行く」という胆力を見せつけられるかどうか。
ファイナル4チームについては、特にないです。
ドリパイは来季も優勝争いするだろうし、雷電は来季も盛り上げてくれるであろう。
セガだけは少々気になるが、茅森新監督は「采配責任」をヒラリと躱すネコの軽やかさを持っているし、たかきにも「カド番大関」の悲壮感はまだなさそうなので、マイペースにやってくれるでしょう。

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