戦略は、やがて組織に引っ張られる
「組織は戦略に従う」――アルフレッド・チャンドラーのこの命題。ビジネスパーソンであれば、どこかで耳にした言葉ではないでしょうか。
多かれ少なかれ、どのような企業も何らかの目的を持っています。わざわざ人を集めるわけですから、そこには何かしらの方向性がないと維持するのは難しい。逆に言えば、戦略と組織が一体となっているがゆえに、生き残っているとも言えます。
その一方で、企業の歴史を長い時間軸で眺めてみると、必ずしも理想通りには行かないのではないでしょうか。
端的に言えば、戦略が組織を決めるのではなく、組織が戦略を引き寄せてしまう局面があるように見えるのです。
このnoteではこの着想について考えてみます。
まず、組織は戦略に従う——ただし市場が強制する形で
チャンドラーの命題を額面通りに受け取ると、「経営者が戦略を決め、それに合わせて組織を設計する」という話になります。
しかし、現実には組織の形は多種多様です。
ミンツバーグが示したように、組織にはいくつかの基本形があります。その中で、大きく分けると以下4つの類型があるとされています。
パーソナル型組織:トップがすべてを掌握する。
プログラム型組織:標準的なプロセスで効率化を目指す。
プロフェッショナル型組織:スキルを武器に自律的に動く。
プロジェクト型組織:相互調整による柔軟性を重視する。
トップの指向性、事業の性質、競争環境によって、もっとも合理的な形が選ばれていきます。そして、重要なのは、戦略と組織が噛み合っていない企業は市場から退場していくということです。
つまり、組織構造は戦略の結果であると同時に、市場との相互作用の中で形成される「適応形」といってもよいでしょう。
そう考えると、「組織は戦略に従う」という命題は、経営者の設計能力と、市場の淘汰メカニズムの両面に関係のある議論であり、とても複雑です。
シンプルに考えれば、生き残った企業は、戦略と組織が整合しているはずです。それは優れた意思決定の結果でもありますが、同時に、市場による選別の結果でもあります。
マカロンのように密着した戦略と組織
ここで、成長期を乗り越え、市場で何らかのポジションを確保した企業を考えてみます。その組織は、長い時間をかけてビジネスモデルにフィットしているはずです。
プロセスは最適化され、人材はその仕事に特化し、組織文化はその戦略を前提として形成されていく。戦略が組織を作り、組織が戦略を支えるループが回っていくと、やがて両者は分離できなくなります。
これはマカロンに似ているように思います。上と下のシェルが別々に焼かれて、時間をかけてガナッシュでしっかりくっつく。どちらがどちらを規定しているのか判別できないほど、一体化している状態です。
この状態は、企業の強さの証でもあります。 効率的な組織とは、現代の企業が企業である意味そのものと言ってもよいでしょう。
では、このように密着した組織と戦略は、環境が変わったときにも同じように機能し続けるのでしょうか。
踊り場に立ったとき、戦略は組織に引っ張られる
問題が現れるのは、市場環境が変わり始めたときです。
競争優位性が脅かされ始めると、本来なら戦略を大胆に変える必要があります。しかし、成熟した組織ではそれが簡単ではありません。
ビジネスモデルと組織の慣性が、変革の足を引っ張るからです。
しかも、成熟企業は、企業として「儲けている」はずです。儲けている企業が株価に影響を与えるリスクを取ることを、株主や市場は簡単には許さないでしょう。つまり、現在の利益を守る圧力が、変革への意思を上回ってしまうことがあるのです。
こうして長い時間軸で見ると、成熟期以降の企業では「戦略が組織に引っ張られる」という逆の力が働くようになります。
チャンドラーの命題が反転する瞬間です。
組織の中にいながらその瞬間を感知するのはとても難しいものです。しかし、直観的にこの問題の危うさを感じている人はいるはずです。
その慣性に抗えるのは、トップしかいない
では、この引力に抗うことはできるのでしょうか。
現実的に考えると、この慣性に抗える主体は多くありません。組織の内部で既存の構造に縛られずに意思決定できるのは、事実上トップしかいないからです。
具体的には、組織慣性やステークホルダーの圧力に抗う意志の力と、変革の正当性を組織に浸透させる力の両方が必要になるでしょう。
言葉にするとシンプルですが、とてもとても難しい課題です。しかし、この二つが揃ってはじめて、戦略を組織から引き剥がすことができるのだと思います。
そして皮肉なことに、トップを選ぶのは組織です。
踊り場に立った企業が内部からトップを選ぶとき、 多くの場合、既存のビジネスモデルを守れる人材が選ばれます。組織の慣性は、トップ選抜にまで及んでいるのです。
そう考えると、マカロンのごとく戦略と組織が結合した儲けている企業が、将来を見越して組織構造を破壊するのは、超絶に難しいことだと思います。
変革の震源地は取締役会にあるのかもしれない
そう考えると、変革の震源地は取締役会にあると言えるのかもしれません。トップを生み出せるかどうかは、取締役会の独立性と眼力にかかっています。
ここまで考えたときに頭に浮かんだのは、マイクロソフトと日立でした。
サティア・ナデラを選んだマイクロソフトの取締役会は、その典型に見えます。Windows中心の旧来の主流ではなく、クラウド事業を率いていた人物でした。慣性の外縁にいた人材を見つけ出した選択でした。
一方、日立の再建過程では、川村隆氏が社長に復帰し、大胆な事業再編を進めました。外部性と内部知識を両立できた稀なケースです。
二人に共通しているのは、既存のビジネスモデルの延長線上にとどまらなかったことです。言い換えれば、過去の成功に執着しなかった。しかし、それは言うほど簡単ではありません。大胆な方向性を打ち出し、それをやりきるのは、とてつもなく難しいことです。
その意味で、取締役会の眼力とは、「優秀で経営に長けた人を選ぶ能力」ではなく、執着のない人を選ぶ勇気なのかもしれません。
ただし、取締役会と株主だけで変革が実現するわけでもありません。組織の文脈を深く知りながら、現在の利益構造に縛られず、人を見る目と押し込める影響力を持つ人物の存在が鍵になるのではないでしょうか。
それは、前任の社長かもしれませんし、取締役会の一人かもしれません。制度設計だけでは説明しきれない種類の力の必要性を感じました。
私たちにできることは何か
では、このような局面に対して、私たちは何ができるのでしょうか。
おそらく万能な方法はありません。 サクセッションプランで完全に設計できる話でもないように思います。
できることがあるとすれば、二つです。
一つは、その企業が踊り場にいることを検知することでしょう。市場シェアの微妙な変化、競合との技術ギャップ、優秀な人材の離脱パターン。こうしたシグナルを束ねて読む眼が必要になります。
もう一つは、新しいトップが何を言い、何をやるかを見ること。言葉より行動です。最初の100日間で誰を重用し、誰を外したのか。どの事業に手をつけたのか。それは新しいビジネスモデルなのか、それとも看板を掛け変えただけなのか。
つまり、検知と観察により現在地を理解することが、私たちがこの局面に対峙するための第一歩です。
組織は人である
チャンドラーの命題は正しいのでしょう。ただしそれは、時間軸の中の一局面に過ぎません。組織と戦略は融合し、やがて戦略が組織に引っ張られる。
これは組織全体でもいえることですが、ひとつの事業部、ひとつの部、ひとつのプロダクトを切り取っても同じような問題構造を持っています。
すなわち、マカロンはフラクタルなのです。
変化が求められたとき、その慣性を断ち切れるかどうかは、人の問題なのだと思います。
そう考えると、最後に組織の向きを決めるのは、やはり人なのだと思います。
