勝ちよりも大切なこと。フェンシングをさせる意味を考えた日
※このNoteは、フェンシング初心者の親(私)が、アメリカで息子たちの競技生活を“なんとか”支えている日々を、素人目線でまとめているものです。軽〜く読んでもらえたらうれしいです。
10月11日〜13日、ペンシルベニア州オークスで開催された
Duel of the East Coast ROC/RJCC/RYC。
初日は午後2時からU17(カデ)のトーナメント。
ただペンシルベニアはやっぱり遠い。
片道2時間半のドライブになるので、早めに出て途中でランチをとることにした。
会場は広大なコンベンションセンター。
スペースも十分にあり、照明も明るく、快適そのもの。
それだけに――この日、見た光景がいっそう心に残った。

フェンシングをさせる意味を考える
初日はカデで長男だけが出場。
プール戦には、まだ12歳の小柄な選手もいた。
リジョンでは有名な強豪選手だ。
長男はその選手に見事勝利。
その後、同じピストでプール戦をしていたのは、久しぶりに大会に出るという長身の高校生だった。
彼も同じ12歳の選手と対戦したのだが、結果は惜しくも敗退。
試合後、高校生はその子に笑顔で声をかけた。
「いい試合だったね、ありがとう。」
その直後、信じられない言葉が返ってきた。
“F**K You.”
あまりに突然で、会場の空気が一瞬止まったように感じた。
高校生はただ困惑した表情でこうつぶやいていた。
「相手が負けたならともかく、なんで僕が負けたのにそんなこと言うんだろう?」
勝ち負けよりも大切なこと
なぜそんな言葉が、スポーツの場で出てくるのだろう。
そこには勝敗を超えた“何か”がある気がした。
いくら強くても、いくら勝っても、
相手を敬う心がなければ、それは本当の意味での勝利ではない。
フェンシングは剣を交える競技だけれど、
その本質は「礼に始まり、礼に終わる」。
相手がいるからこそ、自分の成長がある。
子どもにフェンシングをさせる理由
勝つことも、上達することも大切。
でも、それ以上に学んでほしいのは人としての品格だと思う。
ピストに立つことで、忍耐、尊敬、感謝を体で学ぶ。
悔し涙も、理不尽も、勝者の背中も――
その全部が、彼らを強く優しくしていく。
フェンシングを通して、
「どう勝つか」だけでなく「どう生きるか」を学んでほしい。
最後に
この日、フェンシングをさせる意味を改めて考えた。
勝つことよりも大事なものがある。
それはきっと、ピストの外側にある“心の在り方”なのだと思う。
