「話しかけやすい人」の生存戦略ー自分をすり減らさずに、大切な人を守る“境界線”の引き方ー
世の中には、不思議と人が集まってくる人がいます。
私自身、振り返ってみれば、昔から妙なところで人に声をかけられる人生でした。
散歩をしていれば、見ず知らずの子供から「おじさん、一緒に遊ぼう!」と手を引かれ、
電車に乗れば、見ず知らずの赤ちゃんが親の肩越しにじっとこちらを振り返って微笑みかけてくる。
時には、公園のベンチで風を眺めているだけで、ひらひらと飛んできた蝶々が私の肩や手にそっと羽を休めることすらあります。
周囲の友人や仕事の仲間からは、
よく「一緒にいるだけで、なんだかホッとする」
「不思議な安心感がある」と言われてきました。
あなた自身や、あなたの身近な人にも、そんなタイプはいませんか?
いつも駅で外国人から道を聞かれたり、
お店で店員さんに間違えられて声をかけられたり、
職場で「ちょっといいですか」と愚痴や相談の窓口にされてしまったりする人です。
今の世の中では、こうした「話しかけやすさ」や「親しみやすさ」は、実は何物にも代えがたい強力な武器になります。
なぜなら、どんなに時代が進んでデジタル化しようとも、良い情報や、新しい仕事のチャンス、人生を豊かにするきっかけを運んできてくれるのは、いつだって「人」だからです。
人が集まるということは、それだけで無形の財産を持っているのと同じです。
しかし、自然界の生きものを観察しているとよく分かるのですが、無防備で柔らかい生きものほど、外からの刺激にさらされやすいという弱点を持っています。
この「天性の話しやすさ」という素晴らしい資質も、なんの対策も立てずに「いい人」のままで使い続けていると、いつの間にか自分自身の心と時間をすり減らす、鋭い刃になってしまうことがあるのです。
今回は、私のこれまでの現場経験や、自然の営みから学んだ知恵をもとに、この「話しかけやすさ」という才能をすり減らしの原因にせず、人生を豊かにする戦略として使いこなすための「境界線の引き方」について、お話ししたいと思います。
<【光の側面】「話しやすさ」がもたらす、目に見えない大きな資産>
私はこれまで、営業の最前線で泥を流すような個別訪問や電話外交から、ルートセールス、店舗での販売、さらには裏方である倉庫の在庫管理や配送、輸入事務、経理や総務にいたるまで、本当にたくさんの「現場」を泥臭く経験してきました。
その後、縁あって会社の役員として経営に長く携わり、たくさんの社員たちを育て、見送ってきました。
その長い社会人生活の中で、組織のトップから現場の片隅までを見てきて確信していることがあります。
それは、「話しかけやすい人は、それだけで組織の命綱になる」ということです。
私自身の原点をたどると、学生時代からなぜか友人の恋の悩みや、家族には言えない進路の相談を毎晩のように受ける役回りでした。
相手がポツリポツリと胸の内を吐き出すのを、ただ「うん、うん」と聞いている時間が、実は嫌いではなかったのです。
この「相談される力」は、社会に出てから、特に人の上に立つ立場(マネジメント)になってから爆発的な威力を発揮しました。
多くの組織では、役職が上がれば上がるほど、下からの本当の声は届かなくなります。
耳障りの良い報告ばかりが上がってきて、現場の深刻な不満やトラブルは隠されがちです。
しかし、上に立つ人間に「話しかけやすい雰囲気」があると、教科書通りのきれいな会議では絶対に上がってこない、現場の「本音のひとこと」が自然と集まってきます。
「実は、〇〇さんが最近ちょっと元気がなくて、ルート配送のミスが増えているんです」 、
「倉庫の在庫管理のシステム、実はみんな使いづらいと思っていて……」、
こうした、数字に表れない小さな違和感や、トラブルの「大元の芽」が、深刻な大火事になる前に自分の耳に届く。
これは経営や組織運営において、何億もの価値があるリスクマネジメントです。
相手に「この人なら、何を言っても怒られない。受け止めてくれる」という安心感(今風の言葉で言えば『心理的安全性』ですね)を提供できることは、資格や技術と同じくらい、立派で稀少な「専門スキル」なのです。
<【影の側面】「いい人」を襲う、エネルギーの枯渇とリスク>

しかし、光が強ければ強いほど、その足元に落ちる影もまた濃くなるのが自然の摂理です。
私も、この「話しやすさ」の代償に、何度も苦しい思いをしてきました。
特に役員や管理職として社員の指導育成に力を入れていた頃、公私にわたる悩み相談に毎日のように乗っていました。
仕事が終わったあとも、夜遅くまで居酒屋で部下の涙ながらの愚痴に付き合ったり、業務時間中であっても「専務、ちょっと聞いてください」と言われれば、自分の仕事を止めてデスクの横で話し込んだりしていました。
その結果、何が起きたのか。
当然ですが、「自分の仕事をする時間が、綺麗さっぱりなくなる」のです。
みんなが帰った静かなオフィスで、或いは家に持ち帰って、夜中に一人、溜まりに溜まった書類仕事や経営の数字と向き合う日々が続きました。
「話しかけやすい」という長所は、裏を返せば、相手から小石を投げ込まれやすいということでもあります。
悪気のない相手であっても、こちらがいつでも門を開けて笑顔で待っていると、無意識のうちに「この人なら、いつでも自分のために時間を割いてくれる」、「自分の重荷を代わりに背負ってくれる」と勘違いしてしまうのです。
人の心に耳を傾ける行為は、実はものすごくエネルギーを使う「静かな労働」です。
自分の心というコップに、相手の不安や不満、愚痴という濁った水を少しずつ注がれているようなものです。
善意でそれを受け止め続けているうちに、気づけば自分のコップは満杯になり、あふれ出し、自分のメンタルリソースがカラカラに枯渇してしまう。
ひどい時には、自分で調べることもせずに、なんでも聞きにくる「指示待ちの依存体質」を相手に植え付けてしまったり、ただネガティブな感情をぶつけるためだけの「感情のゴミ箱」や、都合のいい「便利屋」として扱われてしまうリスクすらあります。
自然界の川でも、どんなに綺麗な清流であっても、上流から毎日毎日ゴミを投げ込まれ続ければ、いつかは濁って魚が住めなくなってしまいます。
あなたの優しさや安心感という清流を、濁らせてはいけないのです。
< 生存戦略としての「境界線(バウンダリ)」の引き方>

では、どうすれば自分の清流を守りながら、話しかけやすいという才能を活かしていくことができるのでしょうか。
その答えは、「自分の敷地に、優しくて明確なフェンス(境界線)を立てる」ことです。
これは、冷たい人間になるということではありません。むしろ、長く温かい関係を続けるための「大人のマナー」です。
私が現場と経営の泥にまみれながら見出してきた、具体的なフェンスの立て方をいくつかご紹介します。
(「今は集中しています」を形にする(物理的な境界線))
いつでもウェルカムな姿勢は素晴らしいですが、「今は触らないでね」という時間を一日のうちに必ず作りましょう。
オフィスであれば、特定の時間だけはデスクに「集中時間」という小さな立て札を置く。
あるいは、耳に何も流していなくてもイヤホンを耳につけるだけで、周囲は「あ、今は声をかけちゃ悪いな」と察してくれます。
昔の職人で言えば、「頑固オヤジが黙って背中を向けてノミを叩いている時間」を作るようなものです。
あの背中には、声をかけさせない凄みがありますよね。
その空気を、少しだけ自分でコントロールして作り出すのです。
(最初に「終わりの時間」を握る(時間の境界線))
誰かに「ちょっといいですか?」と声をかけられたら、笑顔でこう返してみてください。
「いいよ!ただ、次の予定があるから、15分だけならじっくり聞けるよ」 これだけで、相手のダラダラとした愚痴やまとまりのない話は、ギュッと凝縮されます。
最初に時間を区切ることで、相手も「要点を話そう」と考えますし、こちらも「15分だけ集中して聞こう」と心の準備ができます。
時間が来たら、「よし、時間だね。また困ったら教えて」と席を立てば、お互いに嫌な気持ちになりません。
(相手の荷物を「背負わない」(心の境界線))
相談に乗る時、一番やってはいけないのは「自分が解決してあげよう」と、相手のリュックサックを自分の肩に背負い直してしまうことです。
特に経理や総務、配送など、実務をたくさん知っているベテランほど、「それはこうすればいいんだよ」と答えを出してしまいがちです。
ですが、相談の目的の多くは「話を聞いてほしい(受け止めてほしい)」だけであって、解決策を求めていないことも多いのです。
「大変だったね」
「そうか、悔しかったね」
と、相手の感情には100%共感しますが、課題そのものには手を出さない。
「で、これからどうする?」
と、リュックサックは相手の肩に置いたまま、横で一緒に眺めるスタンスを取る。
これが、相手の自立を促し、結果として自分の時間を守る一番の近道になります。
<選別する勇気が、あなたの「安心感」の価値を高める>
庭に咲く一本の見事な桜の木を思い浮かべてみてください。
その桜が美しいのは、春という限られた時期に、自らのエネルギーを蓄えて一気に咲かせるからです。
もし、一年中ずっと満開でいようとすれば、木は栄養を使い果たし、やがて枯れてしまうでしょう。
自然のものにはすべて、休む時間と、開く時間があるのです。
自然と人が寄ってくる、あなたの持つ「安心感」や「柔らかさ」は、誰にでも真似できるものではありません。
あなたがこれまでの人生で、多くの人と出会い、多くの現場を踏み、たくさんの生きものや自然を見つめてきたからこそ、その身体から滲み出ている「徳」そのものです。
だからこそ、その大切な宝物を、ただ消費されていくままにしておいてはいけません。
時には「今は応じない」
「ここからは入ってきちゃダメだよ」
と、毅然と選別する勇気を持ってください。
すべての人の、すべての瞬間にオープンである必要は全くないのです。
自分の心と時間のエネルギー(リソース)を適切に管理できてこそ、本当に大切な家族や、本当に困っている部下や仲間がピンチに陥ったときに、100%の力で寄り添う「最高の聞き手」になることができます。
「話しかけやすさ」を、自分をすり減らす原因にするのはもうやめましょう。
これからは、自分の心に優しいフェンスを立てて、あなた自身の人生と、本当に守りたい人を豊かにするための「一生ものの戦略」として、大切に使いこなしていきませんか。
以上お読みいただきありがとうございます。
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