エッセイ部門:)心ひとつで見える世界が変わる
目の前の景色が変わった。
高校の頃、何気ない一言で友人を傷つけてしまった。
傷つける気はなかった。
その時から、自分の発言が怖くなった。
言葉は武器なんだって。
それまでの私は母の影響もあって、言いたいことはズケズケ言っていた。
相手をバカにするような言葉でも周りが笑えばいいと思ってた。
場を和ますからいい事してると思ってた。でも言われた本人は傷ついていたんだよね。それを知った時から頭に浮かんだ言葉は、ぐっと飲み込むようになった。
それから30年ほどたった。
いつのまにか、傷つけたくない より嫌われたくないって気持ちが強くなって。
なぜか立派な人って思われたいってなって…
より自分を出せなくなった。
自分の気持ちを言うと嫌われる。
だから話の内容は正解であろう事を言ってた。
子育ても、旦那や友人との関係も。
自分の気持ちを抑えて、いい母になり、いい妻でいて、いい友であろうと。
友人からは、さぞ立派な人に見えただろうな。
でもつまらない人間だったろうな。
ずっと偽りの自分で生きていた。
最近、本当の心がすこしずつこぼれてはじめた。
友人にあって正解であろう事を話したあとは、必ずと言っていいほど、もやもやしてた。
原因はわからなかった。
わからないから相手を非難してた。
友人に対して、〝もっと家族につくせばいいのに。この先が心配だな!〟って上から目線で思ってた。
そーゆのが、なんどか続くうちに、あれ?私、性格悪くない?って ふと思ったんだよ。
高校生の娘に「私の性格ってどう思う?」確認したら「お母さんは性格悪いよ。」って言われて、正直 びっくりした。
いい人、いい母で頑張ってたのに、なんでそんなこと思うの?って。
娘は私の本心をみてたんだね。
娘には本心を隠しきれずに接してたのかも。
それから自分の心を観察し始めた。
ひとりひとり顔を思い浮かべながら…
そしたら、ほぼ全員を見下して見てた。
友人、夫、母までも…
自分の心の中がこんなに汚いとは衝撃だった。
私、頑張って、色々 我慢して いい人だったはずなのに!って悲しくなった。
なんで私は人を見下してたのか?って深く考えた。
〝傷つきたくなかった。バカにされたくなかった。〟が答えだった。
バカにされたくないし、すごい人にみられたいから、人に どう思われてるかがすごく気になっていた。
人に会ったあとは
私の発言で、嫌な人と思われなかったかな?冷たい人と思われなかったかな?と常に思ってた。
振り返ると臆病な自分がいた。
臆病のクセに上から目線の自分。
直視したくなかった…
それと同時に
自分は、今まで自分をおさえて我慢して生きてきたんだなって、自分を可哀想に思った。
その時に
もう人に好かれようとしない。
立派な人って思われるようにしない。
自分が思ったこと、やりたいことはできるだけ言う。
相手は相手の生き方がある。
自分も相手も型にはめない!
そう決めた時に、世界の見え方が変わった。
それから友人や親戚、母、姉弟にあったけど、一度もモヤモヤしてない。
相手の評価もしなくなり自分の接し方の反省会もなくなった。
本当は生きるのって楽なんだなって感じた。
数日前と今の景色がガラッと変わった。
心ひとつで見える世界が変わった
