53.『香りの行方』|勝手に脚本会議
一度すれ違っただけの香りが、
誰かの心に、そっと残り続けることがある。
■冒頭
香りは、言葉よりも早く、記憶にたどり着く。
ホワイトティー。
清らかで、少し切ない香り。
それは、誰かの過去に残り、誰かの未来を引き寄せ、 誰かが誰かを間違えたまま、優しくすれ違っていく。
■設定
清潔で柔らかく、それでいて記憶に残る香りーーホワイトティー。
とある香水ブランドの香りをめぐって、見知らぬ人々が交差する。
香水は、プレゼントとして、思い出として、 逃れられない記憶として、静かに人を動かしていく。
やがて、煙と香りがまじわる場所で、 彼らはまだ出会っていない誰かの存在に触れる。
■登場人物
深田麻衣
元恋人に贈られた香水を手放した女性。
矢本駿
ホワイトティーの香りに恋する男。
東田桃子
ホワイトティーの香りのシャンプーを使っている女性。
佐藤透
香りと煙の記憶が重なる喫煙者。
野本鴇(とき)
香水を使わない女性。
■各話構成
第1話:香りを手放す女
深田麻衣は、ホワイトティーの香りを纏っていた。 元恋人がプレゼントしてくれた香水。 彼が浮気していたことを知ったあとも、なぜか使い続けていた。
麻衣「…好きな香りだったのにな。香りって記憶に残るんだよね。…裏切られても、香りは残るんだよね」
好きな香りだったが元恋人からもらった香水を使い続けるのは女々しいので、メルカリに出品することにした。女だから女々しくても問題ないんだけどね。なんて自分で自分にツッコんでみた。ゴールデンボンバーの「女々しくて」が頭に流れたからさっさと売ってしまおう。
行きつけのカフェ・ビズで梱包することにした。白い梱包紙の中に、何も書かれていない白紙のメモをそっと入れた。そのメモに香水をひと吹きした。
麻衣「言葉じゃなくて、余白だけ残すか」
彼女の横を、ふと通ったカフェの客が、話しかけてきた。
客「……この香り、私の友達と同じです。いい香りですよね」
麻衣は静かに笑った。
麻衣「それ、誰かの忘れものかもしれませんね」
第2話:香りを探す男
矢本駿は、ある夜、地下鉄でホワイトティーの香りに出会った。 彼女が電車を降りる時落としたペットボトルを拾ってあげた。彼女は「ありがとうございます」と静かに言って電車を降りていった。仕事帰りで疲れていたのもあり、顔も服装もあまり覚えていない。ただ、彼女がつけていたであろう香りだけが印象に残った。
駿「人って、姿より香りで恋することもあるんだな」
我ながらキモい考えだな。こんな考えに至るのも、日々の激務のせいだ。激務を言い訳にPCを開く。
AIに香りの特徴を聞き、香水の名前を突き止めた。ネットで購入し、届いた 香水をベッドに撒いてみる。
駿「この香り…たぶん、あの人のと同じだ」
あれからなんとなく地下鉄で探してみたが、もう出会うことはなかった。
香りだけで、一度見かけた女性を必死に探すほどバカじゃないけど…。
駿「香りだけが残った…のかな」
第3話:シャンプーの香りの女
東田桃子は、最近恋人の態度が少しだけ変わったことに気づいていた。
桃子「ねえ、明日のデートどこ行く?」
シャワーを終えた桃子が話しかける。
恋人の亮太はどことなく不自然に笑った。
バスルームにきた亮太が、ふと漏らした。
亮太「……この匂い、なんか懐かしいな」
桃子の髪からは、ホワイトティーの香りがしていた。愛用しているシャンプーの香りだった。
桃子「懐かしいって……誰のこと?」
亮太は何も答えず、リビングに戻りスマホを触り始めた。
桃子は鏡の前で、自分の髪に触れた。
桃子「…私の匂いじゃないのかもしれないね」
亮太に聞こえないように、ドライヤーの電源を入れてから呟いた。
第4話:香りで思い出す男
佐藤透は、タバコを吸おうと街中の喫煙所に入った。
ライターがなかったが、喫煙所の入り口に立っていた女性が貸してくれた。
あの女の人、吸わないのにライターだけ持ってるのかな。借りたライターは変わった形をしていた。
ふと、近くでホワイトティーのような香りが漂った気がした。喫煙所のタバコの煙の中では、香りの主はわからなかった。
透「…アイツ、今もこの香水使ってんのかな」
かつての恋人が使っていた香り。
自分の吐く煙と混ざると、記憶がよみがえる。
今の恋人は、バニラのフレーバー煙草を吸っている。
香水の香りの元はわからなかったが、恋人と同じ匂いのタバコを吸ってるヤツはすぐわかった。珍しい銘柄だから。
誰かの香水と、ソイツのタバコ。混ざる香りが、彼の過去と現在をかき混ぜる。
透「なんか、ずっと間違えてたのかもな……」
変わったライターの女とバニラのタバコのソイツが並んで喫煙所をあとにするのが見えた。
あの2人、ツレだったんだ。
彼の煙は、風に乗って、白い煙を吐く人たちの肩を撫でる。
ホワイトティーの香りはもうしなかった。
第5話:香りの行方
野本鴇(とき)は、香水をつけない。
ある日、一度だけ友人に借りた香水ーーホワイトティー。 よく知らないハイスペックの男性達との食事会だからと、無理矢理つけられた香水。その食事会は退屈で、結局途中で帰ったけど、友人には悪かったな。普段、香水はつけないけど香りは好みだった。
その香りをつけていた日に、地下鉄で私の落としたペットボトルを拾ってくれた男がいた。カフェ・ビズに行く途中だった。
鴇「…食事の男より、電車の男の方がいい男だった…ような気がする。いい香りのせいかな」
鴇「香りって記憶に残るんだよね。タバコもそうだし…香水もなんだね」
エピローグ
――私は、働いているカフェ・ビズのカウンター越しに、ひとりの女性を見ていた。
彼女は静かに香水の瓶を包んでいた。
白い梱包紙と、小さな白紙のメモ。そこに香水をひと吹きしていた。
香りがふわりと空気に溶けて、カフェの中を満たした。
(あの2人のタバコとはまた違った匂い)
私は「いい香りですね」と話しかけようとしたけど、別のお客さんが先に話しかけたのでやめた。
彼女が席を立ち店を出た。
彼女の座っていた席には、ホワイトティーの香りだけが残された。
「いい香りだったな……」
その香りが、また誰かの未来をすれ違わせていくことを、私は知らない。
クボタヤマダ
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