いつか君の作品を読む日が来ても
文章とは、心を映す鏡である。
相手に好意的であれば、柔らかい文章に。
逆に敵対心を持っていれば、棘のある文章に。
体調が悪ければ、心なしかぐったりとした文字列になり、
逆に興奮していれば捲し立てるように字が詰まっていく。
だから、その返答を見たとき、
私は友情の終わりを悟った。
きっかけはハッキリと覚えている。
約一年前、薄暗いカラオケ店の個室で思わず泣いた日。
気づかないふりをしていただけで、
あの日、私たちの友情は終わってしまっていたのだ。
伝えたら 壊れてしまうと 知りながら
わかってほしいと 泣いたあの日よ
私とTは、将来の夢を語り合う、
いわゆる「同志」だった。
知り合ったのは大学生の時。
同じ学科で、同じゼミで、友達の友達だった。
友人曰く「頭がよくて、可愛くて、性格もよくて、歌もうまい」
当時の私はそれを聞いても「へー」と魂を飛ばした返事をするくらい、
微塵も興味がなかった。
現に大学時代の私は、
Tと「友人」ではなく、
同じ授業を受けているだけの「知り合い」だった。
挨拶もろくにしない――いや、挨拶くらいはしたかもしれないが、
はっきりと会話をしたのは片手で足りるほどの数だった。
Tには当時、唯一無二の、いつも一緒にいる友人がいて、
二人の様子は「ニコイチ」という言葉がぴったりと当てはまるようだった。
視界の端でいつも二人でいるのを見て「また一緒にいる」と思うと同時に、
Tはニコイチちゃん以外の友人を作る気はないんだなと勝手に思っていた。だから私の中で、Tはほとんど風景と一緒だったのだ。
それが変わったのは、Tの書いた小説を読んだ時だった。
私の通っていた学校には特殊な授業があり、小説や評論、俳句、短歌、詩など――文章の創作に特化した授業を受けることができた。
それまで私は、クラスの中で一番小説が上手いのは自分だと確信していた。中学生の時、友人から誘われて二次創作を書き始めた時から、
細々とだがずっと小説を書いてきた。
今思うと、その大半は未完結の、稚拙な文章ばかりだったのだが、
長く続けているという自信と、一度だけ小さな賞を受賞したという事実が、私に尊大な虎の皮を被せていた。
一人一作品を提出し、クラス全員で講評する。
「簡単そうだ」と授業を選択した、初めて小説を書く人たちの文章に私は「やっぱり一番小説がうまいのは私だ」と心の中で嘲笑った。
だけど、そのプライドはすぐに打ち砕かれた。
Tの番になる。
提出されたのは、西洋風のミステリーだった。
現代のラブロマンスばかりが連なっていた中で、それは嫌に目を引いた。
読み終わった私は、呆然としていた。
重厚なストーリー、引き込まれるような会話劇、きれいに収束する結末。
私は感想を求められ、
締め付けられるような喉から何とか綺麗ごとを吐き出した。
吐瀉物の詳細は覚えていない。
「すごく面白かったです」みたいな、
とにかく「すごい」「すばらしい」「よかった」を並べていたとは思う。
ただ、その時の私は頭を殴られた衝撃に耐えるのに必死で。
悔しさだとか、羞恥心だとか、
渦巻く感情を飲み下すのに精いっぱいだった。
後から聞いた話だが、Tはその時初めて小説を書いたらしい。
私は初めて「天才」を知った。
そして自分は「凡才」なんだと悟った。
私はTに酷い劣等感を抱くようになっていた。
Tを見かけるたびに、どす黒い種は、いつだって私の中で燻っていた。
「天才」の友達になれば、創作仲間として高めあう関係になれば、
自分の創作も良くなるんじゃないかと思った時期もあった。
けれど前述したように、Tにはニコイチの友人がいて、
自分なんかが割り込める気は微塵もしなかった。
結局、大学生活の内は「知り合い」止まりで終わった。
それが変わったのは、大学を卒業して数か月、
ゼミの先生が主催する、小説講座の場でのことだった。
読み終えて 称賛の声を 絞るほど
悔しさだけが 喉につかえた
作家になりたいと夢を見ながら、大学生時代何もしなかった私は、
社会人になってからも「なりたい」という夢を捨てず、
だが賞に応募したりと行動することはなかった。
そんな私が唯一していたことと言えば、小説家講座への参加だった。
大学時代からの友人を誘って参加したその講座で、私はTと再会した。
ほとんど知り合いのいない場所で、
見知った人のそばに足が向くのは自然なことだった。
私は友人と、Tと、ニコイチちゃんの四人で静々と作家の話を聞いた。
恥ずかしい話だが、講演してくれた作家が誰だったのか、
どんな話だったのかはまったく覚えていない。
ただ頭の中で「なんでここに?」「彼女も作家志望なの?」「そんなの勝てるわけないじゃん」そんな言葉たちが渦巻いていたのだけは覚えている。
講演後、私たち四人は何となく帰路をともにした。
誰が言い出したのか。
「LINEグループを作らない?」
そんな流れで、私たち四人は創作仲間となった。
天才であるTは、私と同じで小説家を目指しているらしい。
友人や、ニコイチちゃんは趣味として創作を楽しんでいて、
なんとなくグループの中でも二対二に分かれることが多かった。
締め切りを設け、お題に沿った小説を投稿しあったり、
リレー形式で小説を紡いでいったり。
あの頃が、いちばん小説を書くということを楽しめていた気がする。
やがて一人減り、二人減り、私とTだけが小説を書き続けた。
その中で、私とTは三ヶ月に一度程、進捗報告会をすることになった。
一年間の目標を発表しあい、数ヶ月間隔で進捗を確認しあう。
普段、遊びに誘い合わない私たちが、顔を合わせる貴重な機会だった。
Tの近況を聞いたり、私の近況を話したり、
互いの夢への位置を確認しあったり。
そんな会を重ねていたある日、Tから作曲家になりたいと言われた。
昔、歌手になりたかったのだと語ったTは、
自分で作詞作曲し、歌い、動画作成をし、
曲をモチーフにした小説を書きたいのだと、きらきらと目を輝かせた。
そっか、Tの一番は今、小説じゃないんだ。
なんだか寂しさを覚えつつ、私はほっとしていた。
細々と年に一、二回のペースで賞に応募していた私は、
未だに商業作家になることはできず、文筆業で飯を食うなんて夢のまた夢。
二の足を踏む日々だった。
授業でTの小説を読んだ日から、私は、
いつTが私を追い越し、デビューし、
手の届かない位置に行ってしまうのかと心のどこかで怯えていた。
だからTが作曲に集中したいといったとき、
情けないことに嬉しかったのだ。
これでしばらくTは作家を目指さない。
その間にできるだけ頑張って、Tよりも先に作家になろう。
こじれたコンプレックスを抱えたまま、私は「一年間頑張ってみたい。だから連絡とか、遊びの誘いとかは控えてほしい」というTの言葉に、
何も考えずに頷いていた。
同じ夢 語れることが うれしくて
まだ知らぬまま 種火を抱いた
純粋に応援している気持ちはあった。
だからTに言われた通り、
一年間まったく連絡せず、再会を心待ちにした。
一年後、約束していた報告会の日。
最初はカフェで報告し合おうかと思ったが、Tが周囲の目がある中では言いづらそうにしていたので、近くのカラオケ店に入ることにした。
飲み物を用意し、腰を落ち着けた私たちは、
一年ぶりの再会として互いの近況報告から行った。
私は相変わらず停滞する日々を過ごしていて、
特に話すことがなかったため、聞き役へと徹した。
Tの口が回る中、ぼんやりとカラオケ店の壁を眺める。
想像とは違っていた。
――「この一年、ほんとうに曲作りを頑張ったんだ」
――「ようやく完成したの、これ聞いてくれない?」
――「どうかな、初めてにしては上出来でしょ」
そんな言葉が、Tから聞けると思っていた。
けど、Tから語られるのは、参加したイベントの話だとか、
旅行に行った話だとか。
充実した眩しい日々ばかりで、そこに夢は欠片もないように思えた。
「曲は完成したの?」
「ううん、まだ。機械の使い方とかを勉強してるところ。だからもう一年、期限を延ばしたくて」
Tの口は何でもないように、楽しい日々を重ねていく。
何気なく放たれた言葉の意味が分からなかった。
——期限を延ばしたい? なにの?
一年前に言われた「連絡しないでほしい」の言葉がリフレインする。
(こう書くと、まるで私が高頻度でTに連絡していたように思えるが、実際Tと私は頻繁に連絡を取ることはなく、年に数回食事を楽しんだり、歌いながら近況を報告しあう。それだけしかしていなかった)
応援はしてる。
だけど、私以外の友達とは遊ぶのにも関わらず私には「連絡を控えてほしい」と言う。
これって友達って言えるの?
私はもう乾いた笑みしか浮かべられなかった。
「それってさ、友達じゃなくない?」
思わず出ていた言葉。
同時に、ぽろりと涙もこぼれていた。
Tは酷く動揺していて、そんなつもりがなかったことは一目瞭然だった。
「ちがうの、ごめん、期限を延ばしたってのは曲作りの締め切りで、連絡はもうしていいから」
ちくちくとTの言葉が刺さる。
もうしていいから?
まるで私ばかりが、Tに会いたがっているみたいじゃん。
そういえば、Tから何かに誘われることは少なかったなと思い出す。
きっとTにとって、私は何かをしたいと思った時に、
誘う友人ではなかったのだ。
狼狽えるTを困らせてはいけないと、私は慌てて涙を拭う。
「早とちりだったね。そっか、じゃあまた報告会再開する? 三か月に一回が難しかったら、半年とか……」
私の提案に、Tはわずかに表情を曇らせた。
「一年後じゃだめ?」
――それって結局、一年間連絡とるなってことじゃん。
報告会という建前の、会う機会もなくしたいという。
なんだか笑えてきた。
私ばかりが会う機会を作ろうと躍起になっている姿は、滑稽で、醜くて。
ああ、たぶん「友人」に対しての熱量が違うんだなと、指先が冷えていく。
その日は、結局話もそこそこに解散した。
帰り際、互いに上辺だけの謝罪を繰り返し「気にせず連絡してね」と念押しされた。
だけど私は、自分から連絡することも、
Tから連絡が来ることも、きっとないんだろうなと、うっすら悟っていた。
予感通り、年末年始が来ても、一緒に行こうと口約束していたイベントの日が来ても、Tから連絡が来ることはなかった。
会いたいと 言うのはいつも 私だけ
気づいてしまう カラオケの部屋
Tと連絡が途絶えて、もうすぐ一年。
薄暗く、湿度の高い暑さが梅雨を連れてきそうな日。
偏頭痛と戦いながら、私はふとTの事を思い出していた。
あれから一度も連絡を取ることのなかったTのことは、
日常の隙間でよく思い出した。
もう曲は作り終わったのだろうか。
小説を書いているのだろうか。
私に言っていないだけで受賞してデビューしているんじゃないか。
Tを思い出す時は、いつだって不安に苛まれる。
「小人の交わりは甘きこと醴の如し」
私はいつだって、その甘い酒に酔っていた。
罪悪感と、後悔。
自律神経の乱れが合わさり、Tの影を見ることが多くなった。
そんな時、ふと同僚との会話に人間関係の話が出た。
Tについて話してみようと思ったのは、
きっと誰かに慰めて欲しかったからに違いない。
今まで、誰にも言わなかったことを、
なるべく感情的にならずに、同僚へと伝えた。
同僚はしばらく黙っていた。
そして、間髪入れずに言った。
「舐められてますね」
「下に見られてるんですよ」
なんだか息が吸いやすくなった気がした。
私の、ただ定期的にご飯に行って近況を報告しあえたらなって気持ちは、
友人に向けるにしては重すぎるんじゃないか。
そんなネガティブな考えが吹っ飛び、
久々に六月の空に晴れ間を見た気がした。
「……私は、なんていうか、自分が相手を大切にするように、ないがしろにはしてほしくなかったんだよね。友達だから」
同僚は何でもないように「そんなの当たり前ですよ」と真顔でうなずいた。
「自分を大切にしてくれない人といても意味ないから、別れたほうが正解です」
まるでDV彼氏の相談に対する回答のようだと思いつつ、どんな関係でも、友人でも、家族でも、 上司でも、同僚でも
――果ては近所のコンビニ店員でも。
自分を軽く扱ってくる人とは、距離を取るのが正解なのだ。
大切に したぶんだけを 返してと
願う私は 欲張りですか
私は久しぶりにスッキリした頭で、
その日の昼休憩、TへとLINEを送った。
一年ぶりのメッセージ。
直近のやり取りは、カラオケの日。
すでに待ち合わせ場所に先に来ていたTへの「今行くね!」と私が送った楽し気な文字。
私はその画面に小さく付け足した。
「久しぶり。元気? 楽曲づくりはどんな感じ?」
返信は来なくても構わなかった。
来なかったら、Tとの友情はすでに終わっていたのだと、確認できるから。だけど意外にも返事はすぐに来た。
「あれから作業は進んではいるけど、まだ完成はしてない」
シンプルな一文だった。
苦笑が漏れる。
明らかに今までのTとはかけ離れた、文章だったから。
「久しぶり」と送れば「久しぶり」と返し、
文章は日向のように柔らかく、
相手への興味に溢れた文字。
私の知っているTは、もうそこにはいないようだった。
タイミングが悪かっただけかも、具合が悪かっただけかも。
そんなすがるような思いで、三回ラリーを返したが、
Tからの返事は強固になるばかりで、
久々の会話を喜ぶことも、私の近況を聞くことも、ついぞなかった。
それで、よかった。
私の中で、Tとの関係を終わらせる機会が来た気がした。
「頑張ってね。応援してる」
本当だよ。
あなたが小説家になりたいといった時も、
焦りに押しつぶされそうになりながら「互いに頑張ろうね」といった気持ちは嘘じゃないんだ。
「家族が絶対なれるって応援してくれてるんだ」って言われた時も、
打ち明けられてない自分をみじめに思いながら「私もTちゃんならなれるって思ってる」と伝えたことも。
あなたの夢が変わり、曲作りを仕事にしたいといわれたとき、
一年間頑張りたいから遊びに誘わないでほしいといわれたとき、
それだけ真剣なんだなって、Tの夢を優先したいと思ったのは嘘じゃないんだよ。
私は、そっとTをブロックした。
不思議と後悔はなかった。
きっと、これから私は、Tとは知らないで、Tの曲を聴くだろう。
Tの小説とは知らないで、並んだ本を手に取るだろう。
けど、それでいい気がした。
まとわりつくような湿気が、オフィスの空調にかき混ぜられる。
事務机の前で、私はそっとTの背中を押した。
もう二度と 届かぬ名前を 消した午後
知らない歌を いつか聴くだろ
