15歳の息子にしてあげられること
息子の通っていた中学校は、
学年によって
体操着の色が違いました。
息子の学年は
青色でした。
その体操着の色が
そのまま
学年の呼び方にもなっていて。
息子たちは、
青色の体操着なので
青ジャージ
と呼ばれていました。
生徒も先生も保護者も
愛を込めて
青ジャージ
と。
つい先日のこと。
部活動帰りでしょうか。
自転車を漕ぐ
青ジャージを見かけました。
一瞬
あっ
と思って。
その後すぐに
そっかぁ…と。
その青ジャージは
ついこの間まで
見慣れていた
着古した青ジャージとは
明らかに違っていて。
乗っていた自転車も
ヘルメットも
ピカピカに
輝いていました。
そう。
それは新一年生。
今
青ジャージと呼ばれているのは
この子たち…
久しぶりに
青ジャージを見て
懐かしさと切なさと
たくさんの思い出が蘇ってきて
胸がいっぱいになりました。
3年前、
息子もこんな風だったな…
その頃
息子は思春期の入り口にいて。
まだ少しあどけなさの残る
12歳の少年でした。
家族で一番
背が低くて。
そんな息子が
私の背丈を追い越すまでに
さほど時間は
かかりませんでした。
やがて
声は変わり
顔にはニキビが
出来始めました。
体だけではなく
心も成長し
今では
すっかり
私の手の届かない所に
行ってしまったような
そんな気さえします。
おっちょこちょいで
トンチンカンな母親に
半分あきれつつも
さりげなく
フォローもしてくれて。
そんな姿に
子育ての終わりを
感じるようになりました。
それでも時々
こんな私に
ポロッと悩みを
打ち明けてきたりも
するんですね。
そんな時は
不思議と私も
いつもとは違って
逞しい母の姿に
なっていたりして。
でも、
本当は、
私なんかがいなくても
この子は
もう一人でやっていける…
そう思います。
それでも
それでも…
この子のために
何かしてあげられることが
あるような気がして…
こんな私でも…。
それは
具体的な何か
というより
きっと…
そう…
それは…
愛すること
なのだと思います。
それは
これからも
ずっと。
息子が大人になっても
お互い年老いても
死ぬまでずっと。
そしておそらく
死んでもなお…。
そう思ったら
胸がいっぱいになって…。
息子が
私たちの元に
生まれてきたこと
親子として結ばれたご縁に
ただただ
感謝の気持ちが
溢れてきました。
