くどちん、学校やめるってよ。
そこで、アナニアは出かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言った。
「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」
すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。そこで、身を起こして洗礼を受け、食事をして元気を取り戻した。
新約聖書 使徒言行録 9章17-19節 (新共同訳)
こんにちは、くどちんです。キリスト教主義学校で聖書科教員をしている、牧師です。
というご挨拶も、今回を最後としたいと思います。
タイトルの通り、丸20年(非常勤講師も合わせたら22年)続けてきた「聖書科教員」としての働きを、一旦辞することとなりました。
韓国語の勉強を始めたのが2020年大晦日。それがきっかけで、所属している教区で、韓国の教会との交流のための委員会に加わったのが2022年秋。その委員会の一員として、「宣教協約調印式」なるものに出席するべく渡韓したのが2024年春。そして、韓国への留学を志して、20年勤めた学校を退職することになったのが2025年秋の終わり。
……なんだこの展開!!
というわけで、退職することになりました。いや、ほんの少し前までまさか自分が退職することになるとは全く思っていなかったのですが。
上述の通り、語学をやり始め、文化や歴史にも強い関心を持っていろいろと勉強し、縁あって向こうの牧師先生方とも繋がりを得、「もっと学びたい、留学してみたい」と思い始めてから数年が経っていました。
とはいえ夫も子どももある身で留学なんて可能だろうか? うちの夫は家事育児全般私と同等かそれ以上にしてくれているとはいえ、「じゃあお母さんは留学して来まーす!」なんてことが許されるのだろうか? そう悩んでいたのですが、私の見立てをはるかに超えて寛容で理解あるオットは「行って来い」ですって。何ということでしょう。
でも仕事はどうする? 休職して留学って可能? 研修制度とかは無いの? といろいろ検討してみたものの、最終的には「辞める以外に留学する方法は無さそう」と分かったのが2025年春。
「家庭を思えば退職なんて無謀過ぎるし、やっぱり留学を諦めるしかないか……」と落ち込みましたが、最も尊敬する恩師に相談したところ、「後悔の無いように、仕事辞めてでも行って来い。お前ならこれまで築いてきた実績で、またどこででもやっていけるやろ!」との力強いお言葉をいただき、これまた寛容なオットからも「もうブレるな、『行く』って決めて進めて行こう!」と背中を押され。子どもは子どもで、「おれらも好きなことやらせてもらってるねんし、かーさんもやるってことやん」とな。感謝。
40代半ばでも「生まれて初めて」の経験ってまだまだあるものですね。生まれて初めて退職願を書きました。
自分が決めたこととはいえ、そして自分のせいで周囲に様々な面倒をかける決断であるとはいえ、不安になったり戸惑ったり、「なーんでこんなこと決めちゃったんだろ……」と泣きたくなったりもしました。
でも「学校で働く牧師」として20年勤めて来た今、このままで定年までの残り20年を勤め続けることができたかと問われれば、それも難しかっただろうな……というのが正直な気持ちです。
極論すれば、「去年と同じ授業を今年も繰り返して、疑問も向上心も抱かずにただ淡々と勤め続ける」、ということだって可能なはずです。
でも私にはそれはできないな~、と思いました。
キリスト教教育という世界で経験を積んで来たからこそ、それを一度俯瞰で眺めてみたかったし、時代が大きく変わっていく中で一体何を守っていけばいいのか、何をどう変えていかなければならないのか、じっくり考えてみたかったのです。
そういうわけで、40年余りの人生をかなりの「安定志向」で歩んできた私が、ここへ来て清水の舞台からバンジージャンプのような決断をしてしまいました。
でも「大丈夫、きっと神さまが良い道を備えてくださる」と言うことができたなら、何となく一歩踏み出せる力が湧いてくる気がします。信仰ってすごい!
この3月末をもって退職ということになりますので、まだ春休みもあと10日ほど働くよ。私たち教員の辞書に「有休消化」の文字は無い(笑)!
韓国は年度が3月始まりなので、3月末まで働くと向こうの新学期のスタートに間に合いません。語学学校は3カ月で1学期なので、6月スタート(夏学期)から学ぶことにして、準備期間を見越して5月下旬に渡韓する予定です。
ビザが確実なのは語学研修ビザ……ということもあり、語学学校に通いつつ、それと並行して教会やキリスト教教育現場との繋がりを得て、フィールドワークと称して実際の現場をいろいろと見学する機会を持ちたいと考えています。2027年春には帰国する予定です。意外とあっという間かもしれませんね。いや、留守を守ってくれる家族には申し訳ないけど……。
冒頭の聖書の場面はパウロという人が「回心」するお話です。
使徒パウロはもともと熱心で真面目なユダヤ教徒でしたが、主イエスとの出会いを経て「目からウロコ」の体験をし、回心してキリスト教の宣教者となりました。
この回心の出来事、ざっくり推測するにパウロが40歳前後の出来事ではないかと思われます。
人生半ばでの大きな方向転換。
何だか今さらのようにパウロに親近感を覚えてしまいます。
パウロほど偉大な宣教活動に転じていけるかは心もとないですが、私も新しい場所へ出向いて新しい人たちと出会い、新しい福音を告げ知らせる者として、これからの道のりを歩んで行けたらと願っています。
そんなわけで、以後このnoteの位置付けも変わってくるかもしれません。
これまでのような「聖書の言葉と徒然ばなし」のような投稿ではなく(あるいは「のみならず」)、留学準備だの留学日記だの、自分の記録も兼ねてのnoteになっていくのかなと思います。
あんまり「こう!」と決め付けず、その時書きたいことを書きたいように書いてみようかな。
職を辞しての私費留学で、爪に火をともすような生活をすることになりそうなので、「投げ銭」の記事も書こうかな(笑) 読んでくださる皆さんに、コーヒーをおごってもらうようなつもりで!
どんな記事内容ならコーヒーおごってくれますか(・ω・)? リクエストください(笑)
そんなわけで、44歳の春、大きな転機です。
家族はもとより、お支えくださる多くの方々に心から感謝しつつ、人生の「第2章」を歩み出したいと思います。
折しもBTSも「2.0」に入ったしね!!!
「クドウ2.0」だ!!!
しかしなんと私の在韓中は彼らはワールドツアーでお留守だよ!!!
韓半島のお留守をお守りして来るね(涙目)(笑)!!!
記事トップの写真は生徒さんからいただいた花束です。
ありがたいことです。皆さんのためにずっと祈っています。
