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名前を呼べない(掌編小説です)

以下は、感情と向き合う短編小説です。
読んでいただけると嬉しく思います。

少し肌寒い朝の教室。まだ眠そうな顔をしている人が居る時間帯。教室に来た先生が話す。
「えー、今度学校から、坂田が1週間ほど台湾に行く事が決まりました。これはほんとに凄いことですね」

坂田ちゃんは、誰からも好かれる子だった。明るくて、でも出しゃばらず、人の話をよく聞く。何より、努力を恥ずかしがらないところがずるいと思うくらい格好良かった。

私も坂田ちゃんも中国の文化が好きだった。そしてお互いに中国語を勉強していた。一緒に中国語の面白さの話で盛り上がった事もある。2人の共通の話題になった。

私はそんな坂田ちゃんから少し前、「台湾に行けるかも!!もしそうなったら、一緒に行こうね!」と言われた。その時、私は心の奥で、少しだけ夢を見てしまった。私は確かに返事をしたのだ、「うん!一緒に行こうね!」と。

中国語を母国語とする場所。2人の小さな夢が実現しそうな──そんな気がした。だから、行きたいに決まっていた。

──台湾。一緒に行こうって…坂田ちゃんから行ってきたのに──。

私はゾッとした。そう思ってしまったことに、一瞬でも気づいてしまった。気持ちが悪い─。自分が気持ち悪く思える。自分の努力が足りないくせに、自分からは何も行動を起こしてないくせに、自分から台湾に興味があるなんて、行きたいなんて、一言も言わないくせに。

そして何より素直になれない自分が嫌だった。
私も一緒に行きたかった。素直にそう思えない自分。それを、あたかも友達のせいのようにする自分。

こんな自分が海外研修になんて行けるわけがない。それでも、たった1度、2人で歩く、台湾の青い空の下を夢見てしまった。

その日の夜から寝付けなくなった。─坂田が海外研修に行く。そう言った先生の声が頭の中を回っている。

(私って性格悪いのかも)

翌朝、学校に着いてすぐ、1番仲のいい真優と話す。
「坂田ちゃんマジすごいよねー、台湾だってさ!」
「…ね!すごいよね。」

この言葉に嘘偽りはない、私は彼女を尊敬している。本当に尊敬していて好きだと思っている。もちろん友達として。心の底から尊敬しているのだ、しかし、あの時思った"坂田ちゃんから行こうって言ってきたのに"この気持ちも紛れもない本心だった。

真優に言えるわけがない、私がそんな事を思ったなんて。先生にも、言えるわけがない。自分の中に何かが溜まっていく。

──誰にも言えない。

言ってしまえば、自分の醜さを認めるような気がした。自分の中で何かが壊れる気がした。もう坂田ちゃんと仲良くできない気さえした。

この気持ちに向き合う度、自分の心がすり減っていく。自分の心が貧しくなる感覚がする。心が貧しいのは、とても辛いことだと思う。私は耐え難いと思ってしまった。

寝付けない夜。しかし、寝なくてはいけない。明日も7時に起きて、学校に行かなくてはならないのに。明日が来るのが怖い。このまま消えてしまいたいと思う毎夜。

しかしそれでも朝は来る。寝不足の頭を無理矢理叩き起す。

(…行きたくない。)

しかし、学校に行きたくないと親に言えば、無理矢理着替えさせられて、家の外に叩き出されるのが目に見えている。
行きたくない理由なんて、明白である。学校に行けば海外研修の話で持ち切りだから。
数学の先生から英語の先生まで、みんなが口を揃えて言う。

「坂田、台湾に行くんだって?」

それを聞くのが嫌だった。みんな、みんな喜んでるのに。笑顔で拍手して祝福しているのに。それが出来ない私は一体何なのか。何者なのか。どんどん分からなくなっていく。
心がジクジクする。自分が自分じゃなくなる、そんな気持ちに恐怖すら覚えた。

「一緒に台湾研修行こうね!ね!」

この言葉が頭から離れない。

ついに坂田ちゃんが出発した。
みんなが喜んでいる中、私だけが「おめでとう」の裏に別の気持ちを隠してた。それが何なのか分かってた。でもその名前を口にできなかった、正気を保てない気がしたから──。

1週間後、坂田ちゃんが帰ってきてすぐ、学校に大きなニュースが舞い込む。
「坂田が、向こうの大学へ進学する事になった」

頭を殴られた気がした。心の奥から溢れてくる。私も一緒に行きたかったのに、行きたいって言ったのに。
ついに私は拍手が出来なくなった。腕が思うように動かない。この拍手の音が鳴り響く教室の中で、私は泣き出してしまいたかった。

私はもう、坂田ちゃんの前で上手く笑えないと思う。
机の下で、拳を握りしめる。

(──人生って疲れるなぁ)

外は恨めしいほどの晴天だった。

#創作大賞2025 #オールカテゴリ部門

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