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私は料理を棄権した

やっぱり私は、料理が苦手だ――


昨日の昼間、ひとりぼっちのキッチンで  
自分の昼ごはん用に野菜炒めを作っていた。

本当は焼肉のタレで味付けする予定だった。

でも炒め終わって、冷蔵庫の焼肉のタレを探す。

あれ?ない!

いつもそこに鎮座していた焼肉のタレが、どこにもいない。  
ストック置き場を見てみても、焼肉のタレの姿はなかった。

——家に焼肉のタレがない。

もう野菜は、炒め終わっている。  
ここでちょっと萎えてしまった。

でもしょうがない。  

仕方なくレシピを検索して、
適当に美味しそうな味付けに変更してみた。

途中でまた気づく。

あれ、食材の量がレシピより少ない。  
レシピ通りに調味料を入れたら濃くなりそうだ。

そう思って、少し控えめに入れてみた。
出来上がった野菜炒めを味見する。

ん!?  
……味がしない。

いや、正確に言うと  
野菜と片栗粉のとろみの味しかしない。

でも、何を足せば美味しくなるのか分からない。

このレシピは  
片栗粉でとろみをつけるタイプ。

ここで調味料を足して  
もし塩辛くなったら、本当に終わる。

どうしようか悩んで、  
一瞬、捨てようかと頭をよぎる。

でも他に方法がないか、しばらく考えた。

そして出した結論。

——料理の棄権。

味付け調整を脳が拒絶して、考えるのをやめた。

思考停止のまま、  
「夫にあげよう」と思った。

味を調整しようとすら思わなかった。  
何を入れたら食べられる味になるのか分からない。

未知なことに飛び込む勇気はないのだ。

そのままお皿に盛って、  
冷蔵庫の上の段に入れた。

──────

その夜、夫に聞いてみた。

「これ味薄くて、  
失敗した料理なんだけど食べる?」

夫はすぐに言った。
「あ、食べる」

味見した夫は言った。
「どんな味にしたかったかは分かる」

すごい、と思った。  
純粋に尊敬する。

でも同時に、羨ましくもある。  
私には一生できない気がするから。


私は、どんな味にしたかったかすら  
少し忘れかけている。

夫はフライパンを出して、  
手際よく私の失敗作に調味料を足し始めた。

麺つゆとキムチを入れて  
もう一度炒めている。

私はリビングで、自分のごはんを食べていた。

キッチンから音がする。  
冷蔵庫の開く音。  
フライパンが火にかかる音。  
何かを混ぜる音。

夫は今、私の失敗作をなんとかしている。


夫はいつも、料理を  
ほとんど勘でやっている。


味見すると  
「これが足りない」  と分かるらしい。

私はそれが分からない。

途中で直すのが苦手、  
というのもあるけれど、

そもそも私は  
「美味しい味に辿り着くための  
調味料のデータ」を持っていない。


でも夫は、
そのデータを持っているらしい。

私には出来なかったことを、
普通にやっていた。

そして美味しそうに
もぐもぐ食べていた。

そんな夫の横顔を見つめながら
しみじみ思う。


失敗した料理でも  
捨てなくていいんだな、と。

私には出来ないことを、夫は出来る。  
でも夫も、水筒や子どものマグを洗い残す。

それは私が代わりに洗う。  
苦じゃないから。

どこかで持ちつ持たれつ、なんだと思う。
お互いの穴を、お互いで埋めている。

料理を棄権した私の失敗作は、  
夫の夜ごはんに変身した。


#創作大賞2026
#エッセイ部門

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