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頭痛薬の代わりに、今宵もランニングシューズの紐を結ぶ【ランニングエッセイ】

今年は、夜の気温が、まだ優しい。

仕事帰りに飛び乗った地下鉄が自宅最寄り駅に着く。駅構内を歩き、エスカレーターや階段で上を目指す。ようやく地上の出口を出た、この瞬間。「モワっ!」と熱を含んだ生ぬるい空気が肌にまとわりつき、不快感を抱く。それを感じる日が、今年の6月はほとんどなかったように思う。いまのところ、は。

自宅に着いたらスーツを脱ぎ捨て、走りに行く。
もちろん湿気は高い。走ったらちゃんと汗をかく。
走るのを終えて歩いてみると、肌を撫でる空気が心地よく感じられる。

だからまた、夜、走りに出られる。

私は、気圧の変化に弱い。天気痛と呼ばれるものかもしれない。
気圧が動く日は、頭がじわじわ締め付けられる。脳のさらに奥の血管が詰まって、その詰まった場所から、ジンジンと痛みがあふれ出ているかのような感覚さえある。この時期は本当につらい。

朝から頭の奥に鈍い重さが居座る。夕方になっても抜けない。

だからこそ、走るのをやめるのではなく、走ることをしてみる。
無理はせずに、身体と気持ちに従いながら、3~4キロくらいだけ走る。そうすると、脳の内側から滲み出るように全体に広がっている痛みが、頭の左右いずれにも自然に「散って」いく。3キロほど走る頃には、頭の奥にへばりついていた痛みが、左右へゆっくりほどけていくのだ。
治るというより、散っていくという表現こそ正しいかもしれない。走るたびに、その不思議さを思う。

頭が痛いからといって、極力、頭痛薬は飲みたくない。
走ることで頭の痛みがスッと楽になり、気持ちも身体も、その天気痛から〝解放される感覚〟を覚えているからやめられない。

だから、頭痛薬の代わりに、ランニングシューズを履いてしまうのだ。

今年は例年に比べて身体が楽だ。気温が「異常な」高さになっていない、からだ。でも、いずれ、夏が来る。来てしまうのだ。40度を超える日は『酷暑日』と呼ばれるようになるらしい。その言葉を聞くだけで、身構えてしまう。

暑い日、熱すぎる日が、一日でも短くなっていることは、とても朗報だ。
いや、今が涼しいだけで、この涼しいツケは、秋頃に来るのかもしれない。
暑い期間が、後にずれ込む、ということではないといいのだが。

今週は、2つの台風が列島を駆け抜けた。
「雨が続いて走れない」。そんな贅沢は言えない。夏はきっと来る。その前に、走れる夜が、今年はまだ残っている。

今宵も私は、痛みを散らすためにシューズの紐を結ぶ。


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