【第4部!!スマートグラスで未来を照らす編】─ 尊敬と疑念―
◽️2085年3月――東京・山下記念病院
香子は、病室の窓から差し込む春の光を眺めながら、そっと母に尋ねた。
「その江田さんって……母さんの大学の先輩だったのよね?」
池田和代は、ゆっくりと頷いた。
「そうよ。研究室の先輩で、未来科学研究サークルでも一緒だったわ」
少し遠くを見るような目で、和代は言葉を続ける。
「江田さんは、とにかく頭のいい人だった。そして、誰よりも先を見ていて、誰よりも理論が鋭かった。周りからも一目置かれていた存在よ」
一瞬、言葉が途切れる。
「私は……そんな江田さんに憧れていた。尊敬していたわ。そして、私は江田さんを――」
和代は、それ以上を語らなかった。
◽️2026年5月――静岡県立医療機器研究所
江田三郎が研究所に入所してから、まもなく一ヶ月が経とうとしていた。
池田和代は、日々の研究に追われながらも、拭えない違和感を抱いていた。
(江田さんは、大学卒業後、忽然と姿を消した人……。大学に問い合わせても、誰も行き先を知らなかった)
それが、なぜ今になって、ここにいるのか。
会議室で、北川が口を開いた。
「江田君、そろそろ君に研究テーマを任せたいと思っている」
五十嵐が頷く。
「君の量子化学の専門を活かして、データ通信系の開発をお願いしたい」
しかし江田は、迷いなく言った。
「ありがとうございます。ですが、自分は――528Hzの研究に携わりたいのです」
一瞬、空気が張り詰める。
「528Hzは池田と南藤が中心で進めている」
北川がそう言うと、江田は一歩も引かなかった。
「承知しています。ですが、現在、実験データ取得で行き詰まっていると聞いています。自分も是非参加させてください」
北川は少し考え、池田を見る。
「……いいな?」
池田は一瞬だけ迷い、頷いた。
「……分かりました」
◽️研究室
南藤が端末を操作しながら江田に説明する。
「このフォルダに、これまでの528Hz実験データが入っています」
池田が補足する。
「現在の進捗は、スマートグラス内蔵スピーカーからの照射量とめまい抑制効果の相関を調べています」
「同時に、視覚刺激を抑えるため、自律神経を乱す可能性のある波長をカットする特殊コーティングも試しています」
池田は、少し疲れた表情で言った。
「問題はめまいの程度に個人差がある事です。適正な照射量の設定が、とても難しい」
池田が研究室を出た後、江田は静かに南藤に尋ねた。
「528Hzに、DNA修復機能があると聞いたことがあります。これって本当ですか?」
南藤は、はっとして江田を見る。
「……なぜ、その話をご存知なんですか?」
江田は、穏やかに微笑んだ。
「噂です。ただ、真実を知りたかっただけですよ」
◽️東京・内閣総理大臣室
藤堂豪機は、静かに報告した。
「江田は、予定通り研究所に潜入しています」
藤堂武光は満足げに頷く。
「江田は信用できる男なんだろうな?」
「ええ。私は彼のことを、よく知っています」
◽️和代の自宅
夕食後、夫の渡辺良和がふと思い出したように言った。
「そういえば、研究室に新しい人が入ったんだって?」
「ええ。大学時代の先輩で、江田三郎って人」
良和の箸が止まる。
「……江田三郎?あの江田三郎か?」
「知ってるの?」
「大学の同期だったよ。学部は違ったけど、同期の中じゃ有名だった」
良和は記憶を辿る。
「確か、卒業後すぐアメリカに渡ったって話を前に同窓会で聞いたな」
「アメリカ……?」
「イリノイのDNA未来研究所に入ったって」
和代の胸が、ざわりと波立った。
(イリノイ……DNA未来研究所……)
◽️その日の深夜――医療機器研究所 守衛所
「忘れ物をしてしまって」
江田は、穏やかに微笑んだ。
「中に入らせてください」
守衛は慣れた手つきで操作する。
「スマートグラス研究室、ロック解除しますね」
「いえ」
江田は静かに言った。
「生物評価研究室に行きたいんです。南藤さんから頼まれていまして」
守衛は疑うことなく頷いた。
「分かりました。解除します」
重い電子音とともに、扉が開く。
その背中を、監視カメラの赤いランプが静かに見つめていた。
第9話へ続く
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