17年越しの答え
長い間、でもあっという間。
どうやらボクは、この言葉が聞きたかったようだ。
「お父さん」と呼ばれるようになった、
あの日からずっと。
結婚して17年。
ついに今日、23歳になった娘が結婚式を挙げる。
この時点でなんとなくお気づきかもしれないが、いちおう言っておくと、ボクと娘は血が繋がっていない。いわゆるステップファミリーというやつだ。
そんな娘と初めて会ったのが2歳、そして妻と結婚し、「お父さん」となったのが6歳の頃だった。その日から今日まで、「本当のお父さんじゃないくせに!」なんてドラマのようなセリフを言われることもなく、なんとかこの晴れの日を迎えることができた。
今日はそんな一日を、記憶が色褪せないうちに書き残しておきたいと思う。
***
2026年5月5日──
よほど日頃の行いが良いのか、前日の大雨が嘘のように、雲ひとつない晴天となった結婚式当日。まるでふたりを祝福するかのようになどと、ありきたりな表現がピッタリなくらいのキラキラした日となった。
お昼からの式に合わせ、妻と上の娘(この子とも血の繋がりはない)と3人で、朝8時には家を出発。会場に着いてすぐ、女性陣はメイクやヘアアップ、着替えをプロの方にしてもらう。その間、お父さんことボクは放置。10時半までに着替えておいてくださいねっときたもんだ。男なんてそんなもん?などとイジけている間に準備完了。いつもより何割か増しに着飾ったボクたちは受付に向かった。
受付もつつがなく終わり、いよいよ式が始まる……ちょっとその前にことわっておこう。ここまで結婚式と言ってきたが正確には、結婚式でも披露宴でもなく、ウェディングパーティーというものらしい。あまり形式ばったものだと、恥ずかしがり屋で緊張しいの二人はドキドキしちゃうので、カジュアルにやりたかったみたいだ。
だから結婚式でよく見る、父親と一緒にバージンロードを歩く的な演出などはない。正直に言えば、ちょっと憧れはあったけど、ボクも恥ずかしがり屋で緊張しいなので、これはこれで良かったのかもしれない。
さぁ!いよいよ式が始まる。
***
「新郎新婦の入場です!」
曲とともに開かれる扉。窓から差しこむ白く眩い光の中に、ウェディングドレスを着た娘と、夫である王子が立っていた。
もうこの時点で妻は号泣。せっかくのメイクが崩れないよう女優のような仕草で涙を拭いていた。そういうボクも目頭が熱くなり、鼻の奥がツンとする。あぶねー。もし一緒に歩いていたら泣いちゃったかもしれないな、などとどうでもいいことを思いながらふたりを眺めていた。
王子の挨拶が終わり、ビュッフェスタイルで食事がスタート。今日という日をしっかりと記憶に刻みたかったボクは、アルコールは摂らないでおこうと決めていた。なのに、なんだかすでに頭がぽーっとしているのは何でだろう。
ここでこんなアナウンスがあった。
「お席の席札の下にお手紙があります」
一緒に座っていたばあちゃん(妻のお母さん)の席札の下には、娘からの手紙が挟んであった。でもボクと妻の所には手紙がない。ということは……妻と目を合わせる。とりあえず泣く覚悟はしておこう。
その後も和気あいあいと食べたり飲んだりしゃべったり。途中、二人で考えて作ったというクイズや、定番のケーキカットなども挟みながら、式はどんどん進んでいく。
そして、お腹もふくれ、初めて着るモーニングや慣れないネクタイに首や肩が悲鳴を上げだした頃、こっそりスタッフがボクと妻の元にやってきてこう言った。
「この後、ご両親へのお手紙があります。時間が来ましたらご案内しますので、このままお待ちください」
ついにきたな。妻と目で頷き合い、身だしなみをチェック。食べカスが付いていたら恥ずかしいので、ふきんで口をゴシゴシ拭いた。妻もハンカチの準備OK。さあ、ドンとこい!
「では、こちらへお願いします」
指定された場所に立つボクと妻。
机を挟んだ向こう側に娘と王子が立っている。
照明が暗くなり、娘が手紙を読み始めた。
──お父さん、お母さんへ
子供の頃は誕生日のたびに、よく手紙を書いていたけど、大人になってからはなかなか機会がなくなってしまっていたので、今日は結婚という人生の節目に、2人への感謝を伝えたくて、手紙を書きました。
まず、お父さん、今日まで私を……
ここで急に感極まる娘。嗚咽でなかなか次の言葉が出てこない。バカタレ。そんなの見たらこっちまで泣けてくるじゃないか。がんばらんかい。
──まず、お父さん、
今日まで私を深い愛情で育ててくれて、ありがとう。小さい頃、毎週のように公園で全力で遊んでくれたこと。家で絵を描いたり、いろんな遊びを教えてくれたこと。お父さんと過ごす時間は、私にとって何より楽しく、大好きな時間でした。小さい頃の私は、なにをするにしても「お父さんの真似をしたい!」って、いつも後ろをついて回っていたと思います。
たしかに、小さい頃はボクにベッタリだった娘。ボクのやる事なす事マネをして、ケガをすることもしばしば。(自転車でカーブを曲がりきれず木にぶつかるとか)ボクにとっても何よりも楽しくて、幸せだったあの時間が、まるで昨日のことのように鮮やかに蘇ってくる。なんだか胸が熱い。
──成長するにつれて、いっしょに遊ぶ機会は減ったけど、私はずっとお父さんの器用さやセンスの良さに憧れていました。大人になった今でも、ふとしたときにお母さんから「お父さんとおんなじこと言うね〜」って笑われるけど、それは私がずっとお父さんに憧れていたから、きっと無意識にお父さんの話し方とか考え方がうつっていたんだね。
そんな風に思ってくれていたんだと思うとなんだか照れくさい。反面、そこはボクに似なくてもいいのになぁと思う所もあるけれど、やっぱり親子って感じがして嬉しい。血の繋がりのないボクにとって、「似ている」というのはとても嬉しいことだったな、と久しぶりに思い出す。なんだか目頭も熱くなってきた。そんなボクに、さらにこんな言葉が届いた。
──お父さん、
お母さんと結婚して、
私のお父さんになってくれて、ありがとう。
お父さんの娘になれて、私は幸せです。
あぁ……
……うん。
どうやらボクは、ずっとこの言葉が聞きたかったみたいだ。
「お父さん」と呼ばれるようになったあの日から、
ボクが「お父さん」で良かったんだろうか
ボクが「お父さん」で幸せだったろうか
それだけがずっと聞きたかった。
ボクは、普通のお父さん(血の繋がりがあるという意味での)と違って、最初からお父さんだったわけではない。子育てだって途中からだ。親であって親でないようなボクだから、普通のお父さんとも、普通のお母さんである妻とも、子に抱く気持ちは、同じようで少し違うと思う。でも、だからこそ逆に、今のこの気持ちは、血の繋がりのある親では感じ得ないような特別なものだと思う。
手紙を読む娘を見ながら、なぜか幼い頃の娘がそこに居るような不思議な感覚になる。あの頃感じていた、小さくて愛おしい娘を久しぶりに心の中で抱きしめた。
娘になってくれて、ありがとう。
そしてお父さんにしてくれて、ありがとう。
お父さんもキミの「お父さん」になれて幸せです。
そして、そんな娘に出逢わせてくれた妻にも感謝したい。
ありがとう。
今日やっと、胸を張って父親になれたような気がした。
──そして、お母さん。
(長くなりそうなので割愛)
最後に娘から手紙を受け取った。
涙を浮かべながら笑っている娘。
王子もその隣で微笑んでいる。
そのときボクはどんな表情をしていただろう。
ふたりの目を見て、頷き、ボクと妻は席に戻った。
ふぅ、なんとかギリギリ涙はこぼれなかった。まあ少し上を向いていたけれど。妻はもちろん号泣。またもや女優のごとくハンカチで目頭をおさえていた。
久しぶりに聞いた娘の根っこの気持ち。
ボクは、懐かしさに似た温かさに包まれていた。
そしてこれは、いま隣にいる妻とふたりで勝ち取った、幸せの瞬間だった。
最大のクライマックスを終えた式は、終わりへと近づいていく。そして最後に王子からの挨拶。感謝の言葉に続き、用意していた決め台詞でカッコよく締めるつもりが、それをド忘れするというお茶目っぷりで、笑いに包まれながら無事式は終了した。
***
最後の最後、娘と王子を囲むように、ボク・妻・上の娘の5人で集合写真を撮ることになった。その際、カメラマンが「お父さんとお母さんももっとくっついて」なんて言うもんだから、
「じゃあ、手でも繋ぐか」
と妻の手を握った。
「ステキ!」
向こうの方でスタッフの誰かがそう言った。
若さはともかく、ラブラブ度ではまだまだルーキーには負けない。
カシャ!
そこには、5人の家族が笑顔で写っていた。
