生まれてきてくれてありがとう💛
隣で、中2の知的障がい児の長男がお歌を歌ってる。
歌はいろいろ。
HANAのBlueJeansから、サザエさんまで笑
歌詞はちゃんと歌えないけど、音程はバッチリ👍
日曜の朝は決まって、まだ寝ていたい僕に
「おさんぽ。 おさんぽ。」
と朝の散歩を要求してくる。
もう11年もうつと戦っている僕からすると
とにかく家から出たくない。
でも、カタコトの言葉で
「おねがいします💛」
っていわれると一緒に行こっかなってなる。
長男に知的障がいがあるのが分かったのは3歳のころ。
どうも、周りの子と様子が違う。
心配になり、連れて行った病院で、衝撃の事実が告げられる。
「息子さんは、重度の知的障がいで、自閉症スペクトラム(ASD)です」
頭が真っ白になった。
妻は何も言わず、僕と妻の間には、永遠とも思える沈黙が流れた。
そこからは、本当に怒涛という言葉がぴったりの激動の日々が始まった。
毎日のおねしょが中1になるまで続いた。
オムツはすぐ破ってしまうので、防水シーツの上で寝かせ、
決まって午前3時ごろにおねしょをする息子を事前に起こし、トイレに行かせる毎日が続く。
大変なんて次元の話じゃなかった。
いたずらはしょっちゅう。
家の洗剤が全部捨てられるなんてかわいいもの笑
障子がやぶられたり、
羽毛布団の中身の羽根を
部屋中にまき散らして、まるで
なにかのミュージックビデオみたいな光景が部屋中にひろがったり笑

叩きたくなるときも沢山あったけど、
叩くともっとエスカレートするって話を聞いてたので、ぐっとこらえて
「こういうことしたらだめなんだよ」
と諭す日々。
あと、僕の親はちょっと変わった親で、
「お前から子供が知的障害だってことを聞いた時は、本当にがっかりしたんだよ」
なんて言葉を受けたこともあった。
悲しくて仕方なかった。
「なんでそんな事言われないといけないの?」
そんな中、僕は前職のパワハラが原因でうつ病を発症。
自分のうつと子どものおかしな行動、妻もイライラのせいか僕への当たりも強くなった。
「消えてしまいたい」
ある日、僕は、建築の現場に向かう途中、
無意識に対向車のトラックの方にハンドルを切っていた。
トラックが早く気づいてくれて避けてくれたからよかったものの
タイミングがちょっと違ったら、僕はここでnoteを書いていることもなかっただろう。
ほどなくして僕は、その会社を辞めた。
そして、今は、周りがみんな優しい会社で、仕事をしている。
いつからだったかな。
その後も続くうつの中、息子の存在が
暗い海に立つ灯台のように感じ始めたのは。
天真爛漫な笑顔や、朝の散歩で楽しそうに公園で遊ぶ姿。
音程だけはバッチリなお歌。
すべてが僕の軋むような心をふっと軽くさせるようになった。
そして今朝。
ふと思った。
「この子がいてくれてよかった」
きれいごとではなく、本当に。心の底から。
うつはいつ寛解するかなんてわからない。
もしかしたら、生きてる限り付き合わないといけないのかもしれない。
僕は、うつで、今の会社を休職しないといけなくなるかもしれない不安を打破するために、副業としてnote執筆を始めた。
いろんな勉強をするなか、
自分の発信がもしかして、一貫してないんじゃないか。
なかなか結果が自分が目指している結果にならないのは、自分が何屋さんか分からないのが原因じゃないかなんて悩んだりした。
でも、こうやってnoteを書いていると、心がふっと軽くなる。
楽しいからいいんじゃない?
そう思えるようになった。
そして、今日の朝に、
絶妙なタイミングでサザエさんを歌う息子の歌声を聴いて、心が決まった。
この子や、障がい児のきょうだい児として頑張っている次男。
そして妻のためにも、自分らしく発信をしていこう。
そんなことを思い、30分前にPCを開いて、この記事を書いている。
僕にとってnoteを始めたきっかけは、
いつ休職になってもいいように
収益を得たいということで、
いまもそれに向かって毎日勉強中だ。
でもたまにはこうやって自分の気持ちを、
一筆書きのように綴っている時間も、
それができるこのnoteという場所も、
大切にしていきたい。
そしてあらためて息子たち、妻にむかって、言いたい。
「生まれてきてくれてありがとう」
最後までお読みいただき、ありがとうございます😊
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noteを書いていると必ず訪れる発信疲れ。
それは、5つの心持ちで未然に防げるものでした。
疲れずに選ばれ続ける理由がここに。
それでは、またお会いしましょうね。
くま
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