【ピリカ文庫】赤ワイン【ショートショート】
「それは何?ワインでもそそいでくれるの?」
昼下がりの病院。私は白髪の女性と病室に2人きりだった。
品が良く穏やかな笑みを浮かべた女性は、水色のパジャマの上に白いカーディガンを羽織っていた。
白い指に薔薇モチーフのシルバーリングが光る。
私は視線を変えずに、彼女の指の関節をほぐしながら答える。
「ああ....これですか?そうですね。
ワインでもごちそうできれば良かったのですが」
私は彼女が興味を抱いたその物体を手に取る。
「これなんか、まるで赤ワイン.....ですね」
西の窓のカーテンの隙間からやわらかにそそぐ光を反射しながら、赤い色の濃淡が変化する。
2人はそれを静かに見つめた。
物体の名は『アクリルコーン』
リハビリテーション訓練器具の1つ。アクリル製のハンドコーンでカラフルな6色が着色されている。
彼女は独身で身寄りがなく、ここ数年ケアハウスに入所していた。ふとした油断から転倒してしまい、手を骨折して手術をした。その後、リハビリテーションを受けることになり、私が担当となった。
「赤ワインはね。フランス産のよりも、オレゴン州のものが好きなのよ。この話聞いてもらえるかしら」
私はそれから毎日、手の練習を続けながら、話を聞かせてもらった。
ポートランドって知ってるかしら?オレゴン州の西にあってね。
ここのピノ・ノワールは有名なの。フランスのブルゴーニュ地方と気候が似ていてね。品質が良く一級品のワインなのよ。
私は当時親しくしていた彼と一緒にワイナリーをまわったわ。
ウィラメット・ヴァレーをめぐって、ポートランド美術館に行ってモネの睡蓮の絵を鑑賞して...書店や中古のレコード店も尋ねた。
今でも思いだせるの。その風景、匂い、感じた気持ち。全てが最高だった。
私は彼女の話を毎日楽しみにしていたが、ある日それは突然終止符をうつこととなった。
彼女の退院が決まったのだ。
今日は最後のリハビリテーション。
彼女は変わらず穏やかな笑みを浮かべた。
「私が1番思い出に残っている味があるの。想像つくかしら」
私は少し考えたが、首を横に振って彼女の返事を待つことにし、視線を投げ返す。
「彼と出会ったばかりの頃、貧乏しててね。
四畳半の部屋で、彼が奮発して買った安い赤ワイン。私の誕生日で1輪だけ赤いバラも買ってきてくれた。それが私の1番」
「心に刻まれるものは、お金でもない。場所でもない。大切な人と過ごした時間、全てはそこに尽きるわ」
「ワインは空気とともに味も変化する」
「それをまた楽しむのよ。時間とともに。
ねえ、それって人生と一緒じゃない?」
彼女はその後、無事に施設へ退院した。
ケアハウスでは月に1度お酒をたしなむことを許されている。
私は
彼女が赤ワインを楽しんでいる姿を想像しながら
彼女が紡ぎだしたそのことばたちを
ワインのようにふくみながら
自分にもいつか来たるその風景を
いつまでも待ち望んでいるのだ。
以上ですが、今回は創作でした。
創作はこれで3回目ですが、なかなか慣れないのです。
テーマは「赤ワイン」でした。
赤ワインって、お酒飲まない私には、自分の引き出しがなかなかなくてですね...。書くのにちょっと悩みました。
(夫に話したら「書くなら飲んでみなよ」と早速赤ワインを買ってきてくれました。飲んだけど、やっぱり美味しさがわかっていない私です。おこちゃまだな....)
このお話は半分事実、半分私の空想から成り立っております。その辺りは、私のお仕事を知っていらっしゃる方は読んでいて何となく察して頂けたかと思います。
今回はなぜ創作を書いたのかと言いますと
ピリカさんというnoterさんからお話を頂いたからなんです。
ピリカさんは企画マガジン「ピリカ文庫」の運営と
音声配信「すまいるスパイス」で活動されている人気noterさんです。
私のピリカさんの印象は「ほがらか」です。すまスパでもどんなゲストでも相手の方のお話を聞くのがお上手なんですよね。何というか...安心感と包容力がすごい。あの笑い声が人をリラックスさせてくつろがせているのだと思います。
そして、ピリカさんは私の母親が以前勤めていた職業と同じ職業に従事されておりまして、勝手に親近感を抱いております。音声配信はいつも移動中に楽しんで聞かせてもらっています。
このショートショートはピリカさんの配信「すまいるスパイス」でも音読して下さる予定となっています。
自分が書いたものが読まれるというのも、またわくわくしますね。
楽しみに待ちたいと思います。
このような貴重な機会を頂きまして、まことにありがとうございました。この場をかりましてお礼をお伝えしたいと思います。
また、こんなやつで良かったら遊んでやって下さい。
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