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旬杯

海の日も 浜辺の波は 同じかな

今日は海の日、浜辺に来た亀三雄はそう口ずさんだ。亀三雄は抱いていた恋心が海を照らす灼熱の太陽によって蒸発させてしまったような気がした。「まさか相手がいたなんて」
亀三雄の恋は春先からであった。なんとなく生涯付き合えるような趣味が欲しい。それもお金がかかないもの、道具がいらないものを探していた時に出逢ったのが俳句であった。「俳句をたしなめるというのはカッコいいなあ」そう思って入った俳句教室には、若い亀三雄とあまり年齢の変わらない女性が先生である。亀三雄はその女性に恋をしてしまう。「先生に少しでも近づけるためには、俳句をしっかり学ぶしかない」と必死になった。それは功を奏したのか、亀三雄は習い始めてからメキメキと頭角を現し、先生からも「毎回成長していますね」と笑顔で褒めてもらえたのだ。
 そして一度だったと思う。食事を共にしたこともあった。だが亀三雄が恋心を持っているものの、郁子先生の気持ちがわかるはずもない。所詮は俳句の生徒と先生の関係に過ぎなかった。「でも、いつかチャンスがあれば」そう思っていた矢先、郁子先生が別の男の人と一緒に街を歩いているシーンを見てしまったのだ。
 亀三雄が落ち込んだのは言うまでもない。あの日以来2週間、それまで休むことのなかった週2回の俳句教室を休んでいる。
 亀三雄はしばらく海を見た。海はいつもと変わらぬ波を打ち寄せる。何も変わらない風景がそこにあった。今の亀三雄の感情も早くその平常な姿に戻らなければと思っている。「俳句の世界を教えてくれた郁子先生には感謝だ」亀三雄はそう思った。その時、聞いたことのある女性の声での俳句が聞こえたのだ。

海を見て さびしい時を 忘れ夏

「あれ?」君をが振り返るとそこには郁子先生がいた。「あ、やっぱり!最近さぼってますが、どうしたんですか?」郁子先生は急に休みだした亀三雄が心配だったようだ。この場所がすぐにわかったのは亀三雄が、郁子先生にこの場所の話を良くしていたらである。
「え、あ、僕は、郁子先生に素敵な男性がいたのを見て、ちょっと寂しく」亀三雄は無意識に本音を口ずさむ。どうも郁子先生の前では嘘がつけないのだ。「え?」驚いた郁子先生。「それって、兄と一緒にいた時かしら?」
郁子先生の意外な言葉に亀三雄の表情が急に明るくなる。「お、お兄様?」
「そう、兄よ、私はそんな素敵な相手はいないわ」そう言って口元を緩め、白い歯を見せて笑う郁子先生。
「そんな素敵な女性なのに、男性がもったいないよ」亀三雄はそういうと。郁子先生はこういった。
「そうねえ、私はやっぱり俳句を趣味とする男性がいいかなあ、例えば、兄といるのを勘違いして、海辺で落ち込んでいるような純粋な男性とか」
 郁子の言葉に思わず顔が赤くなる亀三雄。照れを隠すように口を開く、「え、あ、先生、ここでもう一句詠んでいいですか」「はい、休んでいる間の特訓の成果をどうぞ」
そう言うと郁子先生は亀三雄の手を握る。手元から伝わる郁子先生のぬくもりに、心が落ち着くような気がした亀三雄は、口元を震えながらこう詠んだ。

恋心 夏の海にて 花開き


こちらの企画に参加してみました。(引用のミニ小説以外が参加内容です)

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