和田誠 『銀座界隈ドキドキの日々』 文春文庫
あまり他人の何かを羨ましいと感じない質なのだが、本書で展開されている交友関係は楽しそうだなと思う。仕事のつながりのようなので、字面に反して厳しいものが横溢しているに違いないのだが、だからこその楽しさでもあると思う。コアとなる技能があると、それを頼りに人や仕事がつながるものなのだろうか。私にはそういうものがないので、わからないのだが。
和田の仕事については、以前このnoteに記したことがある。それまで認識されていなかった「イラストレーター」という仕事を創造したところに和田の真価があるのだろう。「イラストレーター」がどうこうということではなく、既存の枠組みに囚われることなく、世の中に新たな価値を認めさせるという姿勢というか生き方がすごいな、と思うのである。「類は友を呼ぶ」というが、おそらく自然にそういう才能、才人が共鳴し合い新たな世界が出来上がっていくものなのだろう。
本書は和田がミニコミ誌『銀座百点』に連載したエッセイをまとめたものだ。連載開始早々に文藝春秋の編集者が目をつけ、2年に亘る連載の終了を待ちかねるようにして発刊されたそうだ。和田が新卒で入社した会社が銀座にあり、社会人としての刷り込みがその界隈で行われたということだ。何事も最初の体験がその後の思考や行動を左右するものだ。自ら生活を立てる門出は、バイトであれ、就職であれ、やはり大きな意味を持つ。既に様々な仕事で名を上げている人が駆け出しの頃を綴ったものは、編集者でなくとも目をつけるだろう。
和田は私の親世代なので、本書に描かれる銀座の風景は私にはわからないものばかりなのだが、全く手掛かりがないというわけでもない。本書にはランブルという喫茶店が何度か登場する。私は下戸で酒の方は特定の種類の酒で一合程度が適量という寂しい状況で、社交の飲料となるとコーヒーくらいしか身体が受け付けない。そのコーヒーにはいろいろ拘りがあって、よくあるチェーン店のコーヒーを旨いとは思えない。しかし、コーヒーは好きで、自分が信頼する焙煎屋や焙煎人が焼いた豆を自分で挽いて、ポタポタと落として淹れている。他人が淹れたコーヒーで旨いと思ったのは、本書に登場する銀座のランブル、表参道の交差点近くにあった大坊珈琲、小石川にあった橙、などなど指を折って数えることができる程度しかない。どの店も今はそれぞれの事情で無くなってしまった。たまになんとなく入って旨いと思う店もあるが、自分が淹れたものが一番旨いと思っているので、決まって訪れるというような店がいつまで経ってもできない。それはそれでいいかなと思っている。
まだ下手糞デザイナーだったが、ライトの勤めは楽しかった。少々の遅刻などは誰もとがめなかった。会社に着くと誰かがコーヒーを飲みに行こう、と誘ってくれる。「ウエスト」とか「ランブル」によく行った。名曲喫茶「らんぶる」というのも銀座にあるが、ぼくたちの行く「ランブル」は会社のすぐ裏の、中年夫婦がやっている小さな店だ。
「ランブル」は真っ当に豆を焙煎して、抽出する当たり前のコーヒーを提供する店の走りのようなものだった。店主の関口さんは学究肌で、焙煎のあれこれを一から自分で探求し、道具類も自ら工夫して新しいものを拵えて、コーヒーを淹れていた。だから、ちょっと気難しいところもあったのかもしれない。
「ランブル」という店もコーヒーがおいしかったが、打ち合わせなどしていると「うちはコーヒーを飲むところで仕事をするところじゃありませんよ」と叱られてしまう。
それで和田とその周辺は会社の外で打ち合わせをするときには「ランブル」ではなく「ウエスト」を使っていたらしい。ちなみに、スタバの日本での一号店(空港内店舗は除く)は銀座で、タリーズの一号店も銀座だそうだ。店舗単位の損益では、タリーズの銀座一号店は数年で黒字になったが、スタバは赤字を消せなかったという。これはだいぶ以前にタリーズの日本での創業者である松田さんから伺った話なので、伺った時点(いつのことだったか記憶が定かでない)でのことで、今どうなっているのか私は知らない。さすがに、1996年の開店から30年近く経つので、今はスタバの銀座一号店も償却を終えて累積損失は解消しているのではないか。尤も、スタバは米国の本家の方が大変なことになっているらしいので、別の心配がないこともない。一方、タリーズの米国本家は2012年に倒産し、今は商標だけが残ってあちこちで使われているようだ。日本のタリーズは紆余曲折を経て現在は伊藤園の事業部門の一つになった。何事も資本の論理がモノを言うらしい。
資本の論理といえば、デザインというものを巡る仕事の環境も、デザイナーの立場も、和田が仕事を始めた頃からだいぶ変化したのだという。戦争で焼盡と化した国土が一応の復興を遂げ、生活が落ち着いてくると、人はゼニカネに走るようになるらしい。人の暮らしを支えるはずの仕事も、その中身はさておき、儲が一番大事という方向に傾く。企業の広報や宣伝も、手間賃を払って社外の専門家に委託するより、社外に流出するコストの削減を図るのが常道となる。そうなると、デザイナーとクライアントとの関係も変化するらしい。
デザイナーとクライアントの関係が少しずつ変わり、広告代理店の存在が目立つようになってきた。デザインや広告の専門誌には、アメリカの広告デザイン事務所の紹介記事が多くなり、記事の中には「戦略」「マーケティング」「リサーチ」などの言葉が登場しはじめた。「プレゼンテーション」という言葉も使われるようになる。こいつは言葉だけでなく、実際の行動をともなうから厄介だ。っまり、こんなことをやろうと思うがどうですか、とクライアントにおうかがいを立てるのである。口で言うだけでなくスケッチを見せる。スケッチも丁寧なほうがシロウトにはわかりやすい。だんだん本番と同じようなものを作ることになる。そのうちクライアントは一案だけでなく、A案B案出せ、こっちで選ぶから、と言い出すようになった。
いや、ライトにいるとまだそれほどの締めつけはなかった。世の中こんなふうだよ、と広告代理店に勤めている友人に聞かされてぼくは憤慨し、「レストランに入ってカレーライスとハヤシライスを出せ、うまそうなほうを食うから、と言うのと同じじゃないか」などと言ったが、むなしい抵抗のように思われた。デザイナーが職人的な気分で広告を作り、クライアントも「餅は餅屋」と考えてくれる時代ではなくなりつつあるらしい。
昔、立川志の輔の新作落語で、みどりの窓口で繁忙期に列車の予約をしようとした客が自分のお目当ての列車が満席であると駅員に告げられ、こう詰め寄る件がある。
「それなら、その箱(切符を発行する機械)に入っている切符を全部出してここに並べろよ。そっから俺が乗りたい電車の切符を選ぶよ」
本書の記述とは関係ないが、「カレーライスとハヤシライス」で、ふと、思い出した。無知の横暴が生む滑稽だ。
和田はライト・パブリシティで東レとキヤノンの仕事をしていた。キヤノンでは担当者がデザイナーの仕事というものに理解のある人で、広告のデザインは和田に任されていたという。その人が異動になると、次の担当者は同じようなわけにはいかない。本書にこんなエピソードが書かれている。ベトナム戦争の頃のことだ。
戦争をテーマにしたメッセージのある広告が作れないだろうか、広告で反戦を訴えることはできないだろうかと秋山晶と話し合った。そして通信社からアメリカ兵が傷病兵を担架で運んでいる写真を買い、秋山晶は「FTは世界の悲劇を目撃した」というキャッチフレーズを書いた。FTは当時のキヤノンの高級機種である。校正刷りまで出て、掲載されようとしたとき、営業部員がキヤノンから待ったがかかった、と言った。「キヤノンはアメリカでも販売をしている。反米は困る」と言うのである。写真は静かなもので、同じ反戦でも声高に訴えるのではなく、小声で語りかけるように作ったつもりだ。「反戦ではあっても反米じゃないと説明してきてよ」とぼくは言い、営業部員は再び足を運んだが、答はやはりノーだった。
近頃巷では隣国とのゴタゴタが話題になっているようだが、反米とか反戦といったものも、要するに資本の論理の話だろう。隣国との問題も、結局は互いの算盤勘定でなるようになるのだと思う。今回の騒動で野党のなかには支持率がほぼゼロ%になったところがあるらしいが、ここからさらに国民の間での同党に対する反感が強まるとすると、次はイオンに対する不買運動か。そうなったらなったで、それもまた算盤の問題に帰着する。
それで広告というものを巡るデザイナーとクライアントとの関係が変化したことが巡り巡って和田が独立することにつながったらしい。
デザインは専門家にまかせましょうという気風はなくなりつつあった。各企業の宣伝部員も「広告戦略」などを勉強する。したがって意見を言う。立派なことを言う人もいる代わり、つまらぬことを平気で言う人も出てくる。「昭和元禄」と言われていた時代である。大量消費を広告があおる。広告の量が増える。広告が儲かる商売になったため、競争相手のデザイン会社、広告会社も増え、企業に売り込む。儲け主義の広告会社は営業上、つまらぬことを言う人の意見にも従ってしまう。クライアントもそのほうが使いやすい。ぼくのようなナマイキを言うデザイナーには頼みたくなくなる。
商品写真をもっと大きく、とか、商品名をもっと大きく目立つようにしろ、と言われるようになってきた。時代が進んでスマートなものがもっと受け入れられるようになるのかと思っていたが、実際は逆である。
「利益」を「価値」と呼び、闇雲にゼニを稼ぐことが尊ばれるようになると、人相が総じて貧相になる。大きな企業の社長だの会長だのという人の中には、なんとなくヤクザの親分のような風体を思わせる人もいるし、そう思って見る所為か、世間全体に、損だの得だのと、さもしい感じの人が多くなった気がする。いわゆる特殊詐欺が本当に増えているのかどうか知らないが、詐欺を手掛けるほうも、詐欺に引っ掛かるほうも、心根がさもしいというところはあるだろう。さまざまなことがみんなどこかでつながっているのが世間というものだと思う。この先、我々の社会がどのようになるのか「ドキドキの日々」を過ごすことになりそうだ。
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