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蔦の自販機と帰る場所

疲れてしまった私が、蔦の絡んだ自販機の奥で見つけたものは思い出と、小さな“ただいま”でした。


新幹線の駅があるとはいえ、
車で十五分も走れば、昔ながらの一方通行と古い町名の残る町がある。
その一角に、祖母の家がある。

私はアパレルの仕事に疲れ果てて退職したばかりだった。
気力も体力も底をついて、お盆休みを口実にして
何年ぶりかに父方の実家を訪ねてみた。

祖母のキミは、膝を伸ばせる藤の椅子にちょこんと座り、
私のことをデイサービスのお迎えだと勘違いして
「こんにちは、今日もよろしくお願いします」と頭を下げた。

「おばあちゃん! 久しぶり! 千夏チナツだよ!」
ちょっと声を張り上げると、祖母は目を丸くした。

――ちーちゃん? ちーちゃんなの? 今何年生になったの?

私を“ちーちゃん”と呼んでくれるのは、祖母だけだった。
その声を聞いた瞬間に、子どもの頃の自分に戻った気がした。

日が傾いて、吹き抜ける風は東京より北な分だけもう秋の匂いがした。
私はふと思い立ち、祖母と散歩に出た。
車椅子を押して、向かったのは家から五分ほどの、
子どもの頃によく通った駄菓子屋だ。

あの頃、祖母に手を引かれて来た店の前で、
私はビー玉の入ったラムネに目移りしていたけれど――
何よりも欲しかったのは、自販機のキラキラ光るボタンを押すことだった。
小さな手でボタンを押すだけで、
ほんの少し大人になれる気がした。

でも今、目の前にある自販機は
蔦に絡まり、看板は錆びついて、
細長い缶が八本だけ並んでいるのがかろうじて見えた。
押すボタンは黄色く変色し、ひび割れている。

「……何か買うフリでもしようかな。」

私はそっと指先を置いた。
パキッ、と小さな音がしてボタンが沈んだ。

「おばあちゃん、オレンジ売り切れみたい。今日はグレープにするね。」

隣のボタンを押してみると、
ガタン――。
自販機の下、足元の奥から何かの音がした。

覗き込むと、もちろん缶ジュースではなく
薄汚れた白い子犬が頭を出していた。

「……シロ……。シロ……。」

祖母の震える手が、子犬に伸びる。
そういえば、私が小学生の頃まで
庭には“シロ”という秋田犬みたいに大きな犬がいたっけ。
でも祖母の庭に残された犬小屋は思い出よりもずっと小さくて、
シロはいつも味噌汁をかけた白いご飯を美味しそうに食べていたことを思い出した。
子犬を抱き上げると、肋骨がゴツゴツしていて、思わず胸が詰まった。

「おばあちゃん、しっかり抱っこしててね。」

祖母の膝に子犬をそっと置くと、
祖母は小さな声で「シロ…シロ…」と撫で続けた。

父は帰ってきた私達を見て目を丸くして笑った。
「おい、たかが近所の散歩で家族増やしてきたのか!」
子犬を抱えながら笑った父がぽつりとつぶやく。
「たまごみたいだな、白くてちっちゃい。」
祖母の名前はキミ。
この子の名前は、なんだかんだで“シロミ”になった。

たまごみたいに白くてちっちゃい、ちょっと頼りなくて、
でも絶対になきゃいけない存在だ。

祖母がいて、
父がいて、
シロミがいる。

忘れていた“帰る場所”が、
ちゃんとここにあった。

私はそっとシロミの背を撫でて、
「ただいま」とつぶやいた。

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