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冷感敷きパッド_くま太郎丸の日常アイテムエッセイ#023

彼氏が去年、冷感敷きパッドを買ってきた。
敷き布団の上に敷いて、四隅をゴムで布団に引っ掛けるタイプのやつだ。
可愛い彼女の為に買ってきてくれたのかなと思ったら、当然のように自分の布団に敷いて、少し涼しい気がする〜と言っていた。
私は、少しツルンとした化繊っぽい冷感敷きパッドの彼の布団に潜り込んでみて、これは、あんまりいらないなー、と思っていた。
綿100%のしっとりした触り心地とか、タオルみたいな生地の方が、自分は好きだなと思った。

そして一年が過ぎた。
彼が、冷感敷きパッドを買ってきた。
私の分らしい。
なんで、一年越しで購入したのか、とか、そもそも欲しいって言ってないのに、とか、なんなら、触り心地とかそんなに好きじゃないとか、とか、ツッコミたかったり、言いたかったことは色々あったが、私は、ありがたいことだとは思ったので、ありがとうと言って受け取って、そのまま置いておいた。真夏になったら使ってみるかもしれない。

ある日、彼は、私が冷感敷きパッドをまったく使用していないことに気づいた。
私は、誰が触ったのかわからないから、洗濯しないと使えないんだけど、昼間は家にいないし、とかなんとか、とりあえず、洗濯をしなければならない、というアピールをして、その場をやり過ごした。

翌日、冷感敷きパッドは、彼の手により、洗濯され、干されていた。

風に揺れる冷感敷きパッドをながめながら、私はこれを使いたいと思ってないんだけど、使うんだろうか、と、他人事のように眺めていた。
そしてその夜、眠ろうとした私の布団には、冷感敷きパッドが装着されていた。

使うんだ!
私、冷感敷きパッドを使うんだ! 

と、自分の布団のことなのに、他人事のように、びっくりした。

シロクマ柄だったのだが、彼は、柄の向きを完全に無視して布団に装着していたので、私の頭にシロクマの足がくるようになっていた。

シロクマの足に私の頭。
なんか、シロクマに蹴られているみたいで、精神的に嫌である。
私は、こういう、精神的なことが、めちゃくちゃ気になる性質なのだ。

私は、「シロクマの足がこっち向きなのは嫌だ」と、抗議した。
彼は、「そんなのどっちでもいいだろ」と、どっちでもいいだろと思ってる人が敷いたんだから、どっちでもいいだろって思ってるんだろうなとは思ったが、思った通りの回答をした。

私は、そもそも冷感敷きパッドを欲しいと言っていない上に、勝手に敷かれていて、しかも、向きも違うという3点の理由により、
「この向きじゃ、嫌だよう」と言った。
彼は「買ってもらって、洗濯もしてもらって、向きも気に入らないのか」と、不機嫌になる。

私からすると、あんまり好みじゃない上に、それでも使ってあげようとしたのに、不機嫌になられるなんて、納得できない。

そもそも論ではあるが、こういう布団カバー的なものって、あまり、上下が関係ないような、小花柄とか、水玉とか、ストライプとか、なんかそういう感じの柄が多いのに、なんで、上下のある柄を、彼は選んでしまったのか。
チョイスがそもそも、失敗だと言わざるをえない。

彼は細かいことは全然気にならないタイプなので、シロクマの足の上だろうが、鼻の上だろうが、全然気にならずに眠れるであろうが、私は細かいことが気になるので、生き物の足の絵の上で寝るのは、この生き物がシロクマじゃなかったとしても、なんか、嫌であった。

・・・どんな生き物なら我慢できるのか。
自分内の問題なので、代替案を自分内に提示し、考察してみる。
マヌルネコとか、シマエナガとか、ハシビロコウとか、自分的に可愛いと思っている動物を脳内で思い浮かべてみたが、いずれの動物も、足の上で寝るのは、なんか、嫌であった。

陸上生物がダメなら、海洋生物ではどうだろう?
イルカとか、シーラカンスとか、それなら、足じゃなくて、ヒレだから、イケるか?
踏まれてる感は、確かになくなる。
しかし、尾ヒレのピチピチ感がちょっと嫌かも知れない。

ダメだ。
好みの問題だが、寝具に、生き物の柄って、なんか、気になってしまう。
無地って無難で最強なんだな、と、立ちつくしたまま、思ったところで、彼が電気を消した。

「暗くすれば頭も足もわかんないだろ」

わかるか、わからないかではないのだ。
気になるか、ならないのか、なのだ。
私は、気になっちゃうのだ。
面倒くさいタイプだなと自分でも思うが、1回、気になると、気になっちゃうのだ。

しかし、私は、早々に、彼の説得自体はあきらめていた。
気にならない人って、気にならないで生きていけるのだから、説明する時間が無駄だし、私は彼の気にならないところをスゴイなと思っているので、こうして一緒にいるのだ。
彼をどうこうしようとは思っていない。
これは、私の内部の問題だからだ。
内部的に解決策を見出だせないか、シマエナガとか、マヌルネコとか、ハシビロコウとか持ち出して検証していたが、これは、物理的に改善しないと無理だなという結論に達した。

私は、敷きパッドなんか外して、放り投げて、綿100%のシーツに潜り込みたい気持ちを抑えながら、暗闇の中で、敷きパッドの向きを変えるべく、敷きパッドのゴムを外した。
物理的に解決しなければ解決しないことは、サッサとやるしかない。
このツルッとした感触は好みではないが、一日の労働で疲れた身において、寝られないというほどでもないだろう。
しかし、シロクマの足の上で寝るのは、シロクマの向きのことだけは、どうしても妥協できない。

彼は、何も言わずに、手伝ってくれた。
そしてぼそりと言った。

「そんなに、色々、気になってると、生きるのは大変だろう」

彼の言う通りであった。
世の中の色々な小さなことが、気になってしまい、私の神経に障る。
気にしなければいいんだろうけど、気になってしまい、私の神経に障る。

「気になるんだよ・・・」と、私は、静かに、彼の一言に、泣きそうになりながら、言った。
ずっと、生きづらかった。
小さなことが気になってしまう自分が、ずっと嫌いだった。
「小さいことを気にするな」って、何千万回言われたことだろう。
でも、小さいことが気になる自分は、大人になったら、小さいことは気にならなくなるんだと思っていた自分は、何十年たっても、消えてなくなりはしなかった。

私は、小さいことが気になる性質なのだ。
たぶん一生、小さいことが気になって生きていく。
消えてなくなりはしない。
自分は、家族や周囲の人が、眉をひそめて、その欠点と言われることを指摘されても、自分も一緒になって、自分の欠点を指摘するのはやめたのだ。
だって、消えてなくなりはしない。
これが、私らしさの一つなのだ。
これからも、小さいことが気になりながら生きていくぞと、私はお前に寄り添うぞ、と、自分で自分に強く言った。
私は、私の味方でいるのだ。精神を病んで2年も休職することになるという代償を払った時に、そう決めたのだから。

そして、暗闇の中で、シロクマの向きは、正しく整えられた。

「涼しいだろ?」
と、横になりながら、彼は言った。
「よくわかんない」
と、私は言った。

寝心地がいいとは思えなかったが、思っていたほど、悪くもなかった。
私にわかっているのは、これからも彼が、シロクマの向きなんか全然気にしないであろうことと、私の生きづらさに、少しだけ、寄り添ってくれる人がいるということだ。
それはとても、心強く感じた。
完全にわかりあえることなんてできないけれど、少し、寄り添ってくれる人が隣にいるのは、素晴らしい奇跡だ。
私は、ありがたいと思いながら眠りについた。

翌朝。私は急に生理がきてしまい、私のシロクマは、刺された上に、吐血したかのような絵面になった。
彼は、「敷いといてよかっただろ?」と得意げに言ってきたけど、冷感敷きパッドとしては、不本意な活躍の仕方だったのではないかと、不憫に思われてならない。
そしてまた、洗濯をしたばかりの冷感敷きパッドは、洗われて、干されて、風になびいている。


くま太郎丸

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