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「にんげんっていいな」の歌詞が、実は泣けるほどアバンギャルドだった話。

ここ数年、AIの進化がすごすぎて、なんでもできちゃって……。
「はぁ~、私もついて行かなきゃ時代に取り残されるな」って焦りながら、AIを頼って、次々勉強して、効率を追いかけて。

でも、最近ちょっとだけ、疲れてきちゃった自分もいたりするんです。

すごく便利だし、助かっているのは本当。 でも、ふとした瞬間に、 なんだかちょっとズレを感じることがあります。

「あれ、私、なんでこんなに急いでるんだっけ?」
「AIの意見聞かなきゃダメって、不安になってきてるかも…。」

画面の向こうの完璧なアンサーに囲まれて、無能な脳みそを抱えた自分が、『まるでイケてない生き物』のように思えてくる。
そんな、言葉にできない空虚感。

そんな、ちょっと冷えた心でぼんやりしていたとき、 ふと、頭の中にあのメロディが流れてきたんです。

「にんげんっていいな」

そう、『まんが日本昔ばなし』のエンディングテーマ曲です。

子供の頃、あんなに無邪気に歌っていたあの曲。
大人になって、AIに囲まれた今改めて聴いてみたら……。
これが、泣けるほど「アバンギャルド(前衛的)」で、とんでもなく贅沢な歌だってことに気づいてしまったんです。

まずはこれを聴いて、一度心を「ほかほか」にしてみてください✨



「おしりを出した子」という、究極の勝利条件

この曲の中にある、あまりにも有名な一節。

「おしりを出した子 一等賞」

2026年の感覚で見れば、これは極めて過激な思想ですよね。
今の社会は「いかに自分を綺麗にパッケージするか」という競争の場。

そんな中で、最も無防備で、マヌケで、リスクしかない行為――「おしりを晒した者」が一等賞をもらえるなんて。

でもなんか分かる気がするんです。
「恥ずかしい経験」
「隠したい過去」
「真剣に向き合って出た涙」
「不器用だけどあきらめたくない姿勢」
「お尻が出ちゃうくらい一生懸命になる姿」

そんな「カッコ悪さ」が自然とにじみ出た人を見たとき、私たちは最高にカッコいいと感じ、強く心を動かされます。

AIには真似できない「人間だけの一次情報」。
人の心を動かす本当の力って、実はその「剥き出しの不器用さ」にこそ宿っているんですよね。



人間以外の者が決して入れない「聖域」

この曲は、人間が歌っているのではなく、人間を外側から見ている「何か(動物や精霊、あるいはAI)」の視点だと思うのです。

「いいな、いいな」というリフレインには、「自分は決してその輪に入れない」という切実な疎外感が同居しています。

AIは、データを解析し、最適なアドバイスはできます。
でも、一緒に「ほかほかごはん」を味わうことはできません。

AIは「悲しい」という言葉を選ぶことはできますが、悲しみで眠れない夜の重力は知りません。そもそも「眠る」という感覚すら、彼らには未知の領域です。

(…なんか切ない…!)

その「埋まらない距離感」があるからこその「いいな、いいな」の羨望の言葉。
私たちが「当たり前」だと思って、効率のために削ぎ落としてきた「面倒くさい日常」は、実は人間にしか味わえない特別な聖域だったんです。



「見つかってもいい」かくれんぼ

社会の中で「本当の自分」を隠し持っている私たちにとって、人生は終わりのないかくれんぼです。
いつ見つかるか、いつ化けの皮が剥がれるか。そんな不安の中で生きる私たち。

無理に自分をさらけ出さなくていい。隠れたままでもいい。
でも、もし見つかってしまっても大丈夫。

だって、「おしりを出している子(=弱さを晒した子)」が一等賞なんだから。
そんな矛盾した救済が、この短い歌詞の中に詰まっていると感じたとき、私は心の底から「人間でよかった」と思えました。



「また明日」という、根拠のない祈り

この歌の最後、みんなが「バイバイバイ」と手を振り、「また明日」と約束してそれぞれの家路につきます。
実は、この何気ない一言こそが、人間が持つ「アバンギャルドな希望」の結晶だと思うのです。

明日の朝、目が覚める保証なんてどこにもありません。
世界が明日も同じように続いているという確証も、本当はないはずです。
でも、人間はそれを無視して、あえて「また明日」と言い合います。

これは、不確かな未来に対する「優しい嘘」であり、同時に「生きることを意識できる者だけの祈り」です。

根拠なんてなくても、「また会える」と信じること。
その不合理な信頼だけが、私たちの今日を「生」として完結させてくれる。

「明日があること」を当然の権利だと思うのをやめて、「また明日」と言えること自体の奇跡を噛みしめる。それだけで、人生の納得感は変わる気がします。



やっぱり、人間っていいよね

私はAIに日々助けられているし、今後もなくてはならない存在になっていくと思っています。

でも、AIを使うことで、自分の不完全さを否定するようになってしまったり、自分の存在や意見にまで不安を感じるようになってしまったら、それはあまりにも本末転倒。

AIは「機能」として100点。
人間は、「生き抜く存在であること自体」が一等賞。

正解だらけの画面を頼りながらも、 人間にしか出せない美しさを、温度を、生き様を、もっと大切にして生きていきたい。

そして人間であることを誇ってもいい。

そう思わせてもらえた「にんげんっていいな」の歌に感謝です。

今夜も、ほかほかのお布団の中で、子どもと「明日はなにしよっか?」と笑い合って眠りにつこうと思います。

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