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徒然雲 茶の道と色々と@大阪市立美術館


2階の『根来NEGORO』を観た後、購入チケットで入場てきるという1階の企画展示と、特集展示を鑑賞しました。


こちらの特集展示、なんとなくオマケ的に入ったのですが・・・

これが面白いこと!!





『売茶翁から花月庵』 ー煎茶道はここから始まった!ー







何から綴ればいいのでしょうか・・・

まず、煎茶、これは中国臨済宗の僧の隠元隆琦黄檗宗の開祖)が中国から伝えた文化の一つであることは知っていました。
長崎にも同じように伝わっていたのですね。

ワタシの父方の菩提寺が黄檗宗なので、その関連で京都の宇治にある大本山の萬福寺を訪れたりしていて見聞きしていました。

でも萬福寺には売茶翁を祀る売茶堂があると・・・知らなかった・・・

その萬福寺、ワタクシイチオシの京都のお寺でして、
先日、しかさまも紹介されていました。
しかちゃんらしいユニークかつ鋭い視点がまた自分とは違って面白いのね。




ワタクシも記録してます




今回のこの展示で、同じく黄檗宗の僧侶だった売茶翁ばいさおう(法名 月海)がかなり面白い人物かつ重要人物であることを知ったのと同時に、その生き方に強烈な印象を受けました。


若冲関連で名前を見ていたような気もしますが・・・
改めてちゃんと人物像を知りました。


佐賀に生まれ、11歳で出家後、萬福寺はじめ各地を遊行して周り、
故郷に戻り長く佐賀の龍津寺の化霖禅師に仕えた後、57歳で京都に上洛し
61歳の時に東山に通仙亭という茶店のようなものを開いた。


禅道と世俗の融解した話を客にしながら煎茶を出し、茶を喫しながら考え方の相違や人のあり方と世の中の心の汚さを卓越した問答で講じ、簡素で清貧な生活をするが為に次第に汚れていく自己をも捨て続ける行を生涯つづけようとしている。







70歳で還俗
名を高遊外とし、その後も気の向くままにお店を開けたいときに開け、煎茶を振る舞い、訪れた人々に語っていた? 語り合っていた?

81歳で売茶業を廃業するが、その際に愛用していた茶道具を焼却してしまったというではありませんか。

それは・・

「私の死後、世間の俗物の手に渡り辱められたら、お前たちは私を恨むだろう。だから火葬にしてやろう」

という道具達への思いからだったそう。

なんともユニークと言いますか、強烈な個性と思想の持ち主だったエピソードです。



そしてあの若冲もかなりの影響を受けたとのこと。

展示の解説では「売茶翁なしでは若冲はあり得なかった」とも記していた。

若冲の号はこの売茶翁または、親交のあった大典 顕常(後に『売茶翁伝』を著す)から与えられたという。

『老子』の「大盈若沖」からとったのでした。



売茶翁
若冲筆





「泉石良友」
この籠に茶道具一式を入れて
好きな時に好きな場所でお店を開き、お茶を振る舞っていた
移動カフェの先駆け




昨日は東福寺通天橋、今日は嵐山、今日の気分は糺の森・・・・

そんな風にお茶を売り歩きながら、世の中を眺めていたのか
いやそんなものは見ていなかったのか、でもそんな煎茶マスターの元へは
様々な人が集まってきたというのが、何か魅力のあるひとだったのだろうな〜と思います。





売茶翁
若冲筆





抹茶は普段の生活ではちょっと馴染みがない方も多いでしょうが、
いわゆるお茶(煎茶、ほうじ茶等)は我々日本人には日常的なもので、
家には必ず急須と湯呑みはあるように思います。

そして、お茶を飲むとホッとする、そんなひとときをもたらしてくれる飲み物の元になる売茶翁の煎茶道のストーリーだと思いました。

作法の煎茶道とはまた別の、売茶翁の歩み広めた茶の道を垣間見たような気がします。





展示はその他、煎茶にまつわる道具、軸、書、画など多数展示されていました。



煎茶の急須
かわいいフォルム









白泥急須
「眠雲岐石」
青木木米
















色々調べながら復習するとますます売茶翁に興味をもち、復習の回収にもう一度観に行きたくなりました(笑)



売茶翁の出身地の佐賀県立美術館では『売茶翁と若冲』を開催されるようです。

佐賀かぁ、いいな〜
佐賀といえば・・・唐津に伊万里と窯元めぐりもしてみたいし
長崎含め禅宗寺巡りもしてみたいし

佐賀って新幹線で行けるのかしら?

そんなこんなの妄想も広がるのでした。



ということで『根来』展も良かったですが、この特集展示に遭遇したことがかなりの収穫となりました!

あれだけバナー広告で誘われていたのは、実はこの売茶翁を知るためだったように思えてなりません。



この広告デザインなら絶対雲キチは食いつくって・・・笑

はい、まんまとガブっといきました。

でも良かったです。


そういえば、根来展の記事を投稿したら、このバナー広告は掲示されなくなった。
そして、別のお誘いと言いますか・・・誘導か・・・
わかってますよ、行きますよ(笑)







そして企画展示は、東博でいう東洋館のような感じで、仏像や工芸品の展示になっていました。


アジアの彫刻から
気になった南北朝時代の面々











中国の金属工芸から


青銅鍍金嵌石 
戦国時代 紀元前5~3世紀
トルコ石が美しい!



青銅金銀錯 怪鳥捉魚文帯鉤
呉~西晋時代 3世紀~4世紀




カザールコレクションから
見事な根付




ボケボケ・・残念
とても愛らしい根付でした!





そうね〜今日の気分は
瓢箪?
いや、うちでの小槌だわ











ということで、初大阪市立美術館をかなり堪能いたしました!



建物も美観









そして、全く予備知識なく訪れたのですが、ここは天王寺公園というところで、なんだかとてもいい公園でした(笑)






池を眺めながら休憩




チッチチッチ
おしゃべりが聞こえてきます







フリーズ







碧いアレと紅い橋







親かめ「いいかチビ、しっかり掴まってるんだぞ!」
子かめ「カメェ〜!」
緑の軍団に突入!!
???
進まないぞ
あっ、足が・・・届いてない・・・・
🐢





橋を渡ってみる。

標識に「茶臼山」と・・・

先程の池の奥に見えたこんもりした森が茶臼山でした。




山頂
標高26m



大阪冬の陣で徳川家康が、夏の陣で真田幸村が陣を構えた場所。

名前はよく聞いたことがあったが・・・


そして住友家の本邸のあった場所だそうです。





ハルカスがどからでも見える
そういえばあの上階で「円空展」を観たのでした





ここにもいい池の様子





物思いにふけるのは
ひとりに限る






いつまでもぼーっとできる




池をぐるっと回って、元の場所に戻りこの日はこの辺でおしまい。

「慶沢園」など含め、ここへはまたゆっくりお散歩に訪れようと思います。









ちょっと太めの
マリンタワーのようなタワーと思いきや・・・
案内図をみて通天閣と知る!
えーーこれが!






昔の人々があのハルカスを見たら・・・
こんな時代がやってくるとは







屋敷の門の向こうは
麦酒の宴





静かな美術館周辺から、大賑わいの現実の世界を通り抜けながら
天王寺公園の「よってって」(直売所)によって、ちょっと買い物したり
ハルカス地下で買い物したりして帰りました。



街の賑わいと、静かで緑や水辺がある気持ちの良い空間が共存する
いかにも都会的な光景を楽しんだ半日。


美術館で色々観て頭も心もいっぱいになりましたが、
まさに故きを訪ねて新しきを識った気がします。



大阪の空は想像以上に広く、大らかでした。




 



奈良の空もいつも通り広い










それではまたの空にて







【今日の鉄斎界隈】

手持ちの図録をめくると・・・ありました


『東坡煎茶圖』
蘇東坡が茶を煮ている光景を描いたもの


古来、茶は文人の嗜みとして不可欠のものとされ、鉄斎も少なからず興味を持っていたようです。



鉄斎の煎茶道具





『売茶翁圖』
そして鉄斎も描いていました!







【今日の一服】

煎茶でなく
青番茶
とりあえず丁寧に⁉︎ 心込めて淹れたら
なんだか香りも味も違って感じる・・・
単純です




たいへん長くなりましたが、最後までお付き合いいただき
ありがとうございます!








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