あの日から、本を読まなくなった◇01
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あの日から、本を読まなくなった # 01
人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない。哲学者キルケゴールの言葉とされている一文である。
夜中の満員電車が苦手だから、仕事が遅くなったときは、決まってタクシーを利用する。その日も打ち合わせと銘打った体のいい接待に付き合わされたあと、溜池から自宅まで下った。
眠たげな運転手と交わす言葉は事務作業で、無駄に話しかけられたくないから、すぐに自分の世界に没入する。バッグからスマホを取り出してあかりを灯した。アルコールくさい自分の鼻息と、無香料のファンデの匂いが鼻先をかすめるたび、全身の血の巡りが鈍くなるのを感じる。
淡い光に浮かぶ無数の見出しをスクロールしながら、自分のためだけに生きている世界に唇を軽く噛んで応えた。いつか教わったはずの思いやりや善行は、この社会にとって偽りの倫理に過ぎなかった。行き過ぎれば叩かれ、上手な立ち回りを要求される。気づけばスマホをなぞる指先が白く濁っていた。
平等とは上限があって、その線から外に出ないことを意味している。今になって辞書を引いて読んでみると、確かにそう書いてあるけど、学生の頃のわたしはもっと綺麗なものだと思い込んでいた。わたしの学んできた世界と現実とは、似ているようでずいぶんと異質なものなのだと実感する。
どうして今の仕事をしているのか、昔はなにになりたかったのか。過去のわたしを探しても見つからなくて、異質な現実に整合してしまう自分を否定できない情けなさが、胸を強く締めつけてくる。同じ穴の狢が吐き出す言葉に価値も資格もない。こんな狭い車内で、窮屈さに囚われて、なんのためにタクシーを捕まえたのか。
街と街灯の灯りが過ぎて明滅する車内で、短く息を吐いた。
「ああ、もうこんな時期なんですね」
車内の明滅が途切れると同時に運転手の低い声が耳をかすめる。灯りの差し込む窓の外へ視線を上げると、並木が延々と続く大通りを車が走っていた。並木をなぞるように提灯がぼんやりぶら下がって、次の桜の木へと連なっている。
「あぁ……」
見覚えのある懐かしい風景に思わず声が洩れた。
この先の神社を右に折れて、一〇分ほど歩いたところに、わたしの実家があった場所がある。家を建て替えてすぐに父は他界して、その後は家を引き払ったから、今はもう他人の家だけれど、一九年ものあいだ親しんだ土地だから、よく覚えている。
——そっか。ルートを指定しなかったからか。
悪い思い出ばかりじゃないけれど、この道を通り過ぎるのを拒んでいた。当時のままの風景を目にすると感傷的になる。わたしはこれが嫌いだ。
車が進んで神社の前を通り過ぎるとき、ふと小学生の頃を思い出す。反射的に窓の外から目を逸らした。
この通りのずっと先にはターミナル駅がある。そこからつながるこのバス通りは、当時の通学路だった。ターミナル駅で別のバスに乗り換え、一時間ほどかかる道のりを六年間通い続けた。シートベルトの手触りが妙にざらついて指に触れる。
当時のわたしは、友達に囲まれて過ごす子供ではなかったし、集団行動があまり好きなほうでもなかった。なにより、決められた行動をするのが苦手だったから、比較的ひとりで過ごす時間が多い子供だった。そんなわたしにも決められた習慣がある。
