嘘のMissionと、本当のMission。
昨夜すばらしい飲み会だった。こういう飲み会をやるために仕事をしているのではないか?とおもわず思ってしまうくらいよかった。何かに真剣に向き合っている人の話は、そのジャンルが全然違ったとしてもとてもおもしろい。
全ての人を師にできる人がもっとも成長率が高い。かつて僕もそのことを意識し、この人から学べることは?という視点で人と接してきた。そしてそれはとても自分の糧になった。ありがたい教え。一方で、どことなく苦しさも感じてた。端的に疲れるし、誰かの一言は僕の中で1万倍になってこだまする。10人も話した日には、頭の中がぐわんぐわんと鳴り止まない。自分が考えてると思いきや、誰かの言葉を反芻しているだけ。自分なんてないけど、それでも吟味したい。味わいたい。そんな風に思うようになった。
そうして文章を書くようになった。誰からも何も言われない時間帯。その時間の中で、かつて言われた誰かの一言を、1万倍になっていたその言葉を自分の言葉や考えに昇華していく。気持ちいい。無限とも思えた頭の中の未知の世界が整理され、横に置かれ、それでもなお考えたいと思えるものを触っている感覚。真っ暗な世界で何をすればいいのか途方に暮れていたところから、手のひらの上で不思議なものを転がし、一体これは何なんだろう?ってようやく考えられるようになった。
そうして楽しすぎて文章ばかり書くと、今度はその誰かの一言さえも出会わなくなる。バランス。バランスが難しい。自分が誰かの一言で頭がガンガンになるのがよくわかってる。そして文章を書くのが楽しい。そうすると自然と人と合わない時間が増えていく。意識しないと人と会わない。会わないから合わない。現実とピントがちょっとズレる。薄目で生きてる感じ。目の前の人のこと2.9次元くらいでとらえてる。楽ではあるけど、果たしてそれでいいのかは甚だ疑問。ハナハナだと思ってた。ハナハダ。
「願い」を考える良いフレームワークをもらった。横軸:自分と他者、縦軸:未来と今。その全てにバランスよく「願い」があることでエネルギーがちゃんと循環し増幅する。右上の「他者の未来」だけしか願いを伝えてなかった人によるバランスの悪さみたいなのをよく感じてたからすごく腑に落ちた。というか「願い」といえば、使命とセットで、誰かにとってのもの、そして未来だけのものって整理されてるのがすごく嫌だったんだろう。今の願いってものにもっと注目すればいいのにって思って、ある種のVisionとかMissionを語る人に怪しさを感じていたんだろう。
Missionを語る人の中にも、「いや、ツールとしてのMissionじゃん」って人と「嘘じゃないんだろうなぁ」って人とがいる。前者も別に悪いわけじゃなくて、自分がバランスとりながらそれを表現できてるならいい。だけど前者の人は大体歪に、バランスを崩し、落ちていく。本当の自分の願いと、一度外に出してしまったが故の、そして巻き込んでしまったが故の撤回できない願いのギャップ。そのギャップに苦しみ続けることになる。
一方後者の人は、自らの願いとMissionが地続き。飛躍しない。そのMissionの大小に関わらず繋がっている。そういうつながりを感じるMissionを語る人は迫力があるし、応援したいなってすごく思う。ここの違いを見抜けるようになったのはとてもよかったなって思う。
ちなみに余談だけど、HUNTER×HUNTERの幻影旅団はまさにここのクロロの本当願いと幻影旅団としてのMissionにズレがあるから崩壊していると思う。つらい。詳しくはこれ見てね。
おそらく自分にとってのMissionが、前者、つまり、ツールとしてのMissionにしかならないのがよくわかってるから僕はそこの願いを持たないようにしているのだろう。きっと隠れてはいる。何かそこにある気がする。とても抽象的に言ってもいいなら、とぼとぼ歩いている小学生が、何かをきっかけに顔を上げたらずっと青空だったって気がつく、みたいなことがやりたい。そんな世界なんだよって伝えられるといいなぁなんて思う。果たしてこれがMissionかと言われるとそんなことはないんだろうけど、僕の地続きはそんな感じ。
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→『頭の中がうるさい。でも、それでいいのかもしれない。』
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