他者の評価に翻弄されることと、自分の納得感との複雑な関係。
誰かのための文章を書くのはそれはそれで楽しいけど、やっぱりこうして何の意味もないと分かった上で書く文章の楽しさに比べるとちょっと違うな、なんて思う。
評価される文章を書くことができたとして、それを評価されても嬉しくないわけです。狙い通りというか、特にパルプンテは起こってないので。だけど、胸の中にある本当の気持ちや、考え抜いた自分の思想を誰かに評価されるとそれはとても嬉しいわけです。評価されようと思ってやってないから。パルプンテ。とても嬉しい。
「評価される文章を書いた」つもりで、評価されなかったらどうなるのかというと、普通にへこみます。結構なレベルで。この辺りは基本的に狙いすまして書いて、実際ちゃんと結果出てるんですが、そうじゃないやつが結構ある。たとえば、ちょっと前までXは長文優位になってて、長文書いておけばバズってたんですが、今は多分その仕様なくなってて、長文が全然読まれなくなりました。この辺りは昔なら30万impいくのになーなんて思いながら書いて、結果として1万impくらいに止まりました。
これは「バズならなくて悔しい!」ってことが言いたいわけではなく(ちょっと言いたいけど)、純粋なコンテンツの評価をimpとか他者に委ねるのって危険だよねって話がしたいです。だって内容ほぼ一緒だし、それこそXの運営の機嫌で右往左往してしまうことになるんで。これもおもしろくて、Xは1万フォロワーくらいいるのにimp1万で、Threadsはフォロワー100人とかなのにimp2万とかいきます。なんというアルゴリズム。これは翻弄されちゃうわな。
こういう数字から完全に自由になるのは難しいけど、それとは違う軸を用意しておいてあげると何事もやりやすいなって思ってます。たとえばなんだろう?
たとえば、継続そのものを自分自身で評価するってのもその一つな気がします。あとは、純粋な楽しみ。フットサル毎週やってるんですが、別に誰からも評価されないけど楽しいからもうすぐ3年とかです。そういうやつ。
あとは、上手くなりたいってものでも、評価者を「誰か」にするんじゃなくて、明確に「この人」にするとかですかね。その分野で、この人から評価を受けたいって思っている人。いわゆる師匠ですね。そういう人の評価は受け取ると決めるとか。
となると、そもそも「何のためにやってるんだっけ?」ってところに行き着くんですよね。誰からも評価を受けないとしてもやれるか?もしくは、誰からも評価されない時期が長いとしてもやれるか?あたりが問いになる気がします。
僕の場合は、この「ただ書く」と、podcastの「頭の中がうるさいラジオ」、インスタの「社長の放課後」は評価から遠いところでも続けられてます。なんとなく今後も行けそう。一方で、「マンガは人生の攻略本」と「1日1冊」はちょっとあやしい。つまりこれは始める時に純粋な「やりたい!」って気持ちのほかに、「評価が欲しい」ってのがあった気がします。むずいっすね。完全に他者からの評価を切り捨てて生きるのはやはりまだまだ無理なのかもしれません。
とはいえ上記は全部個人の活動で起こっていることで、仕事的に誰かと一緒にやるものはまた別途考えることができる気がします。たとえば、ORANGE CAMPという学生向けのアクセラをやったんですが、それとかはもちろん「やりたい!」って気持ちで始めて、でも巻き込んだ人たちにさらに力をもらいながらやり切ったって感じです。参加してくれた高校生らもそうですが、登壇者の学生からもたくさんエネルギーをもらいました。
これ何が言いたいかというと、そろそろ個人だけの「やりたい!」って限界きてない?ってやつです。すごく悪い言い方すると「個人で評価されても別にもうそんなに嬉しくないし、、」です。ある程度年齢を重ねて、評価され「がち」なことがわかってて、それに合わせて何かをして、それが評価されても、「うん、まぁね」みたいになっちゃいます。
「じゃあ評価されるかわかんないことやれよ」って言われても、個人の「やりたい」って気持ちも、マギレの多かった若い頃よりは確実に少なく、小さくなってるんですよ。他者の評価と自分の感情をうまく切り分けられず、ごちゃごちゃな状態で生まれた「やりたい」はもうあまりありません。別にこれは悲観的に考えてなくて、ある種次のフェーズに進んだのかなみたいな感覚です。
だから今、自分に関すること以外だともっぱらやってるのは「推し活」です。推し活といっても芸能人とかアイドルとかそういう人たちなわけではなく、「関わってくれてる若い人たち」くらいですね。彼ら彼女らが持ってなくて、僕が持ってるものあったらできるだけ渡していきたいなって思ってます。それは知識なのかお金なのか影響力なのかわかんないですが(あれ、思ったよりも全部あんまり持ってないぞ?)。
個人としてのチャレンジは、「ただ書く」を続けて、それを読みたい!って思ってくれる人を増やすこと、マンガ関連でポジションを手に入れること、2号ファンドをつくって「瀬戸内」のモメンタムをもっとつくることと、セトフラの登録者1万人いくことと、無花果の大学をつくることと、本とかマンガとかを出版すること、ですかね。
それに加えて、推しのみんなが伸びてく世界をつくるためにできることやってこうって感じです。
あ、これは別に応援者になる、支援者になるってわけじゃありません。彼ら彼女らがどれだけ才能溢れて僕をあっというまに抜かしていったとしても、「ぐぬぬ、悔しい、、」って思えなくなったら本当にイヤ。だから1プレイヤーとしてチャレンジはやめないし、ライバルだと思い続けたい。がんばろ。
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podcastはじめました。
→「頭の中がうるさいラジオ」
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